01.気になる人物
登場人物はほとんど神戸弁で話します。苦手な方はご注意ください。
「はるこは、だれか好きな人できた?」
遠慮なしな質問だった。
この中学校に転校してきて、三ヶ月。新しい学校にもすっかり慣れた。
でも、いちばんの友達・高梨せりの遠慮のなさ突っ走り方には、私もたまに閉口する……こともある。
好きな人ねえ。
多少意味は違うが、該当者はいる。私は正直に脳裏に浮かんだ人物の名を回答した。
「えーと。気になっとんのは、藤生くん」
その瞬間。せりは固まった。そして、
「え? うそぉ!」
ほっとけっちゅうの。
「むっちゃ性格悪いやん、あいつ」
確かに。同意できる。
さらに、せりは説得を試みるかの如くに、かくのたまう。
「ついこのまえのことやけど、雨ふっとったやん? あたし、傘忘れてなあ」
時は放課後、処は下駄箱。いざ帰宅という状況下にて。せりは雨に困惑して呆然と立ちつくしていた。
ふと、だれかがここに来た。
噂の藤生氏である。彼もまた、これより帰路につくらしい。
彼は目の前にいるせりを(彼女の主観によれば)無視し、ふと外を見やり、しとしと降る雨を確認した。そして、カバンの中に手を突っこむ。折りたたみ傘の所在を確かめるためだ。
「そう、確かにヤツはグレーの折りたたみを持っとったんよ。それやのに」
彼は靴をはきかえると傘立てに直行した。
そして、水色の長い傘を取り出すと、とっとと玄関をでていった。
「二本あるんやったら貸せー!」
「傘ないって、気づんかったんちゃうのん」
それ以前に、せりの存在に気づいてなかった可能性も否定できないけど。
「至近距離! ふつう気づく! これを許さでおくべきか!」
せりヒートアップ中。
説得、断念。
話題を変えよう。
そう思ったとき、隣のクラス担任の野田が教室に入ってきた。手にはプリントの束を抱えている。
ちょうど入り口付近には、噂の藤生氏しかいない。彼は机につっぷして寝ていた。
「すまん配っといてくれ」
ばさり。
と、野田は藤生の頭の横にプリントを置いて、せわしなく去っていった。
藤生はプリントをちら、と見る。と、そのまままた寝た。
人のいい委員長の白河くんは、プリントを取りに行くと、鹿嶋くんとともに配りはじめた。 いまやこれを非難する者はいない。
以前、藤生氏に注意を試みた勇者がいた。これも『人のいい』委員長である。
「頼まれたんやったら配ってくれんと」
これに藤生氏はこう答えた。
「だれがだれかわからん」
以後一切、このクラスの人間はおろか、クラス担任も彼に頼みごとをしたためしがない。
「相変わらず快調に性格悪いわ」
せりが怒って言うと、チャイムが鳴った。
私は、先に『微妙に意味は違う』という条件をつけたけれど、実はというと『恋愛感情』という意味で藤生氏を好きといったのではない。変わり者に対する興味本位、堂々たる傍若無人に敬意を表して、といろんな意味があっての回答だった。
それに、彼を弁護するつもりはないが、私は藤生氏に助けられた経験がある。
今回は藤生氏に助けられたときの、あの不思議なできごとを書いてみたい。