ワームワームワーム 〜役立たずの虫は宇宙の片隅で張りぼての愛を叫ぶ〜
目的の星へと向かう、俺の乗っている宇宙船は穏やかで余計な音ひとつ立てない。
本当に辿り着くのだろうか。こうして一生宇宙を彷徨うことになるんじゃないだろうか。
虫籠に入れられたまま忘れられて、誰からも顧みられない死を待つばかりの虫になった気分だ。
寂しさも相まって後ろ向きなことを考えてしまう。
狭い空間の中でひしめき合うように暮らしていた頃は一人になりたいとよく思っていたのに、こうしていざ一人になると寂しさが勝つのだから不思議なものだ。
目を閉じてただ時間が経つのを待つ。目的地に着くまで予定ではあともう少し。本当かどうかは知らないけれど。
どうか予想通りの場所でありますようにと願いながら待つ以外に罪人の俺にできることは何一つなかった。
その星に降り立つ時でさえ、宇宙船は静かなままだった。すぐには俺が宇宙船を出る許可が下りず、先にたくさんの機械がその星に降り立った。
まだ誰も足を踏み入れていないその地を駆け巡る機械たちを窓からぼんやりと眺める。虫にはこの程度がお似合いということだろうか。
窓から見える景色は人間が移住できる星であるという予想通りのもので、地面があり植物のようなものも見える。動くものは機械以外に無さそうだが、生命体はいないのか、もしくは肉眼で捉えられないのか。
暇を持て余して延々とそんなことを頬杖をつきつつ考えていると、ようやく宇宙船から出てよしという知らせが届いた。
人間が生きていくのに問題ない程度の酸素もありつつ有害な物質も見受けられないとのことだ。
ようやく俺の仕事が始まる。といっても大したことはできないだろうし、する機会もないだろうけど。
久しぶりに星の大地を踏み締めるのは感慨深いだろうと思ったけれど、さほどでもなかった。
故郷の星は土が剥き出しになっている地面なんて田舎でもあり得なかったから当然かもしれない。まあそもそも俺は家からあまり出られなかったけど。
宇宙船から離れ過ぎない距離を一人でゆっくりと歩く。今のところやることはそのくらいだ。
でこぼことした地面を初めて感じつつ、周りを見渡す。自然に生えているいるであろう植物を見るなんて初めてだ。
これも人間が移住してきたら刈り取られてしまうのだろうか。それともこの星は自然を売りにした星にされるのだろうか。
まあ、俺には関係ないことだから、どちらでも構わないのだけど。
「ワームに与えたにしては、優しすぎる仕事だな」
何もないだだっ広い空間で思わずそう呟くと、ぞわりと何かが体を通り抜けるような感覚に襲われた。
それがなんなのかを把握する前に風が吹いていると気づく。いや違う、空気が動いている。何かが動いているように。生き物がそこにいるように。
「生命体?」
いてもなんらおかしくはない。機械が反応しなかったのは不思議だが、今までにないケースの生命体なのだろうか?
周りを確認してもやはり何もない。ただ広いだけだ。けれど目を凝らしていると何かが動いた気もする。空気が動いている?
何もないはずの空間が歪んでいるように見える。見えない何かがそこにいるように。
透明なビロードがそこにあって揺れているようだと思う。これが生き物なのだろうか。本当は明確にそこにいて、俺が見えないだけなら機械が認識するはずだ。そうでないのだから全く新しいタイプの生き物ということになる。
とにかく俺は仕事をしなければいけない。機械でもほとんどの仕事ができる中で俺みたいな奴が送り込まれるのは新たな星に生命体がいた場合、こちらに敵意がないことを伝えるためなのだから。
「俺は罪人ワーム137。個別認識名はレルソー。この星が人間の居住地となれるかどうかを調べに来た。この星の生命体に害を与えるつもりはない。貴方が知的生命体であるなら尊重するし、もし無礼なことをしてしまったのなら謝る」
言葉はもちろん通じない可能性の方が高いが声は届くかもしれない。それに発達した知的生命体の場合はこちらの言葉が言語に関係なく伝わるから、こうして丁寧に挨拶をすることは大切だ。と宇宙船に乗り込む前に最低限の知識として教わった。
殺される可能性は少しでも減らした方がいいからだろう。まあ勝手に宇宙船で来て乗り込んでいる立場なので問答無用で殺されてもおかしくはない状況だ。使い捨てでも問題がないから俺がここに来ている。
目の前にいるのであろう生命体は未だ姿を現さず、ゆらゆらと揺らぎ続けていた。
「意思疎通ができないのか?」
それならそうと報告しなければならない。知的生命体ではない生き物の扱いはどうなるのだろう。やはり処分されるのだろうか。
そんなことを考えていると、また空気がざわりと揺れた。
