2. 「恩」
日常が変わる瞬間というのは、いつも唐突に訪れる。
「やぁ、ライラ。依頼をしたいのだが、少しいいか?」
そう言って『青の箱庭』にやって来たのはリアーナ・メルフィスだ。
魔術師団団長であり、ライラの元上司だ。
「どうしたの?突然。」
「……相変わらず素っ気のない所だな。」
「うるさいなぁ。いきなり来て第一声がそれ?」
ライラは分かりやすくむくれてみせる。
「まぁそう言うな。冗談だ。
まずはこれを見てくれないか。」
そう言って渡された紙には、『迷宮探索計画』と書かれていた。
「で、これがどうしたの?」
ライラの質問を受け、少し考えるような仕草を見せたのち、話し始める。
「いきなり話が逸れてしまうがライラ、私の弟のアイクのことは覚えているか?」
「アイク……!懐かしいなぁ。団にいた頃、リアーナに付いて回ってたの覚えてるよ。
もう随分会ってないなぁ。」
魔術師団の思い出は良いことばかりではないが、アイクを思い出し、ライラは自然と笑みが溢れる。
「そのアイクだが、少し前に冒険者になり、今はBランクパーティに所属している。
その計画書にある、ギルドで行われる迷宮の探索計画に参加を希望しているのだが、Bランクパーティが参加する場合、護衛という名目で『同行者』が必要なんだ。」
「そんなの、先輩の冒険者に頼めばいいんじゃないの?」
依頼内容は分かったが、なぜ自分に頼むのかが分からず、少し戸惑う。
「それがそういうわけにもいかんのだ。」
「何で?」
リアーナが「はぁ」っとため息をつき、話し始める。
「……アイクが冒険者になりたての頃に怪我をして帰って来たことがあってだな、私は大いに慌てたものだ。ギルドの庁舎を半壊させてしまった。
そのことが尾を引いて、なかなか誰も引き受けてくれんのだ。」
はっはっは!と何でもないように笑っているが、要は弟が怪我してキレて暴れたのである。
とんだモンスターペアレントだ。
(そりゃあ誰も引き受けないよね。)
ライラは内心苦笑いをしつつも、リアーナらしいなとどこか納得する。
「……で、どうだ?」
リアーナは腕を組み、じっとライラを見る。
その視線に、責める色はない。
「私はもう団の人間じゃないよ?」
「承知している。」
即答だった。
「だからこれは“団の命令”ではない。“依頼”だ。」
そう言われて、ライラは小さく息を吐く。
(ずるい言い方するなぁ……)
「護衛って言っても、私は前に出ないよ?
指示も出さない。何かあったら守るだけ。」
「それでいい。」
「それに、終わったらすぐ離脱する。
昔話もしないし、団の話題も禁止。」
リアーナは一瞬だけ目を細め――
そして、わずかに口角を上げた。
「……相変わらずだな。」
「褒めてないでしょ、それ。」
軽口を叩きながらも、ライラは視線を逸らす。
本当は、もう分かっていた。
リアーナが、
「アイクを守れる人間」を探して、
最終的にここへ来た理由も。
「……アイクはな。」
その名が出た瞬間、胸の奥が小さく疼く。
「お前に依頼をすると聞いて、随分と安心していた。私も同じようにお前を信頼している。」
「……そう。」
「お前の実力は私もアイクもよく知っている。
だからこそ私は、お前を魔術師団副団長にーーー。」
「やめて。」
思ったよりも、声が早く出た。
リアーナはそれ以上、何も言わなかった。
沈黙。
それが、答えを急かすことはないと示している。
「……仕事だからね。」
ライラは、そう言って笑った。いや、笑って見せた。
リアーナへの『恩』の大きさは、他の誰でもない、自分が一番よくわかっている。
「それ以上でも、それ以下でもない。」
「承知した。」
リアーナは深く頷く。
「では、同行者の申請が必要とのことらしい。
これから、ギルドでアイクたちと合流してくれ。」
⸻
ギルドに行くとアイクが待っていた。
少し背が伸びて、少しだけ精悍になったような気がした。
「ライラ!」
駆け寄ってきたその表情は、どこか緊張している。
「久しぶり。元気そうだね」
「ライラこそ、元気そうで良かった。」
人懐っこい笑顔、聡明な雰囲気、昔と変わらない姿にどこか安心する。
その後ろには、彼のパーティメンバーたちが並んでいた。
「紹介するよ。レントとリゼだ。」
そこに立っていたのは、可愛らしい魔術師の女の子と、二人よりも少し大人びて見える剣士の少年だ。
「よろしくお願いします。まずは申請が必要って聞いてるから、行こうか。」
ライラは、ただの手続きにどこか緊張の拭えない気持ちを、三人を先導することで紛らわしていた。




