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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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13.夜明けの抜錨〔3〕

「アキナリの次の行動ですが、新神戸から苅野行きの始発は五時三十五分ですから」

「え、ちょっと待って。神戸て」

「警察は保護者の元に送りました。父親の、それも苅野でなく神戸の自宅に」


 神戸市は苅野市と山をはさんで隣接している。

 車なら阪神高速使えばものの三〇分もかからない。でも電車は各駅停車で所要五十四分。本数も限られる。ベッドタウンの特性だ。人の流れ上、苅野から神戸へはたくさん交通機関もあるのに、その逆は少ない。

 準備が整うのは夜明けごろだと言っていた。

 苅野着が七時前では、間に合わない!


「夜が明けると船が出てしまう。ノルウェー行き、藤生氏の海に行くチャンスやのに……魔方陣でびゅーんって、神戸行かれへん? 久瀬くんも連れてかんと」


 サナリさんはまぶたをふせ、頭を横にふった。


「空間転移は行えません。それに私は、苅野から外で魔法は使えません。行っても帰ってこれませんよ」

「サナリさんさっき魔法使ってたやん」

「苅野は上主様の管理下です。あとで私が叱られるだけで済みます。他の場所でやると他の魔物や天使たちとの『法』が関わってきます」


 くいさがる私をサナリさんはとどめて、つづけた。


「『法』は、皇帝陛下や公爵閣下から小妖精に至るまでが守るべきものです。秩序維持のため上主様ご自身が決定されたもの。直属の私が破るわけにはまいりません。上主様のお顔に泥を塗ってしまいます」


 魔法を禁じたサナリさんが頼れないとは思っていない。久瀬くんも魔法使いじゃないし。

 でも、どことなく不安。なにが、とは説明できないけど。


「周到に用意はしておきましたよ」


 にっこりとサナリさんは笑った。

 そこで私にさし出したのは、


「パインのカンヅメ?」

「はい。ほかに桃にミカン、みつまめを持参しました。高いリリーのではなく、コープさんのですが美味しいです。おすそわけしましょうか」

「……あとでいいです」


 分からん。この魔物さん、実は天然?

 結局もらったパイン缶は背中のザックに投げ入れた。


「やれることは、遅らせるくらいでしょうか」


 サナリさんはぽつりと、言った。

 微動だにしない、彼の顔を見た。長いまつげ。ひき結んだ口もと。感情が見えない。ただ、まっすぐな視線は格子の外に向かう。

 その先には見慣れぬ苅野の町。古い城下の幻。

 昔はお侍さんが今みたく見下ろしていたのかもしれない。

 ため池に浮かぶ大きな船を……船。


「そうやん私ってばっ」


 ああ、私のどあほ。

 ただ待ってるだけが能じゃないだろ。夜明けの船出に間に合わないなら、


「船の準備を遅らせればってことやんね」

「いかにして船を動かすんでしょう」


 確かにそうだ。内陸の苅野からどう海に漕ぎ出すのだ。


「現場を見ましょう。方法を見極めないと。出発を遅らせるにも、私の力で対応可能か判断できません」


 サナリさんはようやく動いた。ふすまを開ける。

 からっと開けた廊下の片隅。お腹に軽装の鎧をした武士が二人、槍を持って座っている。彼らに、


「あの船に行きたい。澄隆さまを見舞う」


 なんて調子できりりと小難しい表情をつくり問いかける。なんちゃって時代劇女優、継続営業中だ。

 対する二人はお辞儀していわく、


「夜明けまでは近寄らぬようにとの厳命にございます。御英慮たまわりたく」


 断られた。

 もう一度頼んだけど同じ答え。困ったな。

 と、サナリさんがすうっと彼らに近づき、手をのばした。

 なにを、といきり立った武士たち。頭を触れられたが最後、そのまま倒れこむ。

 そして……サナリさんの手のひらに浮かぶは、輝きをたたえる珠。剣と魔法のファンタジー的には『魔法の珠』みたいな? ほんわかと温度を感じ、ささやかな光を放っている。産みたての卵みたいだ。