わ、あ、む、と確かに音に聞こえるそれが耳に届く。気分が一気に高揚した。小さな笑い声が自分の口から溢れるのがわかった。
喋っている。確かに喋っている。俺が初めて喋った言葉を真似している。ワームと口にしている。聞いたことがない声だ。頭に直接響くような。ああ、ああなんて奇跡だ。
「いや、お前、ワームっていうのは別に挨拶でも名前でもなくて、って聞こえてはいるんだよな」
興奮して思わず一人でべらべらと話してしまった。依然として聞こえるのは「わあむ」という言葉だけだが関係ない。こちらの声は聞こえているだろう。
「最初に聞いた言葉をおうむ返しにするのか? 言語だってわかるのか? どこから発声してるんだ?」
俺が立て続けに幾つも質問すると、わあむわあむわあむと何度も反響するように声が響いた。
はは、と自分の口からさっきよりも明るい笑い声が出てくるのがわかった。これは紛れもない喜びだった。
「俺、本当に久しぶりに人と話したからさ、ワームって返事しか返ってこないお前相手でも楽しい」
たとえそれが目に見えない相手だったとしても、嬉しいことに変わりはない。寂しさがいくらも紛れた気がした。
向こうには俺が見えているのだろうか。元々こういう姿形をした生き物なのだとしたら、透明な網膜は使い物になるのだろうか。
「お前は、って、お前ってちょっと無礼過ぎる? 気にしない? 君の方がいい?」
少し冷静になった頭でそう尋ねてみるも、相手からの返答はもちろん「わあむ」だけだ。
「俺が言ったことが合ってたり良かったりしたらワームって一回、駄目なら二回言うってことにしないか?」
伝わるかもわからないのにそう提案していた。なんとなく、ただの勘だけど、伝わっている気がしたのだ。
それが孤独な人間が見た愚かな願望でしかなくても、俺は確かに伝わっていると思ったのだ。
わあむ、と明確に一つの言葉が返ってきた。
「……それでいい、ってことか?」
一つだったからそういうことだろうと恐る恐る問い掛ける。
俺の問いかけに確かに答えるようにもう一度響く、わあむ、という声に俺は涙さえ出てきそうだった。
「うっわあ」
思わず飛び出た声は間抜けで、それでも声に出さずにはいられなかった。
「本当に通じるんだ、うわあ」
通じている。通じている。俺の言葉が。意思が。返事がある。俺に向けて。俺だけに。
なんと素晴らしいことだろう。俺は今、一人ではないのだ。
「な、なあ、触ってみてもいい、か? いや、そもそも触れるのか。とりあえず、試してみるだけ。いいか?」
一つ叶えばもう一つと欲が出る。長らく生き物と触れ合ってなどいない。随分と昔、両腕の中に抱いた柔らかく甘い香りのする生き物を抱き上げた時のことを思い出して、すぐに打ち消した。
見えない相手はひどく優しく聞こえる声で、わあむ、と言った。了承だとわかり、体が震えた。
手を伸ばそうとしたその瞬間、腰に付けた機械のアラームが鳴った。初日だから体調管理のために宇宙船に戻れと言っているのだ。
もう少しだったのに、と思う気持ちをぐっと堪えつつ、宙に向かって笑って見せた。
「また明日来るから、な。また話してくれ。その時に触らせてくれ」
そう言って急いでその場を後にした。指定の時間に宇宙船に居ないと何か問題があったと本部に報告されてしまう。
走って宇宙船に帰った後に少し迷ってから生命体らしきものを発見した旨を報告する。まだ確定はできないとも入念に付け足しておいた。明日も自分で調査可能だと。
ああ、夢のようなひと時だった。どうか明日も消えていませんように。あそこにいてくれますように。
そう願いながら眠りに就いた。もし上手くいけば長い付き合いになるかもしれないからだ。
次の日、許可が下りるのを待つのももどかしく、ようやく出た合図とともに宇宙船を飛び出した。
仄かに光が差し込んではいるものの地上はまだ薄暗く、ここが故郷の星とは違うことを物語っていた。
昨日と同じ場所に来ても、やっぱり姿は見えないから少し不安になる。
「そこにいるのか?」
そう声を掛けながら、つい手を伸ばしてしまった。宙に向けて指先を動かすと、何かに確かに触れた気がした。
触れたことがない感触だった。一番近いのは、水だろうか。存在が希薄になり薄くなり、そして触れられる水はこんな風なのかもしれない。仄かに温かい生きている温度をしていた。
「あ」
向こうが動いたのがわかった。俺の指先から腕、そして肩までそれが触れるのがわかる。
ひどく優しかった。泣きそうになるほど。
「ここにいるんだな」
問いかけるというより呟いたつもりだったのに、律義にもわあむと返事があった。
ふは、と思わず笑ってしまう。でこぼことした大地に座り込んでみた。初めての体験だ。ちょっと痛い気もする。
