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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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13.夜明けの抜錨〔1〕

 おお、これは懐かしい。火鉢ではないか。

 いそいそと近づく。横に置いてあるのは……アルミのブランケット? 暖かいのかな。

 茶菓子は例の胡桃のお菓子だ。

 クリスマスイヴ以来だ。うん、何度食べてもおいしい。


「姫さま、お茶ですよ」


 サトさんはずーっと、私=小波さん扱いである。小波さんか天宮かを判別しようともしない。まあ、どっちでも正解なんだろうし。訂正するのも面倒だ。

 出していただいた煎茶をすすりながら、


『妾が表に居れば身体の主は誰しも眠っておった。先に身体を得し武崎なる女子もそれ以前の者たちも』


 ただいま古文強制ヒアリング中。

 私、古文は好きだけど苦手だ。内容はフィーリングで分かるし読むのは好き。でも単語集なにそれ的な超現代訳を回答するから、細かく無残に減点される。あと文法は無理。なんなの助動詞活用って。られられられらるるらるれられよ。うぎゃああ。


「要はなんで会話できるかって聞いとんの」

『さよう』

「そんなん私に聞かれても」


 確かにするどい指摘だけどね。

 なつきにはできなかった。鹿嶋くんが呼んでも。病気で倒れても。

 ヒントはやはり、あおいちゃんのアドバイス『仲良く』。そうすれば自分をとり戻せる、ということくらい。でも現状、仲良くなっているといい難いんだが。

 無理。私に解ける謎じゃない。

 もっと前向きなことを話し合ったほうがいいや。


「それはそうと小波さんにお願いが」


 船を出すことであろ、と頭の中で即答された。


「了解してくれないでしょうか」

『こなたと共に参るしかなかろう』

「えっ、本当に」


 驚いた。

 小波さん、幽霊になって出るまでに反対してたのに。どうして。

 煎茶をつづけてすすりながら彼女の話を聞く。


『こたびは以前のように死出の旅路ではない』

「以前は、違った?」


 少しの思考の空白のあと、


『知りたくば教えてつかわす。さと、あのみぎりは、まったくの逆であったな』

「さようでございますわね。以前は追い出されましたもの。いつもはいいかげん、いえご寛容な若屋形さまがこーんな怖ぁい顔で『出て行け』と」


 サトさんは指で目をつり上げてみせた。


「その以前て、いつのことなん」

「大屋形さまに敗れ、若屋形さまがご自害されたときです。姫さまお忘れですか」


 ご自害……。

 久瀬くんが話してくれた、ナナツギの物語とその疑問――「『スミタカ』は、叔父の『ヨシタカ』に殺された」。実力と地位を獲得したら、自分の子供に継がせたい。だから邪魔なおいっ子を殺した。そんな彼なら苅野には恨んで出そう。

 彼女たちの記憶はどこかちょっと違っている。


「……澄隆さま」


 一瞬、視界がぶれた。

 私、じゃなかった小波さんが顔を上げる。

 テーブルごと茶菓子が消えた。

 ……だけじゃない。

 鎧に身をつつむ、いわゆる具足姿っていうのかな。そんな完全武装の武将がこちらを見おろしている。背後に従えているのは二人。さっき、なつきが倒れた広間にいた二人と同じだ。始末せよと最初に言った、いかつい『伝左(でんざ)』が一番後ろだ。

 澄隆さまのカブトは鉄板で口もとを覆っていて、表情がうかがえない。


「丹嬰の小波、早々に立ち去れと命じたはず」

「わが身もこの館の露とならんと」

「黙れ」


 心に突き刺さる、寒々しく感情のこもらない拒否。


「この私を巫女姫を盾にした卑怯者にするつもりか」

「異なこと、ただ」

「こやつを城からつまみ出せ」


 あわてたのは真ん中のひとりだった。


「殿、『つまみ出せ』とはあまりな」

「右近」


 殿と呼ばれた澄隆さまは、反論した真ん中の右近さんを見すえる。

 目が怖い。彼の手は腰の朱塗りの刀のところ。すぐに抜ける状態だ。柔道かじった程度の私でも、殺気を感じて、動けない。

 まるで……曇りなく鋭い刃物。

 反抗すれば速攻、殺られる。本気でそう思った。

 さっき茶菓子をすすめてくれたスミタカさまと同一人物とは思えない。

 怖さに、身じろぎもできない。


「申し訳ございませぬ」


 右近さんは澄隆さま、次いで小波さんにも頭を下げた。そして動く。

 失礼の段お許しください――小波さんは右近さんにそんな紳士的な言葉をささげられると、乱暴に肩の上にかつぎあげられた。


「下ろせ」


 と抵抗するも空しくがっちりホールドされた。騒いでも相手にされず、ずんずん外へと向かってゆく。右近さんが乗物を用意せよ、取り次ぎ役の侍女はいないか、と周囲にわめきちらしている。サトさんがあわてて追いすがってきた。やがて無常感におそわれ、ただ周囲のざわめきを聞く。

