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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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14.船酔い患者の歌〔1〕

 フローリング床にたたみを敷いただけの場所だ。格子窓で風通しはよすぎるし、ただっ広い。コートを着たままでも、足を投げ出したら体が冷える。

 風邪ひきが長居するのはよくない。


「久瀬くん、風邪ひきかけやない」

「大丈夫。ありがと」


 久瀬くんの表情に少し、笑みが戻る。

 それならいいんだけど……。


 『航海計画』打ち合わせと銘うった朝ごはん。その航海計画の要は、自力で船を進めるところと、橘先輩の呪――青磁の呪の代わり――でワープするところの配分だった。

 普通に船をこぎ進むとノルウェーまでどれだけかかるやら。数ヶ月単位の話だろう。こっちもそんな長期間つきあってらんない。

 藤生氏が心配だし。学校もあるし。

 幸い魔法で細切れにはワープが可能だそうだ。ショートカットは大歓迎。

 だけどそれなら、


「なんでノルウェーまでさくっと行かへんの」


 てのは素直な疑問っしょ。

 橘先輩はペットボトルのキャップを閉めてから、


「魔法な世界の決めで」



  *  *  *



「ユーグドラシル条約」[日本語版・抜粋]



<農場>に関する規定

一.<農場>の定義

(省略)

二.<農場>の目的

<農場>は人間領域の呪力の管理及び育成・研究を目的とする。

三.<農場>の管理に関する規定

<農場>は各々、管理機構より認定を得た神魔の管理下に置く。管理者又はその使用人は管理する<農場>に於いてのみ呪の発動を行使出来る。また、管理外の<農場>に於いては管理者の同意を得た場合にのみ行使を認めるものとする。

(附則)

管理者の同意形成は管理機構にて定めた手続に則らねならない。また同意は双方の意思を明記して初めて成立する。



呪に関する規定

一.呪の定義

呪は現象を実際に作用させるための無形の精神力の総称である。また狭義の意味では精神力の発動となる言語及び動作を呪と定める。

二.呪の発動に関する規定

呪の発動はその発動を決定または命令した者に責務が生ずる。使用人はその個々に責務を生ずる。また使用人の管理者は連帯責任を負うものとする。


(注)

<農場>は<MAGIFARM>を国際語として定めているが、日本語版では<農場>に統一し使用する。

「呪」は「spell」を国際語として定めているが、日本語版では「呪」に統一し使用する。



  *  *  *



 いきなりの文章に目がくらんだ。

 橘先輩持参のノートパソコンには、前述の文字がつらつら並んでいた。


「要するに、魔物の世界にも法律てもんがあるってこと?」

「要約しすぎ」


 体育座りの久瀬くんからかすれ声でツッコミが入る。

 鳥の巣頭は戻っていない。

 声も変だ。のどの調子がおかしいらしい。


「違うん? なにが」

「おにぎりでも食べて、落ち着きなぃ」


 久瀬くんは豚角煮のおにぎりをさし出してきた。

 船の食料庫のものではない。橘先輩が持参したものだ。

 安賀島大地が橘先輩と相談中、なにも食べていなかった。久瀬くんも頭が遠方に放浪中状態。そんな中、私ひとり食べるのはさすがに気がひけた。

 今は迷うことなくおにぎりを受け取り、久瀬くんもまた、自分のおにぎりの包装をむく。紀州南高梅だ。


「自分ンとこの<農場(Magi-Farm)>以外で魔法を使うには制約があるらしいよ」


 と言ってひとくち、紀州南高梅を食べた。

 弱弱しいつくり笑いだけど、笑顔はひさしぶり。昨日は夕方からほとんど険しい表情オンリーだったしなんとなくほっとする。豚角煮をほおばった。

 ところで制約のほう。

 サナリさんが言っていたのを思い出す。「苅野以外で魔法は使えない」と。

 苅野は上主様の管理下です。あとで私が叱られるだけ済みます。しかし、他の場所は他の魔物や天使たちとの『法』が関ってくるのです――サナリさんのいう『法』って、この<農場>の管理に関する規定、のことっぽい。


「フロリアンは苅野の七鬼水軍を動かそうと、こう考えたんやと思う」


 苅野は藤生氏の<農場>。

 フロリアン自身は魔法を使えない。仮に船を動かすだけの呪があったとしても「自分ンとこ以外」の苅野で藤生氏の断りなく、魔法を使っちゃいけないのだ。


「『呪の発動は決定または命令した者に責務が生ずる』――だから安賀島大地に藤生君の青磁の花瓶を渡し、彼に使わせた。花瓶を使うと決めた人が呪の発動、つまり魔法を使った人になる」


 フロリアン自ら手を下したことにはならない、けど。


「安賀島大地が魔法を使うのはええの」


 だれかが勝手に魔法を使うことには変わりがない。なにがどう違うんだろうか。

 橘は意地悪く笑った。


「決まりあるところには抜け道がある」

「抜け道ってと」

「『管理者又はその使用人は』て定めとうやろ。人間が使えば文句は言えん。だれの使用人でもない」

「でも実際は青磁を使わずに橘先輩が」

「俺が苅野で使う分には全く問題ない。あと、今後は大地兄さんの合意があればOK。ただし面倒はなるべく回避したいので<農場>設置近辺は避ける。それがさっきまでの話し合いの内容」


 以上がノルウェーまで一気にワープしない理由。

 魔のものの世界もいろいろ難しい。なんか理屈ぽいし。サナリさんいわくこれを藤生氏のお父さんが決めたらしいけど。


「七鬼をよびよせる目的はなんなん? フロリアンの」


 橘先輩は少し間を置いてから答えた。


「狙いは海そのもの。海には<農場>の協定はないしな」


 そのせりふに背筋が凍った。

 藤生氏が言ってたせりふと全く同じじゃないか。藤生氏がフロリアンを説得したときのことばと。海に沈められるまえのことばと。

 これって橘先輩自身が導いた結論なんやろか……。


 沈黙が場を覆いかけたとき。

 どさっ、と音をたてて体育座りのまま横に倒れる久瀬少年。

 びっくりして金きり声をあげそうになった。

 やっぱり風邪ではと聞くと、小さく違う、とかえってきた。おでこに手を当ててみる。確かに熱はない。でも顔色はかなり青い。


「暖かい寝てたほうがええんちゃう。安賀島さんから寝床(ねどこ)聞いとおし」

「二人とも寝とき」


 橘がマウスをいじりながら言った。


「二人って、私も」

「天宮さんもあんまし睡眠とってへんやろ」


 言われればそのとおり。

 眠くないのは興奮してるからだ。幽霊船に乗っている現実に。緊張感はないっぽいけど。船の中、ほっつきまわるくらいだし。

 まだまだ謎は多い。疑問はわいてくる。それもまた眠くならない原因のひとつ。

 コンパスもしかり。藤生氏から老夫婦、老夫婦から久瀬くんへ――入手経路は分かった。コンパスがないとオペラの幽霊船も動かないらしい。でも、なぜそんなややこしい経路をたどることになったのだろう。きっと目的があるんだろうけど。

 それに。最大の謎は橘先輩、あんた、何者なわけよ。

 ご当人はキーボードを超高速で叩いていた。邪魔すると許さんとか言ってるし。


「久瀬くん。立てる?」

「う」


 どんどん具合悪くなってる。しゃべるのもおっくうそう。

 それでもかろうじて立ち上がった。足元はふらついている。

 一方の橘先輩、清楚に整った顔をゆがめ、楽しそうに口もとを上げた。


「立ったわ! クララが立った!」


 あんたが邪魔するなとあれほど。以下略。

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