「なんで俺がここに来たのかは言ったっけ」
わあむわあむと続けて返ってきた返事にほくそ笑んでいると、また優しい感触が体に触れた。
抱きしめられているみたいだ、という考えが過ぎって、体の芯から震えた。
昨日から夢でも見てるみたいだ。それとも本当に夢なのだろうか。宇宙船で一人暇をしている俺が見ている愚かな夢だとしたら、どうかまだ覚めないでほしい。俺はまだ寂しさが消えない。
「長い話になるけど、聞いてくれるか?」
わあむ、と昨日より幾らか明瞭に聞こえる返事が返ってきた。
「俺が住んでた星はあんまり大きい星じゃなかったんだ。地球上の人類が溢れて他の星に移住し始めた頃はたくさん星の候補があってゆとりがあったらしいけど、俺が住んでた星に移る頃にはもうギリギリだったらしくてさ、俺たちはみんな狭い星にぎゅうぎゅうになって生きてたんだ」
俺は膝を抱えるようにして座り込みながらそう話し始めた。
「そうなるとな、人数の上限をきっちり決めないと増えるだけ増えるんだよ。環境的に追い詰められるからかな。我先に遺伝子を残そうとするっていうか、俺にはよくわからんけど。まあとにかく、だから政府がこの上なく厳しく上限を決めた。それを破る人間は罪人だ。勝手に子どもを増やすのは違法なんだ」
俺に触れたままの見えないそいつをそっと撫でる。
「昔はな、人間も他の動物と同じように身体の中で育てて産まなきゃ増えなかったんだけど、今は当たり前みたいに人工的に作れるんだよ。子どもを欲しい人が申請出してそれが通ったらって感じ。人間の身体を通して産まれる子どもは俺たちの頃には地球でいうところの絶滅危惧種って感じだった。いや、それより酷いか。基本的に物語の中でしか存在しないんだから」
昔を思い出しながら語る俺の言葉をそいつは遮らなかった。
「俺はな、ものすごく好奇心の強い興味があることはやられずにはいられないって人が欲しがってできた子どもなんだ。よく覚えてるよ。瞳がいつも爛々と輝いている人だった。俺がだいぶ大きくなるまでは日々忙しない子育てに興味を持ってたみたいだったよ。途中で飽きてそれからは俺の世話はほとんどロボットに移行されたけどさ。どうせなら生後何ヶ月とかで飽きて欲しかったよ、それなら覚えてなかったのに。中途半端に与えられた愛情みたいなもの、覚えると欲しくて欲しくてさ、でもあの人は俺のことなんか見ないんだもん。泣けてくるよ。しっかり子ども育てられる人しか審査通らないようになってんだけどな。外面はいいし興味あることはめちゃくちゃ覚えがいいから、運良く通ったんだろうな。最悪だよ」
俺が少し自嘲気味に笑うとまるで、聞いているよとでも言うようにそいつが動くのがわかった。
慰められているようだと思った。
「それでやめとけば、それなりに不幸なのは俺だけで済んだよ。近くにある集合教育部屋に通うのは楽しかったしさ、もう俺は諦めてたからよかったんだよ。それなのにあの保護者ときたら、今度は自分の身体で産んでみたいってさ。馬鹿じゃねえのって話だよ。法律違反だし、誰が協力してくれるんだよ。人工的に作れるようになったのは産む人間の負担が凄すぎるって理由もあるからだろうがって。頼むからやめてくれ、死んだらどうするんだって」
やめてやめてと馬鹿の一つ覚えのように言ったのを覚えている。あの人は不思議そうな顔をしていた。「どうしてあんたにそんなことを言われなきゃいけないの」と淡々とした声で言っていた。
あの人の中で俺は子どもですらなかったのかもしれない。仕方なく家に置いてやっている居候でしかなかったのかもしれない。
俺はあの人に死んでほしくないと思うくらいには情があったのに。
「でも聞かねえの。絶対産むって。自分で勉強するけど、一人では難しいからあんたも覚えてって。いつも放っておいてるくせに、そんな時だけ言うなよって話だよな。でも俺、馬鹿だからさ、嬉しくなったんだよ、ちょっとだけ。頼られてるって思ってさ。今思えばその時通報してればよかったよな、俺も保護されただろうし。でもそうはならなかったよ。俺は馬鹿みたいに昔の電子書籍読み漁って勉強したし、あの人は政府から支給される薬をやめた。ああ、この薬っていうのは一定の年齢が来たらほぼ全員が飲む妊娠関連のことを排除する薬な。それやめてその辺の人誑かして子ども作って帰って来たよ。悲劇通り越して喜劇かよ、くすりとも笑えねえ」
多分これで成功したと思う、と言い切っていた姿を思い出す。どうしてあんなにあの人に自信があったのかは今でもわからない。
けれど、あの人はもう既に自分の腹の中に命があることを確信していて、それは当たっていた。
