15. 喪失の選択
空の戦場へと駆け上がったライラの周囲には、絶え間なく魔法陣が展開される。
そこから繰り出される攻撃は、魔獣を打ち倒していくが。
「キリがない……!」
いくら打てども全滅の気配がない。
降り注ぐ雨の一粒を取り除いても意味がないというような、そんな感覚だった。
(嫌なことを、思い出させるね。)
三年前、王都にも魔獣の襲撃があった。
そしてその日、ライラは守るべきものを守り、守りたいものを守れなかったーーー。
ーーーーーーーー
「ライラ!フレッド!」
リアーナが二人の元に駆け寄る。
いつもは冷静な彼女だが、この時ばかりはそんなことは言っていられなかった。
そして、その原因はライラの眼前にあった光景だ。
「何で、王都に魔獣が……。」
「西の結界の楔が破られた。騎士団が住民の避難を、魔術師団は私が率いて結界の修復に回る。二人は、魔獣どもの殲滅を頼む。」
「区域は?西側のみですか?」
フレッドがリアーナの指示を理解したうえで、的確に動くための問答をいくつかこなす。
「ひとまずは二人で西側の防衛にあたってくれ。まだ一箇所とはいえ、数が多い。では、頼んだ。」
リアーナはそれだけ伝えると、結界修復に向かった。
その背中からは、魔力が熱を帯び、怒気のように立ち昇っていた。
(本当だ。結果が、破られてる。)
楔が壊され、結界としての機能を果たさなくなった箇所から、魔獣が次々と侵入してきている。
「前線は俺が担う。お前は後ろに抜けた魔獣の掃討をするんだ!」
フレッドが前に出て侵入してくる魔獣の対処を申し出る。
確かに二人という少人数で対応するには最善の方法ではあるのだが。
前に出た者の危険度が明らかに高い。
「それなら私が前に出る!フレッドが後ろをやってくれればーー。」
「何も考えなしに言っているんじゃない。これは得手不得手の話だ。
広範囲をカバーするのなら、お前が適任だ。」
「……でも、その量を一人で対処するにはリスクがーーー。」
ライラがそこまで言いかけた時、王都の南の方で建物が破壊された。
(あの方向には……。)
瞬間、ライラの脳裏に記憶が蘇る。
物心ついた時から過ごしてきた、孤児院での思い出だった。
ライラの表情が一気に曇る。
そして、それを境に明らかに集中が乱れ始めた。
「……。」
フレッドはその違和感を感じ取る。
そして、彼女が何を憂いているのかも、分かった。
「……ここを離れたら、間違いなくこの一帯は崩れる。」
フレッドは、魔獣の群れを睨み据えたまま言った。
声音は低く、感情を削ぎ落としたものだった。
「西側を抜けられれば、王都中心部まで一直線だ。
騎士団の展開が間に合わない以上、ここを維持するしかない。」
一拍、間が落ちる。
「それでも南へ向かうというのなら、止めはしない。」
フレッドは一瞬だけ、ライラを見る。
「だが忘れるな。お前は、王立魔術師団副団長なんだ。俺ではなく、だ。」
空気が、ひどく重くなった。
(副団長……。)
その言葉が、胸の奥に沈んでいく。
王都を守るために選ばれた立場。
自分よりも適任だと目された者がいたことも、ライラは知っている。
それでも任された。
だからこそ――ここに立っている。
だが。
王都南方で、再び轟音が響いた。
建物が崩れ落ちる音。
土煙が空へと舞い上がる。
(……あの方角。)
胸が、嫌な音を立てて軋む。
夜になると、明かりが点る場所。
笑い声がして、喧嘩があって、それでも温かかった場所。
(……まさか。)
その時だった。
「南区第三区画で建物倒壊!
周辺住民の避難が間に合っていません!」
通信役の魔術師の声が、ひび割れる。
「孤児院が――!」
その言葉で、世界が一瞬だけ遠のいた。
孤児院。
(……あ、)
不安と、焦りと、止めようのない衝動が、波のように押し寄せる。
南へ行けば、助けられるかもしれない。
今なら、まだ――。
「ライラ。」
フレッドの声が、彼女を現実に引き戻す。
「お前がここを抜ければ、この結界の裂け目は塞げない。」
責めるでも、怒るでもない。
ただ事実だけを突きつける声。
「どうするんだ。」
一瞬だけ、ライラは南の空を見た。
煙の向こう。
見えないはずの景色が、はっきりと浮かぶ。
そして――。
ゆっくりと、視線を前へ戻す。
声は、驚くほど落ち着いていた。
「このまま、殲滅を続ける。」
フレッドは何も言わなかった。
ただ小さく頷き、前線へと踏み込んでいく。
魔獣の咆哮が、再び空を満たす。
ライラは歯を食いしばり、魔法陣を展開した。
(大丈夫。
私は、副団長なんだから。)
精霊たちの力を引き出し、魔獣を討ち続ける。
その間も、南の方角からは、何度も轟音が響いていた。
――どれほどの時間が経ったのか。
西側の魔獣は、すべて排除された。
王都への侵入は防がれ、結界の修復も完了した。
「被害報告を。」
冷静な声が、戦場に落ちる。
「……死者多数。
南区第三区画、孤児院全壊。」
一瞬、間が空いた。
「孤児院長はーーーーー。」
その言葉を、ライラは最後まで聞くことができなかった。
王都は、守られた。
誰の判断も、間違ってはいなかった。
それでもーーー。
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