哲学する大根と、論破される馬鹿王子~追放先の畑がシュールすぎて、冷酷公爵様が毎日癒やされに来るのですが~
王都から馬車で二週間。
草木もまばらな辺境の荒野で、私は泥だらけの手を腰に当て、目の前に広がる畑を見下ろして深くため息をついた。
私の名前はセレスティナ。数ヶ月前まで、由緒正しい公爵家の令嬢であり、次期王妃となるべく王太子エドワードの婚約者を務めていた女だ。
しかし、学園の卒業パーティーで、エドワードは私を指差し、声高らかに宣言した。
「お前のような陰気で可愛げのない女は、私の隣にふさわしくない! 婚約破棄だ。辺境の荒野で一生、土でも弄って惨めに暮らすがいい!」と。
理不尽なでっち上げの罪を着せられ、実家からも見放された私は、着の身着のままで辺境のボロ小屋へと追放された。
幸いにも、私には前世の記憶があった。日本のどこかで平凡な会社員としてネットサーフィンばかりしていた記憶だ。だから、荒野に追放されても絶望で泣き叫ぶような真似はしなかった。
むしろ、王宮の窮屈なマナーやドロドロの派閥争いから解放されたことで、スローライフを満喫してやろうと意気込んでいたくらいだ。
辺境の土は痩せていたが、私には追放のショックでなぜか目覚めた『植物と対話できるギフト』があった。植物の健康状態や必要な水分量を感じ取れるこの能力のおかげで、荒れ地は見事な緑の畑へと変貌を遂げた。
だが、問題があった。
私のギフトは、ただ植物の「状態」がわかるだけではなかったのだ。
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
足元の土から、ひどく渋い、壮年男性のような声が響いた。
私は無表情のまま、声の主である大根の葉を掴み、スポンッと勢いよく引き抜いた。真っ白で瑞々しい、立派な大根だ。
「……それ、ニーチェのセリフやん。大根に深淵も何もないでしょ、ただの土穴だし」
私が冷静にツッコミを入れると、大根は泥をポロポロと落としながら、さらに重々しい口調で語りかけてきた。
「我思う、ゆえに我あり。だが引っこ抜かれた我は、明日には切り刻まれて煮込み料理の具材となる運命。生命とはかくも無常なり。全米が泣いた」
「急に映画の宣伝文句混ぜるな。デカルトも泣くわ」
そう、私の育てた野菜たちは、なぜか異常なまでに知能が高く、そして全員が深刻なニヒリズムをこじらせていた。おまけに、私の前世の記憶から漏れ出た知識のせいなのか、ネットスラングや偉人の名言を多用するのだ。
「人生はクソゲー。どうせ胃酸で溶けるだけの運命。対戦ありがとうございました」
隣の畝で、ゴロゴロと掘り起こされたじゃがいもが、やけに軽い若者のような声で煽ってくる。
「ネットスラングはやめなさい。大地の恵みとしてのプライドを持ちなさいよ」
「プライドなどという概念は、人間が自らのちっぽけな存在意義を粉飾するための幻影に過ぎない。我ら芋は芽が出たら毒を持つ。それだけが真実。はい論破」
「可愛げのない芋だな、本当に」
私はため息をつきながら、哲学する大根と論破厨のじゃがいもをカゴに放り込んだ。
カゴの中からは「狭い」「パーソナルスペースを尊重しろ」「これが資本主義の末路か」といった不平不満が絶え間なく聞こえてくるが、私はもう慣れっこだったため、完全に無視してトマトの収穫に向かった。
「愛とは非合理な執着である。赤く熟すのは種の保存の本能であり、そこにロマンティシズムを介在させるのは人間の傲慢だ。知らんけど」
真っ赤に熟したトマトが、冷めた声で語りかけてくる。
「最後に保険かけるのやめなさい。美味しそうに赤くなってるんだから、もっと素直に喜べばいいのに」
「素直さとは、思考を放棄した愚者の逃避手段だ。俺は最後まで抗う。ドナドナドーナードーナー」
「歌うな。情緒がおかしくなる」
毎日毎日、このような不毛極まりない対話を繰り返しているせいか、私の精神は辺境に追放される前よりも遥かに研ぎ澄まされていた。
少なくとも、陰湿な貴族令嬢たちの嫌味など、この大根たちの虚無主義的アプローチに比べれば、幼稚園児の悪口レベルに思える。
そんなシュールなスローライフがすっかり板についてきた、ある日の午後。
私の畑の前に、辺境の荒野には全く似つかわしくない、王家の紋章が入った豪華な馬車が土煙を上げて止まった。