「悪夢みたいな夜だったなぁ。子どもを産むのって地獄みたいだよ。今思い出しても震える。人の身体ってな、柔らかいんだ。脆いんだよ。すぐに壊れる。あれならそりゃ昔の人はどうにかして人口胎盤とか考えるわ。だってどうかしてるよ。あんなことしてまで同じ種類の生命体を増やそうなんて、増やさせようとするなんてさぁ。あの人の足の間から液体が溢れたかと思ったら、切れたのかなんかで真っ赤な血が溢れてさ、それ以外のいろんなものが溢れんの。知識はあったから下に色々敷いてるのに、それが見えなくなるくらいなんだよ。あの人は喉潰れるんじゃないかってくらい叫んでるし、泣き喚くし、その辺の物叩くし壊すしさ。防音の部屋でも隣に聞こえるんじゃないかって震えてたよ。もし聞こえたら一発で通報ものだもんな」
悪夢のような夜だった。その中で生まれる子どもはどれだけ不幸だろうとも思った。
「死んじゃうんじゃないかって思ったよ。そう思ったら不思議と体が動くんだよ。それだけは嫌だって思って、かえって冷静になるんだろうな。あの人の腰撫でて、もうちょっとだから頑張って、なんてそれらしいこと言ってさ。せっかく勉強して産む時の呼吸法とか一緒に覚えたのに、痛すぎてそういうのぶっ飛ぶんだろうな本当に勉強したのかよってくらいにヘッタクソな呼吸法なんだよ。それに合わせてなんとか出てきた子どもの頭が見えた時、吐きそうになった。なんだこれって。人類ってこんな風に増えるのかよって。とんでもねえな。とっとと滅んじまえよ、なんて思った。馬鹿みたいだな。あの時は気がどうかしてた、多分な。でももうとにかく早く終わらせてやりたかった。だって何時間かわからないくらい痛い痛いって叫びながら悶えてるんだよ。自分の興味があったことなのに上手く把握もできてないその人が可哀想で仕方なかったから。産まれる時の子どもってさ、子どもの片手でも握り潰せそうなほど柔らかいんだよ。それを掴んで無理矢理引っ張り出したんだ。めりめりってあの人のそこがもっと裂けて、暴れ回ってさ、でも相当疲れてたみたいだから俺が抑え込んで、なんとか子どもは俺の腕の中にやってこれたの」
あの時の腕の中の重みは今でも覚えている。せっかく命を削って生み出したものをあの人でなく俺が真っ先に抱いたのは皮肉じみていた。
「そこからも大変でさ、産んだら終わりじゃないんだよな。胎の中にある子ども育てるためのもの色々掻き出してやらなきゃいけないし、裂けたから縫わなきゃいけないし、そもそも叫ぶわ泣くわだから水分も摂らせないとだし、後片付けも山ほどあるし、証拠隠滅もしないとなんだよなって。目眩がしたよ。そこまで一気に考えて、で、ハッとしたのを覚えてるよ。こいつをどうにかしてやらなきゃって。だって泣かねえんだよ。せっかく苦労して生まれてきたのにさ。ていうかこんだけ俺が苦労しといて泣かねえとかなんだそりゃってなってさ、背中叩いたりして、でも泣かなくて、俺が泣いたよ」
なんでこんなに頑張ったのにこいつは生きようともしてくれないんだ、俺はこんなに嫌な世界でも頑張って生きてるのに。なんて八つ当たりのようなことを思った。
「そしたらさ、めちゃくちゃ弱々しく泣くんだよな。なんだよこいつ、俺が泣いてやらなきゃ泣き方もわかんねえのかよ、俺より馬鹿だなつて」
その泣き方は可愛いなんて言えたものではない生に満ちた泣き方で、それでも泣いているということそのものに安堵を覚えた。
「ああ、俺が守ってやんなきゃいけないんだなぁって。どうせあの人は途中で飽きるんだから、俺が守って教えてやらなきゃなって。そうしなきゃ泣き方もわからないようなぼうっとしてるやつ、生きていけないだろ」
目の前にいたあの人の存在を少しの間忘れるほど、俺はそいつのことばかり見ていた。
「あの人の世話もどうにかこなして、途中からあの人も自分で指示出してたし、どうにかなったよ。俺は子どものことばっかり考えてたけどな。あの人は疲れ果てて世話なんかできないから俺が抱っこしてた。俺が昔着てた服着させたりしてさ。だって新しいのなんか注文できないよ。足がつくもん。調べられてるからな、全部。お前の家赤ん坊いないのになんでベビー服買ってんだって言われたら言い逃れできないだろ? ああいう時は管理社会って面倒くせーって思ったよ。まあどうにかなったからよかったけど、あの人を宥めすかして乳だけはどうにかなったし。まあそこまでは勉強足んなくて大変だったけど、あれさめちゃくちゃ痛いんだって。やり方がおかしかったのか知らないけど。どう考えても産んだばっかりの人が産まれた人間の食料まで自分で自分を犠牲にして作らなきゃいけないのは人体の仕組みとしての欠陥だよな」
それを避けるための物を人間は作り出すことができたのに、あえてそれを選ばなかったあの人は本当に好奇心の塊だった。どうしてあんなにひたむきだったのだろう。