 館の周囲ではそこかしこで煙があがる。兵たちへの白飯のふるまいの最中だった。澄隆と覚悟をともにする兵たちの決意は固い。討って出る前の『最期の晩餐』だというのにみな、陽気にふるまっている。

 そんな中、自分だけはこの館を落ちのびて行くのだ。

 乗物に押しこめられる。


「向かうは守隆さまのもと、敵方陣中ですが危険はございません。安賀島実嗣どのが同道しますゆえ」

「……」

「どうか殿をお恨みなさいませぬよう、伏して願いたてまつります」


 言われずとも分かっている、と小波さんは思いを飲みこむ。

 すべて嘘ばかりだと。

 三郎の大船は戦いで鉄甲船として使われた。澄隆は自らの命で内乱の幕を引こうとし、守隆は父に従い館を襲いながら澄隆と通じている。

 どれもこれも、嘘ばかり。


「宇賀多右近」

「はっ」

「武運を祈る」


 白々しい。討たれて散る出陣なのに。

 それでも右近はありがたき幸せと答えた。最期の別れまでも慇懃無礼で腹立たしい。いや、腹立たしさを通りこして空しささえ覚える。

 乗物の引き戸が閉じられる。

 動きだし、身が揺られると、私――小波さんは着物のすそを強く、握りしめる。


 ……もうたくさんだ。こんな思いはしたくない……。


「で、姫さまはうれしゅうございますか」


 サトさんが空気を読まずににっこりたずねる。

 なぜか私、照れててくる。小波さんが照れてるのか。


『なんじゃと』

「若屋形さまの船に乗ってよいよとのご承諾でございます。毎度のようになにも考えてなさ、いえ迅速なるご英断に暗夜に灯を見る心地と」

『無駄口を閉じて菓子でも食べておれ』

「でも、うれしゅうございましょう?」

 

 口を閉じて菓子を食べろという理不尽な姫と、空気読まずにひたすらツッコミに奔走する侍女。どっちもどっちだ。切ない思いも異次元の果てにふっ飛んだ。



  *  *  *



「…………!」

「…………?」

「…………!」


 廊下の奥がなにやら騒がしい。なにか起こったのだろう。


「姫さまどちらへ」

「うるさそうだし見てきます。あ、サトさんはゆっくりしてって」


 いるとややこしそうだし。


「いえそれは侍女の役目」


 と立ち上がるのをすっ転ばす、実力行使にでてしまった。すみませんひどい扱いで。寝ててください。

 若干の後ろめたさとともに、状況ヒアリング開始。

 待て。私が聞いても答えてくれないかも。

 小波さんなら。

 私は背筋を伸ばしてきりっと目もとを上げて、ふすまをそろそろと、開いた。


「なんの騒ぎじゃ」

「侵入者のようでございます。申し訳ござりませぬ。早々に追い払いますゆえ」


 大成功。この武士、私を小波さんと間違えている。

 調子に乗ってさらに声音を作って、つづけた。


「いや待て。先ほどの者ではないのか」

「違う者でございます。妙ななりをした伴天連の様で」


 もしやフロリアン?!

 この船とかかわりがあるのか。いや、戦国時代の水軍復活とかかわりがあったっておかしくない。

 聞き出さなくちゃ。


「用件は聞いていないのか。澄隆さまはいずこか」

「アマミヤがどうのと申しておる由。若は、安賀島どのの仕度を見に行かれ、おりませぬ」


 私の名前を知っている。

 フロリアンが? どうして!

 会うかどうか、迷う。

 今の私は小波さんだ。天宮ではない。小波さんで通せば……。


「天宮はこの身体の主のこと。妾が会おう。連れてまいれ」

 

 意外にも武士は拒否した。船の奥深くにウロンな者を招き入れられませぬ、とのことだ。なに『ウロン』って。アヤシイ奴てことかな。


「では自分で会いに行く」


 とつよい口調でつっぱねると、あわてて道案内をはじめた。

 よっしゃ。完全に小波さんと誤解しているぞ。私、時代劇俳優になれるかも。心の中で拍手と共に自画自賛。頭のすみで小波さんが怒っているが、それは知らんぷりをしておいた。

 暗い廊下。縦格子の窓から星空が見える。外は晴れていた。

 空気がほおに冷たい。アタマを切り替えるべくクールダウンするには、ちょうどいい。

 闇の奥で騒ぐ声。それは次第に大きくなっていく。


「貴様、手向かいいたすか!」

「天宮はるこさんに会わせなさい、でないとさらに抵抗しますよ」


 あの声は!

 私は武士を押しのけてダッシュした。後ろでその武士は転んでいたが、気にしない。

 行きつく突き当たりは、菊の絵のふすまの和室たぶんだ。勢いつけて開け放った。ぱあん、と小気味のよい音が響きわたる。私はいっせいに注目を浴びた。

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