23. 精霊樹の下で
セレナは何も言わずに精霊樹を見上げている。
『精霊巫女』の横顔はどこか神秘的で、しかしその目に宿る覚悟は、一切の揺らぎを感じられないほどに澄んでいた。
「やはりこの樹は、いつ見ても美しいですね。それは、『精霊巫女』となった今も変わりません。」
ライラは思わず片膝をつきそうになった。
忠義とも忠誠とも違うが、この人に尽くしたい、そんな想いが胸中を駆け巡る。
(この国の人たちが希望を持ち続けるわけだね。)
「ライラ様、どうかされましたか?」
かと思うと、今こうしてライラを見ている彼女の目は、純真無垢で清らかなものに見える。
口調、仕草……どこを取っても純真なこの姿にきっと国民も、ライラ自身も惹かれるのだろう。
「……いえ。本当に、美しいですね。
やっぱりここに居ると、落ち着きます。」
こうして美しい精霊樹を見上げながらセレナと話すこのひとときが、この国を守る為に力を尽くしたライラにとっての、何よりの恩賞に感じられた。
初めて会った時はセレナに警戒していた精霊たちも、今ではライラと同じようにこの柔らかな存在に身を委ねているように思う。
「街は崩れ、人々はまだ痛みを抱えています。しかし、途切れてはいません。
全ては、希望を捨てなかったこの国の人々のおかげです。そしてーーー。」
セレナの体が真っ直ぐ、ライラへと向き直る。
「ライラ様、改めてお礼を言わせてください。国を守っていただき、本当にありがとうございました。」
見ると、セレナは深く頭を下げている。
「そんな……私はただ、守りたいと思っただけです。」
「それでも、です。」
セレナは頭を下げ続けている。
ライラが感じたセレナの『覚悟』をこうして自身に向けられ、改めて思う。
この人だったから自分は守りたいと思ったのだと。
「精霊樹の『存在』だけでも、私の『祈り』だけでも、あの強大な悪意を『否定』することはできなかった。
あなたの『意思』がそこにあったからこそ、成せたのです。」
セレナはゆっくりと顔を上げる。
目が合ったが、何も言わずに精霊樹を見上げた。
精霊樹の葉が、静かに揺れている。
セレナは変わらぬ優しい眼差しでその光を見上げていた。
その光を見上げるセレナの横顔は、どこか懐かしい温もりを思い出させた。
(ああ……。)
失ってしまった温もり。
だからこそ目の前のこの人を失いたくないと、心のどこかで願ってしまうほどに。
気づけば、自然と口にしていた。
「……セレナ様が、こうして笑っていられるなら。」
セレナが振り向く。
ライラも同じように、それに応える。
「私は、どこにいても希望を捨てることなくいられます。」
それは誓いではない。
かといって、お世辞や建前でもない。
心からの願い、そして決意だった。
セレナは少し驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかく微笑んだ。
「では私は、あなたが帰って来られる場所でいられるよう、頑張りますね。」
柔らかい、包み込むような声だった。
風が吹き、精霊樹の葉が祝福するようにざわめく。
またいつか、精霊の導きで道が交わる日が来るのだろう。
その時もきっと、自分は同じように守りたい……寄り添いたいと思うのだと、ライラは思った。
「……はい。」
返答はその一言だけで十分だった。
多くの言葉は必要ない。
セレナと同じように、その目で決意を伝えればいい。
「またいつか、必ずここへいらしてください。私は……精霊樹は、この場所でいつまでもお待ちしています。」
「ええ、必ず。ここは冷えます、中へ戻りましょう。」
二人は静かに歩き出す。
精霊樹の光が、静かに夜を照らしていた。
精霊王国編完結です!
次回より新章開幕となります。
ストック維持の為、第二章からは週3〜4の投稿とさせていただきます。
ご了承ください。
楽しんでいただければ幸いです。