今更ながらに思う。あの人は何を求めていたのだろう。いつでも自分が何処まで行けるのか試しているような生き急いでいる人だった。
「案の定あの人はあんだけ痛い思いしたのに速攻で飽きたんだよ。まあ子育て自体は二回目だしな。今度は機械系に熱上げてた。金だけはくれるし別に暴力振るうタイプでもなかったけどさ、でも放置は放置だからネグレクトなんだよなぁ。で、まあ子どもは俺が育てたよ。外には出せないから部屋の中だけで。俺も一般教育は部屋でできるように繋げ直した。まあそれは結構な人がやってるから怪しまれなかった。でも大変だったよ、ほんと。子育てロボットは俺の時の旧式しかなかったから、壊れたら困るしメンテナンスも出せないから滅多に使わなかったし。ほとんど俺一人での子育てだからめちゃくちゃ大変だった。昔の人って絶対今の人間より体力があったんだと思うんだけど、どうなんだろ。だって無理だろ。俺、途中から立ったままでも寝れてたよ」
子育てってそれくらい大変だ。まあ俺も子どもだったからということもあるけど。あの人本当にすぐ飽きたからな。
「生まれたばっかりの子どもって大丈夫かって思うくらい温かいんだ。力入れたら崩れそうなほど柔らかくってさ、甘い匂いがするんだ。腕の中に抱くたびに本当に同じ生き物なのかって思ったよ。本当に俺みたいになるのかなって。ならないといいなって。俺みたいにならなきゃいいって」
俺みたいになっても人生が生きづらいばかりだから、俺が育てても俺に似ないでほしいと思った。
「なんでもしてあげたよ、あいつのためなら。お腹空いたら可哀想だから、ちゃんと柔らかく煮たのを食べさせてやった。一人で食べるのは寂しいから一緒に食べたよ。ちっさいスプーンに乗せて、あーんて言いながら口まで運んでやるんだ。俺はされた記憶がないけどさ。それやると馬鹿みたいに喜ぶんだ。でも俺は馬鹿なんて言わないんだ。だってそんなこと言われたら悲しいだろ。笑ってやるんだ。あいつがこぼしても怒らないんだ。優しくしてやるんだ。だってそうされたいだろうから」
俺はそれが世界で一番わかっていたと思う。何をされたいかは俺が一番知っていた。俺がされなかったことだから。
「あいつがしてほしいだろうことは全部やってあげたよ。泣いたら抱き上げてあげたし、優しく名前を呼んで、お前が大切だよと囁いたよ。心にもないのに、好きだよ大好きだよお前が世界で一番大切で可愛いよと何度も言ったよ。そうしたいなんて欠片も思わなかったけど、頭を撫でてあげたよ、あいつが望めばいつだって。そうやってずっと育ててあげるつもりだったんだよ。だってあいつには俺しかいないんだ」
そう言い切った時、アラームが鳴った。どうやら随分長々と話していたらしい。道理で喉が乾くはずだ。
「続きはまた明日な。聞いてくれてありがとう」
わあむ、と涙が出そうなほどの優しい響きだった。最後にもう一度優しい感触があって、それがまるで俺の頭を撫でるかのようで、俺の思い込みだったとしても嬉しかった。
昨日と同じように座り込んで話し始める。
「どこまで話したっけ。あいつが生まれて俺が育てたってところだっけ。今思うとあの頃は平和だったなぁ」
昨日と同じように触れられて、そのことにひどく安堵した。ずっと誰かに触れていたかった。
「あの人が機械にハマったって言っただろ。それが案外長く続いたんだ。そう、あの時もずっと熱中してた。全廃棄物処理簡易道具ってわかんないかな。昔の時代でいう洗濯機みたいな作りで、普通は個人の家庭には置かないんだけど、その中にゴミを入れるとぐるぐる回して、燃料に変えてくれるんだ。危ないから蓋を開けるのは絶対に駄目なんだけど、あの人は好奇心旺盛だったからさ、こじ開けられるようにして改良しようとしてた。で、どうなったと思う?」
答えは返って来なかった。当然だろう。イエスかノーで答えられる問いではないからだ。我ながら意地が悪い。
「失敗して頭からその中に落ちてぐちゃぐちゃだよ。馬鹿みたいだな」
飛び散った赤い血が生々しく、足元に落ちた肉の欠片は生温かかった。
あの人が出産した時のことを何故か思い出した。人を生む時と人が死ぬ時が似ているなんて、皮肉なものだ。
「その機械は管理局に繋がってたから、事故かってことですぐに人が来たよ。当然だよな、人が一人死んでるんだからさ。俺は間一髪ってところであいつを奥に隠して静かにしてろって言っておいた。資料通りに俺とあの人の二人暮らしって顔をして対峙したよ。向こうも混乱してた。この手の事故はもう何年も起きてないのにどうしてって。誰がわざわざ安全装置壊すんだよそれでうっかり死んじまうんだよって話だよな。まあ間違いなく即死だろうってことであの人は死亡届が速攻で出されてすぐに人口が一人空きが出たわけだな、すぐ埋まったと思うよ。いつも誰かが申請出してるらしいし。でもまあ、そんな感じであたふたしてたから、しばらくはバレなかったんだ。俺は誰かの保護下に入らないといけないかと言われるとギリギリの歳だったし、どう対応するか迷ってたんだと思う。俺は一人でも大丈夫って答えたし」
