10.プレゼント
黒い霧が大変なスピードでせまり来る。魔のものの集団だ。
『呪』の入った花瓶を藤生氏は掲げる。すると、私たちの足元には、まばゆい光を放つ小さい魔法陣ができあがる。
霧ははじき返される。
再び、藤生氏が動く。
ぴかっ。
閃光が一面に広がる。なにも見えない。
やがて眼が視力を取り戻すと……魔のものの集団は消えていた。
* * *
それは、ある春休みの出来事だった。
いままでにこういう事態には何度か遭遇したのだけど、いまだに慣れない。まあ、慣れたいとも思わないけど。
気持ちを落ち着かせようと、駅前の露店の指輪を眺める。
「手作りやねんで。かわいーやろ」
お兄さんが声をかけてきた。ワイン色のニット帽にダークグリーンのナイロンジャケット、だぶついたズボンをはいている。
品物は、というと。全般的にシンプルな、ハンドメイド感のあるものが並んでいる。重ねづけすると可愛いかもな、アクセサリーのたぐい。そんな中で異色なのは、ブリキづくりで文字盤にふたがついてる時計だった。
見た目ゴツくて自己主張が強くて。端的にいえば、かっこいい。でもおこづかい一ヶ月分……。
藤生氏は後ろから不機嫌そうに眺めていたものの、私と同じく品定めをはじめた。四角いシルバーの台に赤い石(?)がはまっているアクセサリーを手にしている。透明な糸がついていて、身につけていてもシルバー部分しか見えない。長さは手首につけるくらい。それもかわいいなー。
「いくらすんの」
藤生氏が尋ねる。
「八〇〇円。安いやろ」
「五五〇」
「彼女の前で値切るか? オマエ」
そんなことを気にする藤生氏ではない。そして私も気にする相方でもない。
「……そんなんで売れるか。七〇〇円やったら」
「五八〇」
しばらく数字の応酬が続く。品定めより交渉の行方を見てる方が楽しそう。
「しかたねーな、六六〇が底値」
「それで買う」
で、交渉成立となった。
「その時計いい感じやな」
藤生氏はゲットした品を握りながら、私が注目していた時計を指さす。
「あ、これ? 俺的イチオシ逸品。元町と西宮の雑貨屋にシリーズおいてるで」
お兄さんはそのお店のチラシをくれた。それを藤生氏は一瞥して言った。
「小遣い貯めたらまた交渉に来る」
「定価で買ってくれー」
お兄さんはそう嘆きながらも、またこいや、と私たちを送り出してくれた。
しばらく歩いて、藤生氏は握っていた品を私の眼前につきつけた。
「やる」
藤生氏からプレゼントとは……予想不可な展開だ!
「ええの?」
「おう」
「ありがとう!」
どきどきしながら、左の手首につけてみる。全然目立たない。
「学校でつけてもばれなさそう」
「それで、天宮でも魔法が使える。ただし、エネルギー貯蔵方式を採用のため、何度も使えない。それと、使用者の集中力をエンジン代わりにしているので、使うと疲れる」
なんと。これがあれば……。
「魔法使いはるこ、誕生っ!」
「……話聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる。何回かしか使われへんのね」
「目安は、魔のものを退散させるくらいやったら、三回くらい。魔法陣つくるとか、大技になったら一回きりや」
冒頭の如くの、魔のものの襲撃。これは日下部あおいちゃんのタマシイを手に入れて以来、ずっとだ。
サナリはたしかあおいちゃんを貴重な『いい魂』と言っていた。その希少なお宝を奪うためか藤生氏が手に入れて――と魔のものたちに知れわたって――以来、藤生氏に攻撃をしかけてくる。
そのことで昨日までは、藤生氏はずっと私を避けていた。火の粉がふりかからないように……だってことは、なんとなく私も気づいてた。