馬車の扉が開き、降りてきたのは、見覚えのある金髪の青年と、その腕にすがりつく可愛らしいピンク色の髪の令嬢だった。
私を追放した元婚約者、エドワード王太子と、その新しい婚約者である男爵令嬢だ。
「セレスティナ! 久しいな。わざわざ視察のついでに、お前の惨めな姿を笑いに来てやったぞ!」
エドワードは、泥だらけの作業着を着た私を見て、勝ち誇ったように鼻で笑った。
隣の婚約者らしき女性も、扇で口元を隠しながら大げさに同情するふりをする。
「まあ、セレスティナ様。あんなに美しいドレスを着ていらしたのに、今は泥にまみれて……お労しいですわ」
私は無表情のまま手に持っていたクワを地面に突き立てた。怒りも悲しみも湧かなかった。ただただ、面倒くさかった。
「ごきげんよう、エドワード殿下。ご覧の通り、私はここで平穏に暮らしております。笑い終えたのでしたら、さっさとお帰りください」
「強がるな! 華やかな王都を追放され、こんな土にまみれた生活が楽しいはずがなかろう! 泣いて詫びるなら、王宮の隅で下働きくらいはさせてやってもいいんだぞ?」
エドワードが尊大な態度でふんぞり返った、まさにその時だった。
「見よ、自らの空虚を他者への優越で埋め合わせようとする哀れなホモ・サピエンスを。彼らは承認欲求の奴隷である。草生える」
足元のカゴの中から、大根の渋い声が響き渡った。
「な、なんだ!? 今、誰が喋った!?」
エドワードがビクッと肩を震わせ、周囲を見回す。婚約者も「きゃっ」とエドワードの腕に抱きついた。
「マウント取るためにわざわざ辺境まで来るの、タイパ悪すぎでしょ。暇なん? 乙」
今度はじゃがいもが、エドワードの薄っぺらいプライドを的確にえぐるような声を出した。
「き、貴様ら、どこに隠れている! 姿を現せ! 私は未来の王だぞ!」
エドワードが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
その滑稽な姿に、カゴの中の野菜たちが一斉に哲学的な一斉射撃を開始した。
「未来の王という肩書きは、現在の無能さを覆い隠すためのレトリックに過ぎない。つまり、お前自身には何の価値もない。QED」
「権威にすがる者は、自己の精神的自立を放棄した弱者である。アドラー心理学からやり直せ」
「そもそも王権神授説なんてとうの昔にオワコン。時代は民主主義だろ。常識的に考えて」
大根、トマト、キャベツが次々と、エドワードの存在意義を根底から否定する言葉を浴びせかける。
「なっ……なんだお前たちは! 私を愚弄する気か! 私は王宮で最高の教育を受けたエリートだぞ!」
エドワードが涙目になりながら反論するが、野菜たちには全く通じない。
「最高の教育を受けた結果が、元婚約者の畑に嫌がらせに来るという生産性のない行動に行き着くのなら、その教育システムは完全にオワコンだ。文科省にクレーム入れた方がいいぞ」
「てか、その隣の女も自己正当化のために他者を貶めるルサンチマンの典型例だろ。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。アーメン」
「あああああっ!! 違う、私は無能じゃない! 私は王太子だぁぁっ!!」
ついにエドワードは、大根とじゃがいもの理詰めのサイコパス診断に耐えきれず、頭を抱えて発狂した。
「エ、エドワード様! お待ちになって!」
婚約者もパニックになり、泣き叫びながら馬車に向かって走り出したエドワードの後を追っていく。
馬車は転げるようにして土煙を上げ、あっという間に荒野の彼方へと消え去ってしまった。
私は、ポツンと残された静かな畑で、カゴの中の野菜たちを見下ろした。
「あんたたち、ちょっとやりすぎよ。一国の王太子の精神を野菜の身で崩壊させないで」
「我々はただ客観的事実を言語化したに過ぎない。真実は常に人を傷つける。だがそれがどうした。人生は所詮、宇宙の瞬きに等しい暇つぶしだろ?」
大根が相変わらずの渋い声でニヒルに笑う(ように見えた)。
「ふっ……。素晴らしい見解だ。全くもって、その通りだな」
不意に、背後から低い拍手の音が聞こえた。
振り返ると、いつの間にか黒い外套を羽織った長身の男性が立っていた。