俺があそこから居なくなれば自ずとあいつがいることもバレてしまうわけだから、俺がそこを離れるという選択肢はなかった。
「でもそんなの長くは続かない。バレたよ、案外呆気なく。他に怪しいものがないか家を調べられたから。もう阿鼻叫喚だよ。そりゃそうだな。何個も異常事態重なり過ぎだよ。あいつはわんわん泣くしな、俺とあの人以外の人間見たことなかったから。あいつをすぐに抱きしめて、大丈夫大丈夫なんにも怖くない、俺が守ってやるから、なんて言ったけど滑稽だよな。何一つ本当のことなんて言ってない。なんにも大丈夫じゃない」
その時の俺は、俺たちはどれだけ滑稽だったろう。役立たずの汚い虫二匹が哀れにも抱き合っているように見えただろうか。
「ワームって何の意味があるか、わかるか? お前がいつも言ってるやつ」
俺の問いかけに一拍置いて、わあむわあむと返事がある。ふっと笑って言葉を続けた。
「コンピュータってわかるかな。難しい? まあ大昔に発明された当時では画期的だった機械……まあ機械でいいか。それだと思ってくれればいいんだけど、それに悪いことする……虫がいるんだよな。いろんな種類があるんだけど、その中でも自分で増える奴がいるんだよ。厄介だよな」
うごうごと動く虫をイメージして指を動かして見せる。
「つまりワームっていうのはあの人のことなんだよ。勝手に自分で生命を増やした。大罪人にはそれぞれ種類別の名前が付くから、もしあの人が生きてたら罪人ワームだった。そしてそれを庇ってるのも同罪だから俺は罪人ワーム。俺が最初に名乗ったのはそういう意味。わかった?」
わあむ、と確かに返ってくる返事に少し笑う。あの時発した言葉がもし別のものだったならこいつは違う言葉を喋っていたのだろうか。
「大罪人はその星に置いてもらえないんだ。大抵が宇宙に放り出されて、過酷な仕事をする。俺の場合はこうやって他所の星に来て、人間が住める場所か確認すること。でも本当はさ、俺はまだ未成年だったし、子ども作ったのはあの人だしってことで、俺は罪に問われないところだったんだ。でもさ、そうするとあいつはどうなるんだよって話だろ。あいつは星にいないはずの人間なんだから、置いてもらえないよな。殺されはしないよ、死刑はあの星になかった。でもさ、あいつ一人で宇宙に放り出されるのは、殺されるのと何が違う?」
俺はどちらも同じだと思った。寂しがりなあいつが一人宇宙へなんて行ったらすぐに死んでしまうだろうと思った。
あの人には確かに罪があった。俺だって歳を考慮しなければ罪だった。罪とわかっていた。
それならあいつの何が罪だ? 生まれてきたことか? 勝手に生まれさせられたのに、それが罪だというのなら、生きているだけで罪だというのなら、それは間違っているだろう。そんな言い分は許されないだろう。あいつは生きていただけなのに。
「だから俺は言ったよ。こいつを匿ったのは俺の意思だ。俺だって罪を犯した、それを罪だと知りながら。だから俺を罪人として宇宙に出してくれ。そして一人分空いた枠にこいつを入れてやってくれ。それで何もかも解決だから。数は何も変わらない。同じ子どもだ。そうしてくれ、お願いだ、お願いします、こいつを殺さないでください」
あんな拙い頼み方で許されたのは同情と今まで見つけることのできなかった罪悪感だろう。
「まあ、それでもだいぶ情状酌量の余地アリってことで、人間が移り住める星が見つかったらそこに移住していいって許可が下りた。まあその星でもたくさん働かなきゃいけないけど、ワームにしては破格の対応だよ。俺は運が良ければこの星に住める。まあ、お前がいいって言ってくれればね、そしたらずっとここに」
いてもいいか、と尋ねるより先に、わあむと返事があって笑ってしまう。
「答えるの早いよ。もっとゆっくり考えないと。大切なことだろ? こんなに静かな星なのに、人間てうるさいからさ、ちゃんと考えろ」
大事なことなんだからと言ってもそいつはわかっているのかわかっていないのか、俺の背を柔らかく撫でてきた。
「ま、これで俺がなんでここに来たかの話は終わり。つまんない話でごめんな」
俺以外にはどうでもいいつまらない何の盛り上がりもない話だったと思う。
それなのに、わあむわあむと全部許したみたいな返事に、俺はどんな顔をしていいかわからなくなる。
「優しいなぁ。こんなどうでもいい、馬鹿みたいな話を最後まで聞いてくれるなんて。優しいなぁ。俺もそういう人間になりたかったなぁ」
