12. 巫女との出会い
エルフェリオン王国の空は、どこまでも高かった。
薄くかかった朝靄が、王都をやわらかく包み込み、中央にそびえる巨大な精霊樹の葉が、淡い光を帯びてゆらめいている。
王城へと続く大通りには、皇太子就任式を祝う旗が連なり、普段よりも厳重な警備が敷かれていた。
(……エルフェリオン王国。)
ライラは城門の外から、王都を見上げながら小さく息を吐く。
精霊の気配が濃い。
空気そのものが、どこか優しく、それでいて厳かだ。
だが――美しさの裏に、うっすらとした緊張も混じっているように感じられた。
(懐かしい……でも、落ち着かない。)
副団長時代、公式行事で一度だけ訪れたことがある。
その時も同じ景色を見たはずなのに、今の自分の立場はまるで違っていた。
あの頃の自分なら、迷わず胸を張って城門をくぐっていただろう。
だが今は――ただの「何でも屋」だ。
(それでも……私は、ここにいる。)
ライラはピアスにそっと触れる。
青、赤、紫――三つの魔石は、わずかに温かかった。
精霊たちが、静かに彼女の心を支えている。
ライラの気持ちとは裏腹に、馬車は城門をくぐり、真っ直ぐと進み続けている。
(どうして私が、国賓の随行としてここにいるんだろ。)
すべては、一週間前――王立魔術師団本部での会議に遡る。
――一週間前。王立魔術師団、本部会議室。
リアーナを囲むように、呼び出しを受けた三名が座っていた。
ライラは少し離れた位置に腰掛け、カイルは背筋を伸ばして控えていた。
そして――対面には、魔術師団のローブを纏ったフレッド・ボーガットの姿があった。
リアーナは静かに室内を見渡し、短く息を整える。
「――まずは端的に要件だけ伝える。
近く、友好国であるエルフェリオン王国の皇太子殿下の国王就任式が執り行われる。
そこにリルオール王国の国賓として、カイル・メイヤード騎士団副団長、フレッド・ボーガット魔術師団副団長の二名に出席してもらいたい。」
一瞬の沈黙。
フレッドが僅かに目を細め、カイルは小さく頷いた。
(……私、なんで呼ばれたのかな。)
「まあこれは既にその二人には伝えていたことなのだが。で、ライラ。」
「ん?」
「皇太子妃殿下がライラの出席を強く希望しておられる。お願いできないか?」
「……へ?」
ライラは一瞬、言葉を失った。思わず視線が宙を泳ぐ。
(どうして私……?)
その沈黙を破るように、フレッドが静かに口を開いた。
「理由を伺っても?」
彼は机に指先を置いたまま、落ち着いた声音でリアーナに問う。
「理由は、分からん。
エルフェリオン王国側からの文書にそのように記載があったが、理由までは明言されていなかったそうだ。」
フレッドは何か思案するように一拍置き、再び口を開く。
「今は彼女は魔術師団の人間ではありません。
国賓に準じる立場で随行させるならば、責任の所在が曖昧になる。いくら皇太子妃殿下の希望とはいえ、それは良くないのでは?」
感情的な響きはない。冷静で、極めて合理的な指摘だった。
「皇太子妃殿下のご意向なのだ。それ以上こちらが詮索する必要はないだろう。」
カイルが宥めるように牽制をした。
「それ自体に異論がある訳ではありません。ただ……。」
フレッドはほんの一瞬だけ間を置き、核心を突く。
「――有事の際、彼女の判断と行動に、誰が責任を持つのですか?」
室内に静かな緊張感が漂う。
(フレッド……相変わらずだね。)
いつもだ。彼の発言には棘と正しさがある。
今に始まったことではない。
ライラは自分副団長になり、そして、辞めた時のことを思い出す。
その時――
「フレッド」
リアーナの低い声が、会議室に落ちた。
鋭い視線がフレッドを貫く。
「お前の懸念は理解している。副団長として当然だ。」
一拍。
「だが――この件は、私が責任を持つ。」
リアーナからは有無を言わさない圧を感じる。
空気が一段階、引き締まる。
リアーナはさらに、ほんのわずかだけ声音を和らげた。
「それに……私はライラの判断を信用している。」
その言葉に、ライラは驚き、そしてそれ以上に、リアーナという人物の大きさを思い知った。
フレッドは一瞬だけ目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……承知しました。団長の判断に従います。」
淡々とした返答。しかし、その横顔には、組織人としての納得と、魔術師としてのわずかな悔しさが混じっているようにも見えた。
会議はそのまま、粛々と次の議題へと進んでいった。
ーーーそして、現在。
馬車が城内へと進む。石畳に車輪の音が響き、やがて一行は迎賓館へと通された。
高い天井、磨き上げられた大理石の床。精霊文様が施された壁には淡い光が走っている。
その奥――開け放たれた大扉の先に、一人の女性が立っていた。
柔らかな銀色の髪。穏やかな微笑。纏う空気は気品に満ちているが、どこか親しみやすい。
「お疲れのところと思いますが、王家代表として挨拶に参りました。
エルフェリオン王国皇太子妃、セレナ・エルフェリオンと申します。」
立ち振る舞い、話し方、声色、どれをとっても王族たる気品に溢れている。
(この人が『精霊王国』エルフェリオン王国の皇太子妃殿下。やっぱり、初めましてのはずなんだけど……。)
なぜかライラは懐かしさを感じていた。
なんだか安心を覚えるような懐かしさを。
「ようこそ、お越しくださいました。
カイル・メイヤード騎士団副団長様、フレッド・ボーガット魔術師団副団長様、そして。」
皇太子妃は一歩前に出ると、わずかに目を輝かせた。
「ライラ・ブルーガーデン様。いえ、精霊魔術師様、とお呼びした方がいいかしら?」
「あなたは……。」
ライラは思い出した。
魔術師団副団長としてこの国へ来て、精霊樹の下で出会った一人の女性を思い出した。
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