 その珠をもてあそび、サナリさんは問いただす。


「断るなら魂を盗むまでだが、どうする」


 冷たい息を吹きかけるようだ。冷笑すら浮かんでいた。

 対する武士はふるえていた。だが気丈にも歯噛みしつつ声を荒らげる。


「船出を止めるおつもりなれば、意地にてお断りいたす!」

「船にゆきたいだけじゃ」


 横から私、ウソ八百。

 対する武士の人は息をのみ、そして返答した。


「なれば……案内申し上げる」


 横でやりとり見ながら思い出した。

 かつて私たちと対決したときの顔を。

 サナリさんが藤生氏の記憶を思いのままにし、私たちが邪魔をした。藤生氏が、右目さんと左目の久瀬くんから<記憶>と<感情>を受け取る儀式中だった、あのとき。私たちは全面対決した。

 さっきのサナリさんはあのときの顔だった。

 すまん。サナリさん。本気の天然系と思いこむところでした。やっぱり『魔物』さんやわ。二度と敵には回したくない。

 そんなことを考えつつ、こうして無理やり外へ出る。

 と……かがり火に照らされた光景に絶句した。


「これは」


 サナリさんでさえ動揺している。

 周囲に人家のあかりが見えない。池、池、池ばかり。水たまりを縫うように道が走り、低木が並び、小さな森へと続く。周囲は申し訳程度の畑。湿った土。枯れ草。霜柱。

 冷静になれ、冷静に……現在の城山町の南となり町、南が丘はため池が多い。今はため池は公園の一パーツとなり、田んぼはハーブの香る分譲住宅地となり、そして地元密着な小さいけど個性のあるスイーツとカフェの激戦区になっている。あのあたりの昔のすがたかも、と想像して頭の中にある苅野市マップを今見る光景に変換してくと、おおよそ合点がいった。

 OH、NO!

 タイムトラベルやっちゃったか。

 それとも並行世界に転生したか。

 これファンタジーやない、SFや。

 万一、久瀬くんが夜明けに間にあったとしても。

 これじゃここにたどり着かれへんやん。魔法で空間移転が効くのか。必要なのは魔方陣ではなくタイムマシンじゃないのかと。

 それに城の近くだというのに、なにもないここは一体なんだろう。


『馬場じゃ』

「ジャイアント馬場さんですか」

『そなた、やはり、あほうか』


 馬場ってのは馬の訓練所のようなもの。馬を乗り回す野原だそうだ。小波さんが今はなき偉大なるジャイアント馬場さんが分かる点は、スルーしておくとする。

 すでに船は視界の中にある。

 丘の向こうで煌々と輝くもの。それは、夏に見上げた朱く白い威容の一部にすぎない。

 斜面を上るやその全容が見えた。

 夜の暗闇で城からは望めなかった光景。


「すごい」


 と、ため息がもれた。

 気圧される。大船にではない。船により添うおびただしい数の小船、それに私は圧倒された。他の池にも浮かんでいる……ああ、あそこにも。いくつあるのだろう。とうてい数えきれやしない。

 とりまくあまたの炎たち。連なる人々。

 その中心でさん然と輝く大船―――御座船。

 これが船団というものか。

 これらが海を走る姿、想像が追いついてこない。


「御方様」


 案内したお侍さんがたずねる。

 オカタサマとは私のこと。適当に小難しくかつ偉そうに答えておこう。


「壮観であるな。足労かけた。配置に戻るがよいっ」


 鎧姿の彼はサナリさんが例の珠を渡すと、すぐさま立ち去った。

 これで邪魔はなし。サナリさんと私だけだ。


「あそこに四角く明るい一帯があるでしょう」


 わが相棒が指ししめしたのは、大船のある池の手前。

 照明が不自然だった。指摘どおり、四角の中に光が収められている感じ。へいで取り囲んでいるのだろうか。

 サナリさんが説明をつづける。


「呪があふれ返っています。突出した質量です」

「そこで安賀島大地が『準備』をしとんのかね」

「違いありません。ただ」


 語尾をにごしたまま、また無言になる。

 ただ、なんなの。説明を求める間もなかった。サナリさんは、近くに行きたいですと私に問いかける。私は行ってみよう、と歩き出した。

 凍てが地の底から襲う。足元が冷える。動くことで忘れよう。

 と思った瞬間。

 待った!

 と脳みそがブレーキ命令、すんでのところで足をとどめた。

 前方に物体発見。少し光をおびている。

 人だ。お侍さんだ。座りこんでぐったりしていて、頭上に蛍に似たものが浮かんでいる。

 事務的にサナリさんが話す。


「眠らせました。気づいたようなので」


 サナリさんは銀縁めがねの奥で微笑む。

 やっぱり味方でよかった。

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