そういう風になれていたなら、何か変わっていたかもしれないのに。
またアラームが鳴って、去らなければいけなくなった。宇宙船は寂しい。俺以外に誰もいないから。腕に抱ける温もりがないから。
宇宙船に帰って今日も特に変化はなく大人しそうな生命体だと報告をして眠りに就こうとしたその時だった。
本部からの連絡だった。人間からの通信だ。久しぶりに聞く人間の声に、こんな感じだったっけ、と自分の記憶の薄れに驚いた。
相手の話を丁寧に聞いて全てに頷いてから通信はほどほどの長さで切れた。もう誰とも話す用事はないのに、眠れそうになかった。
次の日、寝不足の目を擦りながらすぐに宇宙船を出た。確認するまでもなくそこにいるとわかった。
「昨日、連絡があった。お前を調べにやって来る人がいるって。記録にないパターンの生命体だからって。人が来るよ。それで共存に問題がなければ、俺はきっとここで生きるんだろう。まあ、お前にはどうでもいいことかもしれないけどさ、騒がしくなるから知らせておこうと思って」
そこまで言いかけたところでなんの迷いもなく柔らかく触れられて、それがまるで慰められているかのように感じてしまった。
「ごめん、嫌な言い方したな」
こんなの八つ当たりだとわかっているのに、言わずにはいられなかった。
縋るように手を伸ばした。柔らかな感触が確かに腕の中にある。
「通信してきた人な、俺のことを優しいって言うんだ。あなたはあの子を愛してたのねって。だからそんなに頑張れるのねって。あの子は幸せに生きてるからねって」
本当は罪人に伝えられることではないだろうに、危険を承知で伝えてくれた通信相手は優しい人だったのだろう。
けれどそれは俺にとって嬉しい言葉とはいえない。
「あいつ生きてるんだって、幸せに。俺は全然幸せじゃないのにな。俺は誰も身代わりになってくれなかったのにな」
俺がいなくても幸せに生きてればいいのにと思うのと同じくらい、俺がこんなにも寂しい思いをしてるのに何をのうのうと幸せに生きてるんだとも思ってしまう。
「なあ、愛してるってなんだ。俺は最後までそれだけはあいつに言ってやれなかったよ。愛してるなんて、心にもないことは言えなかった。愛ってなんだ、愛してるってなんだ。なんの見返りもなく考えもなく馬鹿みたいに尽くしてやることか? 俺はそんなんじゃない。そんなんじゃない!」
恐ろしいほどの激情に合わせて叫んでいた。
「俺は自分がされたかったことをあいつにしただけだよ。俺がされたかった全部をしてあげただけだよ。あいつが笑うたびに笑い返しながら、腹の底が煮え繰り返ってたよ。俺はそんな風にしてもらえなかったって。でも俺はあいつに優しくしてやったよ。だって、だってさ、いつか返ってくるかもしれないだろ。俺が優しくしたら、あいつじゃなくても、あの人じゃなくても、俺に優しくしてくれる人がいるかもしれないだろ。俺のしたことを頑張ったな、よくやったなって褒めてくれるかもしれないだろ」
見返りを求めないなんて、そんなことができるはずがなかった。俺は欲しくて欲しくて仕方なかった。
ああ、なにも宇宙船に乗ってから起きた現象ではなかった。俺はずっとずっとずっと寂しかった。
「でもさ、あの通信相手の人のは、優しいけどでもやっぱり違うなぁ。俺はやったことだけを褒めて欲しかっただけなのに、心の奥を見透かして知っているみたいなふりして、そんなとこを褒めて欲しかったわけじゃないよ」
あなたは優しい人間だなんて言って欲しかったわけじゃない。やったことは紛れもなく罪でいけないことだけど、あなたの優しさだけは尊重されるべきだなんてそんなこと言われてしまえば、俺の価値は無くなってしまう。
「張りぼてだよ、俺の優しさは偽物だ。作り物の優しさなんて、俺は絶対に欲しくないものをあいつにやってただけなんだよ。そんな自己満足の馬鹿なんだよ。それの、なにが、なにが愛だよ」
そんなものを愛だなんて、頼むから呼ばないでくれ。
「俺は別にあいつのことを愛してたわけでもなんでもないのに」
涙の代わりにその言葉を吐き捨てた。
「でも最後まで言わなかったよ。愛してなかったなんて。だって可哀想だろう。そんなこと、誰も言われたくないだろう」
言わなかったよ、絶対に。最後まで優しいふりをして見せたよ。それ以外にできることなんてなかったから。
「馬鹿だなぁ、あいつ。最後まで泣いてたよ。あいつさ、泣くことばっかり上手なんだ。最初は下手だったくせにさ、上手く泣くようになったんだよ。泣かれたらさ、可哀想で酷いことなんて言えないよ。離れてもずっとお前のことが大好きだよ、なんて思ってもないことを言ったよ。馬鹿みたいだな」
