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13. 精霊の国と精霊魔術師、そして動乱へ


迎賓館の大理石の床、磨き上げられた壁、そして目の前に立つ皇太子妃の穏やかな微笑。

そして、ライラの意識は静かに過去へと引き戻される。


(……あの夜の、精霊樹。)


目を閉じれば、すぐに思い出せた。

淡く光る巨大な樹。ざわめく葉音。風に混じる精霊の気配。


ーーーーー


精霊樹は、夜でもなお静かに輝いていた。


ライラは、エルフェリオン王国との友好国としての同盟の調印式に、役人の護衛として来ていた。


副団長としての初めての大仕事だった。


調印式はつつがなく終わり、今ライラはパーティに出席していた。


調印式のパーティ会場から少し離れた庭園。

賑やかな音楽や人々の笑い声は、風に乗ってかすかに届くだけだ。


ライラは石のベンチに腰を下ろし、小さく息を吐いた。


(……やっぱり、こういう場所は落ち着かないなぁ。)


今はまだ、副団長という肩書きだけが先走り、自分の立場にも周囲の視線にも、まだ慣れていなかった。


格式ばった会場の空気は、どうにも息苦しかった。


風が吹き、精霊樹の葉が静かに揺れる。

鈴を転がすような、微かな音が耳に届いた。


ライラは無意識にピアスへと触れる。


三色の魔石が、淡く温かい光を宿していた。


(ここ、居心地が良い。みんなもそう思わない?)


答えるように、柔らかな風が頬を撫でた。


その時だった。


「――こんなところに、人がいるなんて思いませんでした。」


静かな声が、夜の庭に落ちた。


ライラははっと顔を上げる。


精霊樹の根元に、一人の女性が立っていた。


柔らかな銀色の髪。

穏やかな光を宿した瞳。

派手ではないが、上質なドレスを纏い、静かに佇んでいる。


「驚かせてしまったなら、ごめんなさい。」


ライラはすぐに立ち上がり、軽く頭を下げた。


「いえ……こちらこそ。」


風が精霊樹の葉を揺らし、淡い光がふわりと広がった。


「……この樹は、いつ見ても美しいですね。」


女性は静かに精霊樹を見上げる。

ライラもつられて視線を上げた。


「ええ。とても、落ち着きます。」


一瞬の沈黙が流れ、その女性はライラに尋ねる。


「あなたは、リルオール王国の方ですか?」


「はい。この調印式に来ている役人の護衛として来ました。リルオール王国魔術師団副団長をしています。」


その言葉に、女性はわずかに目を見開いた。


その女性はただ、穏やかに微笑むだけだった。


「そうでしたか。お若いのに、とても責任あるお立場なのですね。」


ライラは小さく肩をすくめる。


「名ばかりですよ。まだ右も左も分からないことだらけです。」


女性はくすりと笑った。


その笑みは、不思議と温かかった。


――その時。


ライラの足元で、風の流れがわずかに変わった。


ピアスの魔石が、ほんの一瞬だけ強く輝く。


(……?)


精霊たちが、警戒している。


敵意ではない。だが、確かな緊張があった。


その変化に、目の前の女性も気づいたらしい。


「――それは、精霊ですか?」


ライラは思わず目を瞬く。


「……見えるんですか?」


「はっきりではありませんが……気配なら。あなたは、精霊魔術師様なのですか?」


「はい。みんなが助けてくれるから、私はこうして過分な立場にいることができています。」


「そんなことはありません。魔術を宿す精霊と心を通わすことが出来る人は多くはありません。誇るべきことです。」


女性はそっと精霊樹に手を伸ばした。


その瞬間――精霊樹の光が、ほんのわずかに強くなる。


まるで彼女を迎え入れるかのように。


「では、私は行きます。またどこかで会えることを、願っております……精霊魔術師様。」

そう言ってその女性は優雅に去って行った。


「あんなに精霊に好かれる人は珍しいわ。」


女性は一瞬だけライラの方を見た。


その瞳には、優しさと――どこか切なさが混じっている。


夜風が二人の間を吹き抜け、精霊樹の葉がさらさらと鳴る。


女性は静かに背を向け、庭の奥へと去っていった。


ライラはしばらくその場に立ち尽くし、静かに精霊樹を見上げた。


(……不思議な人だった。)


