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16. 引かぬ理由


瓦礫の転がる通りを、カイルは走っていた。


「次の角を左に!立ち止まらず、振り返ってはいけない!」


怒鳴るような声に、避難民たちがびくりと肩を震わせ、それでも必死に足を動かす。

抱えられた子ども、引きずられる荷車、転びそうになる老人――。


一人ひとりを見ている余裕はない。それでも、目に入る限りの背中を、前へ前へと押し出した。


建物の奥から、低い咆哮が響く。


空を見上げる暇はなかったが、魔力の乱れだけで、上空が地獄になっていることは察せられた。


(ライラ、フレッド……向こうは大丈夫だろうか。)


ほんの一瞬、頭をよぎる名前。

白の外で戦っているはずの彼女と、城内へ戻ったフレッド。


気にしても仕方がない。

今、ここで自分が立ち止まれば、この通りの人間が死ぬ。


「兵士!次の区画に入ったら門を閉めるんだ!遅れた者は俺が連れていく!」


剣を抜いたまま、カイルは最後尾に立った。


――その時だった。


気づいた時には、道の中央に“立って”いた。


細身の男。

整った身なりに、片目にはモノクル。


まるで最初からそこにいたかのように、自然に。


「あなたは、先程の魔術師の方々のお仲間ですか?」


穏やかな声だった。


だが、カイルは反射的に剣を構えた。

理由は、理屈ではない。


――危険だ。


「一般人は下がるんだ!」


短く叫ぶと同時に、男の背後が歪む。


ずるり、と。

何かが引きずられるように、影から這い出てきた。


人の形をしている。

だが、その歩き方は明らかにおかしい。


肌に血の気はなく、身体中に相手を殺傷するための狂刃が施されている。


胸の中央には――赤黒く脈打つ、魔獣の核。


「……主からお借りした実験体です。試すには丁度良さそうですね。」


次の瞬間、実験体が地面を蹴った。


――速い。


避難民の悲鳴が上がる前に、カイルは一歩前へ出た。


「通さない!」


剣と、異形の腕が激しくぶつかり合う。


「ほう。あなた、随分と強いようですね。さっさと次にと思ったのですが。

……しかしあなたほどの騎士をここで足止め出来た、と考えれば良いリターンですね。

では、ここは頼みましたよ。」


ジルフリードはどこか満足げに呟き、次の瞬間には姿は消えていた。


(消えた!追いたいが……。)


目の前の狂気を放っておけば、間違いなく被害は広がる。


(今はこの異形を倒すことを考えろ!)


鍔迫り合いのような拮抗状態だったが、剣で受け止めた腕からカイルに向かって刃が伸びてくる。


「なっ!」


カイルは間一髪のところで回避する。

が、頬を掠めたようで、血の匂いが鼻につく。


(見た目は人間のようだが、動きも攻撃もまるで人間性がない。正直、やりにくい。だが……。)


カイルは剣を青眼に構え、集中を研ぎ澄ます。

後ろには行かせない、その覚悟を剣に乗せて。


(いくら攻撃が変則的だろうと、発射台を落とせばその攻撃は来ない!)


地を蹴り一気に距離を詰める。

そして、腕に狙いを定め、剣を振り下ろす。


異形の魔獣がカイルを迎撃しようと腕を伸ばす。

その速さと反応速度は人間のそれを優に超えている。


だが、カイルのスピード、剣速は騎士団長をも凌ぎ、団内一である。


カイルは攻撃を躱し、腕を切り落とす。

しかし、異形の異常はカイルの想像の更に上を行く。


腕を落とされる刹那、足、背、肩……様々な箇所から刃を突き出す。


「な……!」


ありえない攻撃に対し、カイルは反応が遅れ、脇腹を負傷する。


刃が肉を裂く感触と同時に、鈍い痛みが走る。


「……っ!」


後退りながら、カイルは距離を取る。

脇腹から温かいものが流れ落ちるのが分かった。


(浅い。だが……長引けば不利だ。)


異形は、切り落とされた腕など意にも介さない様子で、ゆらりと体勢を立て直す。

赤黒い核が、不規則に脈打っていた。


――いや。


(違う。あれは、“反応”だ。)


攻撃の直前、必ず核の鼓動が一拍早まる。

人間の呼吸にも、魔獣の魔力循環にも似ていない、歪なリズム。


(制御点は、あそこだ。)


だが、正面から斬り込めば、また刃の雨を浴びる。

避難民は、まだ完全には抜け切っていない。


退けない。

逃がせない。

――なら。


カイルはあえて横へ跳んだ。


異形が追ってくる。

一直線に。


(――来い。)


狭い路地へと誘い込む。

崩れかけた建物の影、足場は最悪。

だが、それでいい。


異形の刃が、壁に突き刺さる。

一瞬、動きが止まった。


「……っ、今だ!」


カイルは踏み込み、剣を振るった。


狙いは首でも、核でもない。


(まずは動きを止める!)


その踏み込みは瞬時に異形との距離を詰め、その両足を切断した。


刃が、異形の膝を断ち切る。

バランスを失い、巨体が傾ぐ。


その瞬間、核が激しく脈動した。


(来る――!)


異形の全身からカイル目掛けて刃が伸びる。


だが、カイルは引かない。

上へ下へ横へ、刃を掻い潜り、前へ前へ前へーーー。


(騎士が守らずして、誰が人々を守るのだ!)


剣を核に突き立てる。

伸びた刃は動きを止め、核の脈動が止まる。


魔力の流れが遮断され、赤黒い光が、すっと消えた。


異形は、そのまま崩れ落ちた。


音は、なかった。


――静寂。


「……終わったぞ。」


誰に言うでもなく、呟く。


遅れて、兵士たちが駆け寄ってくる。

避難民の最後尾も、路地を抜けたのが見えた。


膝から力が抜けそうになるのを、剣で支える。


(……守れた。)


完全ではない。

犠牲も、恐怖も、消えない。


それでも。


ここにいた人間は、生きている。


カイルは、空を見上げなかった。

城の外も、城内も、今は考えない。


ただ、自分の立つこの場所を、見つめていた。


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