俺はずっとお前のことを忘れないよ。宇宙の片隅でお前の幸せを祈ってるよ。
そんな心にもないことを、喚き散らすことしか、俺にできることはなかった。
「愛なんかひとかけらもなかったのに」
人は愛が無くても優しくできるし、人を抱きしめることもできる。
「それでも、俺、あいつに優しくしたんだよ。それが罪だとわかっていたけど」
誰か一人にくらい、それをわかってほしかったんだ。だから長い長い話をお前にしたのかもしれない。
「そのことは誰も褒めてくれないんだ。やったことは褒められない。でもその優しい心だけは褒められるべきだねって。なんだよ、それ。人って褒めてもらえるのは心だけなのか。それってつまり、何もしなくても心が良ければ褒めてもらえるのか、愛されるのか。俺はどうすればよかったんだ。俺は愛なんて知らないのに」
知らないよ、そんなもの。知らなくてもいいって許してくれ。それはお前の罪ではないと言ってくれ。
「なあ、愛してなくても、優しくしたことは、誰かに褒めてほしいって、そんなにだめか。そんなに愚かか。俺は一人でよかったんだよ。誰かに俺がしたことと同じことを一つでいいからしてほしかった」
お前がしたことは間違っていないよ、と一言言ってもらえたらそれでよかったんだよ。
ワームワームワーム、とずっと黙っていたのに、唐突なその明瞭な響きに俺は意図を把握し損ねた。
三回、三回はなんだ、決めていない。
「なんて言ったんだ。なあ、なんて。いま、なんて、どんな意味で」
その優しい響きで俺に何を伝えようとした?
優しい感触が動いて身体全部に触れられた。頭から足の先まで全部を抱きしめられているみたいだ。
そんなことをしてもらったことが俺にはなかった。
「あああああ」
喉から迸る絶叫に耳が痛かった。ぼたぼたと何か温かい液体が頬を伝う。
「俺はどんな大人にも等身大の俺を愛してはもらえない。だって俺が愛してないから。本当はそれが欲しかったんじゃないんだ。愛がなくてもいいよ、心なんて見えないから、ただ優しくされたかったんだよ。それってそんなにだめなことか。俺が愛せないから悪いのか。愛せたらこんなことにはなってないのか。それは俺が悪いのか。愛をもらえてないのは俺が悪いのか。あの人に愛されてたら、俺は!」
叫びながら泣いているのだと随分長い間気づかなかった。
「もしあの人に愛されてても愛せない人間だったらと思うと、それが一番怖いんだ」
昔、あの人と同じ画面を覗き込んだことがあったことを思い出す。あの人のお腹がもう随分と大きくなっていて、外出しなくなった頃だ。
暇になったあの人と一緒にラマーズ法について調べていた。難しそうだけど楽しそうと笑ったあの人が俺の腹を指先で撫でたのだ。ここに集中するんだって、と。
それからあの人は億劫そうな顔で珍しく俺の顔をしげしげと見つめていた。なに、と素っ気なく問いながらも俺はこの時間が永遠に続けばいいのにと思った。
あの人はふっと笑って「もしあんたを自分で産んでたらどんな感じだったのかな」と言ったのだ。
産んでもらえるお腹の中のあいつが心底羨ましかった。俺はあの人に抱きしめてもらいたかった。
「お前、俺に優しくしてくれてるのか」
不意にその事実に気がついた。いま、俺は、ずっと欲しくて欲しくて仕方なかったものを貰っているのではないだろうか。
「温かいな。柔らかいな。お前はどうしてこんなに人を泣かせるような優しさを持っているんだろうな。きっと誰もお前を愛していないだろうに」
この広い宇宙の片隅で誰もいない星の上でたった一人生きていただろうに、お前はどうしてそんなに優しい?
「ワームワームワーム」
涙と一緒にそんな言葉が零れた。
「三回は良いでも悪いでもない。なんて言葉にしたらいいかわからない時に言おう。俺はお前に向ける気持ちがなんなのかわからない」
何かはわからないけど、それでも伝えたい何かがあることはわかるよ。
「愛ならいいのに。愛だと言い切れる心が俺にあればよかったのに」
抱きしめてくれるその人を抱き返した。ずっと欲しかったものが腕の中にあるのかもしれない。
「俺がお前を愛せたらいいのに」
そうすれば幸せになれるかもしれないのに、これもきっと愛ではないのだろう。
「なあ、愛がない人間でも生きていていいか?」
ワーム、と力強く返ってきた返事に涙がぼろぼろと溢れた。息をするのも苦しいほどの涙に、俺は案外泣くのが下手なのかもしれないと思った。
ああ、当たり前だと、どんな人間だろうと生きていてもいいのだと、許された気がした。それが全て俺の思い込みだったとしても、構わなかった。
俺はこの星で生きてみたかったから。
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