鋭い三白眼に、疲労の色が濃くにじむ顔立ち。魔物を狩り尽くすと恐れられている、この辺境の領主、クライヴ公爵だった。
「ク、クライヴ様。いつからそこに?」
私は慌ててカーテシーの姿勢をとったが、彼はそれを手で制した。
「今の騒ぎの一部始終を見せてもらった。……セレスティナ嬢。この野菜たちは、いつもこんな調子なのか?」
クライヴ公爵は、カゴの中の大根とじゃがいもを、穴のあくような熱い視線で見つめていた。
「申し訳ありません。うちの野菜たちが、少々口と性格が悪くて……」
「謝る必要はない。むしろ、感動している」
「えっ、そっちですか?」
クライヴ公爵は、深く息を吐き出し、まるで長年の重荷が降りたような穏やかな顔をした。
「私は辺境の領主として、日々魔物との血生臭い戦闘に明け暮れ、精神をすり減らしてきた。人間の欲望や裏切りにも嫌気がさしていた。……だが、この大根の言葉はどうだ。私の長年抱えていた虚無感と世界の不条理を、見事に言語化してくれたではないか」
「いや、ただのネットに毒された大根ですが」
私はツッコミを入れたが、公爵の耳には届いていないらしい。
「それに、君だ。セレスティナ嬢」
クライヴ公爵は一歩私に近づき、熱を帯びた瞳で私を見下ろした。
「この狂った哲学を垂れ流す大根たちに対し、一歩も引かずに冷静かつ的確なツッコミを入れ続ける君の精神力。……なんと美しく、シュールな光景だろうか。私のすり減った心に、これほどまでに沁み渡る癒やしは初めてだ」
「癒やしの沸点が独特すぎませんか、公爵様」
私が呆れ顔で返すと、クライヴ公爵はその場でスッと片膝を突き、私の手を取った。
「セレスティナ嬢。この畑は、荒涼たる辺境に生きる私にとっての、唯一のオアシスだ。……どうか私と結婚し、この哲学する大根たちの声とともに、私を永遠に癒やしてくれないか」
「プロポーズの理由がシュールすぎるんですが」
私は即座にツッコミを入れた。
領地の視察に来た辺境公爵が、追放された令嬢に求婚する。そこまでは王道ファンタジーの展開だ。しかし、その理由が「大根の哲学と私のツッコミに癒やされたから」というのは、前代未聞にも程がある。
「どうだ、セレスティナ嬢。君の畑の野菜は、すべて我が公爵家が最高級の肥料で保護しよう。君も、これ以上王室からのくだらない嫌がらせに悩まされることはなくなる」
条件としては、全く悪くない。むしろ、王太子の執拗な嫌がらせを完全にシャットアウトできるなら、辺境公爵の庇護下に入るのは極めて合理的だ。
それに、少し疲れた顔で私を見上げるこの公爵は、エドワードのような薄っぺらい男とは違い、不思議と嫌悪感を抱かせなかった。
「……結婚の条件があります。毎日の食卓で、彼らの哲学的な不平不満を聞き流す覚悟はおありですか?」
「無論だ。彼らの虚無主義的な見解をスパイスに、君と食べるシチューはさぞ美味かろう」
公爵が真面目な顔で答えたのを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。
「わかりました。そのシュールなプロポーズ、お受けいたしますわ」
こうして、私とクライヴ公爵の、奇妙で騒がしい結婚生活が始まった。
公爵邸の立派なダイニングテーブルには、今日も最高級の牛肉と、私が育てた野菜たちを使ったシチューが湯気を立てている。
「我輩の辞書に不可能という文字はない。ただし咀嚼されるのは無理。対戦ありがとうございました」
スプーンで掬い上げられたじゃがいもが、最後の抵抗とばかりにナポレオンを引用しながらネットスラングを吐く。
「それナポレオンのセリフやん。お前フランスの皇帝じゃないだろ」
私がスープを飲みながら冷静にツッコむと、向かいの席でクライヴ公爵がしみじみと頷いた。
「美味い。そして深い。やはり君たちのやり取りは、最高の癒やしだ」
「公爵様もすっかり毒されていますね。明日はニーチェ気取りの大根のステーキにしますから、覚悟しておいてください」
王都から遠く離れた辺境の地。
追放された悪役令嬢の私は、哲学する野菜たちと、それをニコニコしながら食べる少し変わった旦那様とともに、今日も平和でシュールなスローライフを満喫している。
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