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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
103/168

13.夜明けの抜錨〔4〕

 四角い明るい一帯は大きな布で覆われていた。

 戦国時代のドラマシーンを思い出す。野外で周囲に幕をめぐらし作戦会議してる、あれ。


「申し上げます!」


 と背中に旗立てた兵が飛びこんできて、言うこと言い終わると、こと切れてしまうやつ。そこまで重症ならまず走って来れんだろうに。と毎回思う……すいませんどうでもいいツッコミで。

 幕は黄色く染まっていた。中でたいまつを焚いている、炎の照り返しだろう。端々の暗い影は時に風にあおられ、変幻に形を変えている。

 つま先は寒さで痛い。ほおは赤くなっているだろう。

 サナリさんがぽつり、つぶやく。


「無理かもしれません」

「なんでっ」


 思わず声を上げ、しまったと思った。私ってつくづくアホだ。

 反省の間もなくふわりと、幕があがった。

 息が止まる。


「そなたの仲間か」


 スミタカさまに違いなかった。

 しかもこの聞き方、私を天宮と認識している。

 ひとまず話をそらしておこう。


「小波さん了解してくれました」

「邪魔をしに来たってとこだろ」


 イヤなやつだ。スミタカさまの横に姿をあらわす、安賀島大地。


「出発を遅らせたいんだろうが、そりゃ無理だ。準備は終了、あとは自然の力を待つばかりなんでね」


 あの方の申されることはもっともです、とサナリさん。

 なぜ、とふりかえる私にサナリさんは素早く答えた。


「あの方、持っています」


 なにを持っているって?

 見えない。向こうは明るいほうに背中を向けている。影になって見えないのだ。


「宵の明星の力をお使いなのですね」サナリさんが再び動く、「宵の明星の力が月に消されない。それが今日」


 身がまえるスミタカさまを安賀島大地が制し、答える。


「地軸の傾斜により二月になれば宵の明星は、明けの明星に変わる。一月の天候で苅野と鳥羽の両地点とも晴れる日はそう多くない。そして今日は限りなく新月に近い。この完全勝利のチャンス、これからの夜明けを逃す手はない」

「今を逃せば次はいつか知れませんね」

「あんたたちも馬鹿じゃない、だろ?」


 大地は口もとで笑った。サナリさんにつづいて、彼らに近づいた。


「それで花瓶を使うのですか」


 表情が判別できる位置まで来て、ようやく見えた。

 青磁の花瓶。それを安賀島大地はかかえている。

 長細く角ばったシルエット。見覚えのあるありふれた形。どこにでもあるもの、かも知れない。

 だがサナリさんは眉をひき結んでいた。迷いと怒りとも取れない横顔。


「上主様の青磁を……」


 藤生氏の花瓶?

 どうして安賀島大地が?