ピアスの魔石は、静かに光を収めていた。



意識が現実に戻る。


迎賓館の大扉。

大理石の床。

そして、目の前に立つ皇太子妃――セレナ・エルフェリオン。


柔らかな銀色の髪。

穏やかな微笑。

どこか懐かしい気配。


「ライラ・ブルーガーデン様。いえ、精霊魔術師様、とお呼びした方がいいかしら?」


ライラは息を呑んだ。


(――あの人だ。)


胸の奥が、静かに震える。


「あなたは……。」


セレナは一歩だけ前に進み、優しく微笑んだ。


「お久しぶりですね、精霊魔術師様。こうしてまた会うことができ、光栄です。」


その声には、確かな喜びが滲んでいた。


ライラのピアスが、三色の光を帯びる。

まるで精霊たちが再会を祝うかのように。


ーーーーーーー


「あら、意外と似合ってるじゃない。ライラも大人になったのね。」

イスカが揶揄うようにライラに言った。


ライラは就任式用の正装に着替えているところだ。


この就任式へはイスカも同行することとなった。


式に出席するわけではないが、何かがあった時のために回復魔術師の存在は心強いだろうというリアーナの配慮だった。


「やめてよね。こんなの着てたら仰々しくて落ち着かないよ。」

「仕方ないでしょ。そういう場なんだから。式の間ぐらい我慢するの。」


ライラは鏡の前で小さくため息をついた。

王家が用意した正装は、華美ではないが――ひどく堅苦しかった。


深い紺色のドレスには精霊文様が織り込まれ、光を受けるたびに淡く輝く。

動くたびに裾が擦れ、胸元の装飾が妙に気にかかる。


(早く終わってくれないかなぁ。ただでさえこういうところ苦手なのに。)


すると部屋の扉が開いた。

そこに立っていたのはセレナだった。


「よくお似合いです。精霊魔術師様。」

その声音と表情は、称賛しているようにも、いたずらなようにも聞こえる。


「こ、皇太子妃殿下!どうしてこちらに?」

イスカがもの凄い勢いで立ち上がり、見るからに狼狽えている。


ライラも、まさかこんなところに現れると思っておらず、驚いた。


「すみません、驚かせてしまいましたね。そう畏まらないでください。

式の場になるとなかなか見ることができないでしょう?なら今のうちに目に焼き付けておこうと思いまして。」


セレナはそう言って笑っていた。

ただ笑っているその姿でさえも、気品と風格が感じられる。


「……なぜ私を就任式にお呼びになったのですか?」


ライラはずっと気になっていたことを尋ねた。


「あなたも……いえ、親しみを込めてライラ様と呼ばせていただきます。そう堅くならないでください。」


そう言って、セレナはソファに腰掛ける。


「この国において、皇太子妃、そして王妃となるものは、精霊樹の祝福を受け、『精霊巫女』となります。」


セレナは窓の外に目をやる。

そこには、精霊樹の葉が本当に祝福するかのように静かな葉音を立てていた。


「ライラ様。あなたほど精霊に愛されている存在というのは、本当に稀です。

そして、あなたも同じようにその精霊たちを愛しているのが分かります。」


無意識にピアスに触れる。

そこにはいつもと変わらない、ライラを包み込むような温かな存在を感じる。


「私が『精霊巫女』として新たに生を授かるこの瞬間をあなたに見届けて欲しい、そう思ったのです。」


セレナの眼差しは慈愛に満ち、それでいて確かな覚悟を感じる。

吸い込まれるような、力強い眼差しだった。


「……分かりました。必ず、そのお姿を見届けます。」

ライラは膝をつき、今の自分にできる最大限の敬意を表す。


「堅くならないでと言いましたのに。……でも、ありがとう。

ではまた後ほど、式でお会いしましょう。」


そう言ってセレナが部屋を出ようとした、その時だった。


この厳かな雰囲気には似つかない轟音が、エルフェリオン王国に鳴り響く。


「なに?なんの音!?」


ライラは窓へと駆け寄り、外を見る。


そこには、魔獣たちが『精霊王国』の空を蹂躙する、最悪な光景が広がっていた。

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