19. 悪意の制約
二人は動かず、言葉も発していない。
それでも、両者の間には誰も立ち入ることはできない絶対的な空間があった。
風の音すら、そこだけは避けているような。
「大人しく精霊巫女殿を渡していただけませんか?そうすれば、危害は加えません。」
ジルフリードはゆっくりと丁寧に、しっかりと不気味を纏わせて問うてくる。
「渡さない。それが私の覚悟だから。」
ライラのその言葉を聞き、ジルフリードは上を見上げる。
そして、ゆっくりとライラへと視線を戻す。
「忠告はしました。では、参ります。」
ジルフリードが言葉を言い終えるよりも速く、ライラは上へ飛んだ。
自身が今見た場所を見ると、目の前にいる″モノ″と同じ形状の″モノ″が地面を砕き、霞のように消えていく。
(これは、初めて見た時と同じ。それになんだろうこの感じ、どこかで……。)
「これを避けるのですか。少し侮っていました。」
「あなた、人間じゃないよね。かといって魔獣のような魔力も感じない。
この子達はね、異質なものに対して敏感なの。あなたは何?」
ジルフリードはライラの言葉を聞き、何か納得したような表情を見せた。
「そうですか、あなたが主の言っていた精霊魔術師。」
「主?誰なのそれは。」
「はて。リルオール王国の迷宮で珍しい精霊魔術師と会ったと言っていたのですが、あなたではなかったのですか?」
先程から感じていた違和感が、自身の記憶と繋がる。
『また会おうね、精霊魔術師さん。』
先日の迷宮での、歪な悪意を思い出す。
思い出すだけで吐き気を催すような、悪辣な記憶。
「私は主に造られた、″人造魔獣″とでも言いましょうか。」
ライラの覚悟が更に鋭く、研ぎ澄まされていく。
「じゃあ尚更、奪わせるわけにはいかない……!」
ライラは即座に魔法陣を展開。
ライラの放った精霊魔術――圧縮された風刃が、ジルフリードの肩口を正確に切り裂く。
確実に、当たった。
だが。
「……なるほど。魔術の発動スピード、威力ともに想像以上です。」
ジルフリードは、涼しい声でそう言った。
攻撃が当たったはずの肩は何も変化がなかった。
まるで、何も起こらなかったかのように。
「無傷……?」
躱されてもいない、かといって当たった手応えもない。
今まで経験したことのない現象に、ライラは動揺する。
それでも。
(……打ち続ける!)
炎が走る。
氷が拘束する。
地が抉れる。
どれも、結果は同じだった。
ジルフリードは下がらない。
だが、前にも出ない。
ただ、確実にライラを追い詰める。
「あなたは優秀だ。なので、少し趣向を変えます。」
次の瞬間、街の方から建物が倒壊する音が聞こえる。
「――っ!」
瓦礫が崩れ、悲鳴が上がる。
避難が完了していない区域。
(――まずい!)
ライラは即座に魔力を分散させ、落下する瓦礫を空中で止める。
その隙を、ジルフリードは見逃さない。
風を裂き、距離を詰めてくる。
「守るものが多いと、大変ですね。」
重い衝撃。
かろうじて防御をするが、同時に死角から別の衝撃を受ける。
瞬間、鈍い痛みが身体を貫き、視界が白くぼやける。
「よそ見ばかりだと、危ないですよ。」
ライラは数メートル飛ばされ、地を転がる。
(さっきの分身!)
反撃の糸口を見つけられないまま、ライラのみが消耗していく。
一撃で終わらせる可能性のある方法がないわけではない。
セラを解放し、街区ごと薙ぎ払えばいい。
でも。
城の中のセレナや仲間たちの顔がよぎる。
倒壊した建物の影で、必死に祈りを捧げる人々の気配がある。
(それは、選ばない。)
ライラは立ち上がる。
息が、少し乱れていた。
「あなたは、壊すことを選ばない。
守るために、力を縛る。」
ジルフリードの声に、感情はない。
「――それが、あなたの限界です。」
ライラは、答えなかった。
代わりに、三つのピアスに指を触れる。
微かに、温もりが返ってくる。
(……まだ、終われない)
勝ち筋は、見えない。
それでも、引く理由は――なかった。
その時。
「ライラ様……!」
震える声が、確かに届いた。
祈りが、風に溶ける。
精霊樹の、静かな鼓動とともに。
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