「夜が明ける」


 スミタカさまは私に背を向けた。


「船は出す。妨げるならばここを去れ」


 茶菓子をすすめた彼とは別人だった。静かな物腰とは裏腹に、有無を言わせない。

 反論する余地もない。返す言葉を失う。

 船の足止めにしたって、また私はものごとを軽く考えていた。理屈は分からないが、彼らの計画の致命傷にもなるらしい。

 久瀬くんを待って船出を失敗させて二度と機会を失うか。

 土下座でもなんでもしてサナリさんと私とで船に乗せてもらうか。

 覚悟を決めろよ……私。

 彼らの背後、空が白みつつある。

 あちこちで、かたかた、かさかさ、足音や物音が重なりあった。歓呼の声が上がりたいまつの火が、消えてゆく。


「ごめんなさいっ! 乗せてください!」


 彼は立ち止まりふりかえる。くちびるが動いた。

 来いと言ったと、私は信じた。

 サナリさんと私は彼らを追った。

 もう、あとには退けない。

 朝未来(あさまだき)のざわめきを、大船の甲板の上で聞いた。

 盆地の苅野市を取りまく山々の東。山ぎわは白金の光彩があふれ出す。草の姿が見えた。池は深い闇の色から、空を映す鏡面へと変化していく。

 船のへさきにたたずみ闇払う空に青磁を捧げる、安賀島大地。

 (いかり)を抜け、と命ずる声。テレビで見たけものの咆哮(ほうこう)に似ていた。


「若!」


 かけよる(はかま)姿のお侍がスミタカさまの下にひざまずく。大河ドラマさながらだ。


「申し上げます! 錨が水面より、動きませぬ」


 錨を抜く――つまり水面より錨を上げないと船は出ない。サナリさんが耳打ちしてくれた。スミタカさまの詰問する視線。サナリさんは少し不快をしめした。


「私はなにも」


 そして安賀島大地に目をやると。


「……うそっ」


 私は目が点になった。

 安賀島大地本人も、ぼう然と頭上を見上げていた。

 空にふんわりと浮かんでゆき、上空から私たちを見下ろす。おどけるような動きを見せる―――青磁の花瓶。

 山際を覆う暁の光、それを受けるや粉々に砕け霧となり。

 輝くうずを、描いていた。

 緑彩色のうずに巻かれた塵のひとつひとつが輝きを増していく。夜なら満天の星空、プラネタリウムさながらだろう。差し込む光に瞳が鋭く痛い。だが目をそらせば、私は置いていかれてしまう。きっと……まばたきをも恐れ、息をつめて空を見上げつづけた。

 パンダをしめ殺さんばかりにかかえながら。


「サナリ」


 あの声は。

 私の足元がゆれた。押しよせる大きな期待と、小さな不安。


「交代」


 どさり、とリュックを床に落とし、サナリさんはうずを直視した。


「承知しました」


 短い応答。そして猫のようにしなやかな跳躍。

 霧のさらに上空で彼の姿は吸いこまれるように、かき消される。

 残されたのは、私。そして船の人々。

 なにが起こっているのかまったく見当がつかない。安賀島大地ですら、無言でなりゆきを見守る。

 サナリさんに呼びかけた声。それは期待と不安、楽観的観測を私にあたえた。

 サナリさんのリュックを拾って、肩に背負う。


(お、重っ)


 カンヅメてんこもりに違いない。でも、心は重くはない。

 蜃気楼のようなゆらめきが現われる。霧の上に徐々に物質化していく。

 それは、人だ。

 サナリさんではない。しかも二人だ。


「船を動かすくらい、俺に土下座すりゃのし付けて贈ったのにな!」


 高飛車に人を見下ろしての人を小ばかにした言動がよく似合う人物といえば……。


「橘先輩……」


 彼の死角で隠れて頭をかかえているのは久瀬くんだ。


「今度は船破壊魔か」


 安賀島大地さん、言い得て妙だ。思わず賛同の拍手を送りたい。

 だが周囲はそんな雰囲気ではない。険悪だ。

 船を壊した一味。その壊した張本人タチバナモトイへの憎悪。

 どこからともなく「血祭りに上げろ」と怒号が上がる。口火を切ったが最後、次々とヤジが飛ぶ。船上も他の小船も、騒然としはじめた。

 そこへスミタカさまが一喝。


「鎮まれ!」


 ぴたりと止む。

 水面の波紋が伝わる音さえ聞こえそうだ。

 スミタカさまはまばたきを一つ見せ、ゆっくりと首をもたげた。


「外つ海へゆくは天宮どのたっての希望。どう動くつもりかな」


 余裕すらうかがえる穏やかな微笑。

 スミタカさまは確信しているのだ。

 私を連れて行く、イコール、安易に攻撃はなされない、と。

 私がわがままを言い、橘がしぶしぶ破壊工作を止めたことを覚えているのだ。そして自分を優位に持っていこうとしている。私がダシになっているのはしゃくにさわるが、事実なのでしかたがない。

 橘先輩は大げさな手ぶりで灰褐色の花瓶をかまえ、一席ぶってみせた。


「これにて取引を提案する」


 東の山の稜線に太陽が姿を見せた、そのときだった。


「まずは目をあけてよおーく見とけ。素敵なリボンにのしでもつけて、そなたらの長年の望み、いざ叶えてみせん!」

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