夕方の河川敷。黒魔術を試す男子ふたり。何も起きないはずもなく――
お題「毛布、シナモンロール、流れ星」の三題噺。
リョースケが昼休みに弁当を食べていると、一緒に食べていた友人のケンタが神妙な顔をして箸を置いた。
「あのさ、リョースケ」
ケンタは昔からの馴染みだ。小柄ながらも運動神経がよいため、黙っていれば女子にそこそこモテる。だが残念なことに中身がアホ。
「俺、やばい本を手に入れてしまったかもしれん」
でもというか、だからというか、友人としては楽しい。
今度はなんだと思いつつリョースケは相槌を打った。
「やばいって、どんな本だよ」
「黒魔術の本」
「それはやばいな。もう買ったのか」
「うん」
小さく頷くケンタ。もう買っちゃってるおまえがやばいよとリョースケは思った。
「フリマアプリで見つけた。今だけ800円。本当はもっと高いらしい」
絶妙な値段だと思った。ハズレだとしてもまあ買ってもいいかなと思える金額。いったいどこの誰がこのアホを買う気にさせたんだと、そのフリマアプリの画面を見せてもらった。
『出品者:サン=ジェルマン【本人!】日本語勉強中のフリーランス錬金術師』
『商品名:「だれでも簡単『超』本格黒魔術」』
『商品説明:コピー本(袋綴じ)。内容は「願いを叶える黒魔術」がひとつのみです。どんな願いが叶うかはお楽しみ! 他の術が気になる方は別冊「本格黒魔術全集」を――』
怪しすぎる。
なんだ、フリーの錬金術師って。
「でさ、さっそく試したいんだけど、ちょっと怖いから付き合ってほしくて」
「……まじで試すのか?」
「本物だったらすげーじゃん。願いごと叶うんだぞ。推しが健やかに過ごせますようにとか、休載中の漫画の続きがでますようにとかさ!」
目をキラキラさせて熱く語るケンタ。
リョースケだってわからないでもない。
推しには末長く健康でいてほしいし、できるなら気になる漫画の続きを読みたい。どれも自分だけじゃどうしようもないことだから、何かにすがりたい気持ちはある。ちなみにリョースケの推しは自宅で飼われている猫だ。
しばし考えて短いため息を吐く。仕方がないので付き合ってやることにした。ケンタは言い出したら聞かないし、了承する方が早い。
「そうこなくっちゃ」
「はいはい。で、どうすんの」
「その本、今日持ってきてるんだよ。ちょっと待ってろ」
ケンタはそそくさと弁当をしまい、リュックの中から薄い冊子のようなものを取り出した。いかにも手作りという感じの本だった。普通の印刷用紙に味気ないフォントでタイトルが書いてある。だれでも簡単『超』本格黒魔術。嘘くせえとリョースケは思った。しかしケンタは目を輝かせて誌面の字を追っている。付き合うと言った手前、変に水を差したくはない。
「えーと、時間と場所が重要で……」
「あんまり変な時間とかやめてくれよ」
「午前三時の墓地」
「難易度が高すぎる」
「じゃあ、夕方四時の河川敷で」
理由は危ないし怖いから。ありがたいがそれでいいのだろうか。リョースケはふむと考える。
「……そういえば、夕方は昼と夜の境界線で『逢魔ヶ時』とも言うよな。丑三つ時の次くらいに怖い時間かも。水辺には霊とか集まるっていうし、意外と夕方四時の河川敷って理にかなってる?」
「すげえな。さすがリョースケ」
「いや言い出したのはおまえだよ」
「でもさでもさ」
ケンタがへへっと笑う。
「そういうのって大事だと思うんだよ。本質っていうの? 抑えるべきところをちゃんと分かってたらアレンジしてもおかしくならない」
適当な相槌をうちながら向かいにいるケンタを眺める。何気ない日々の出来事にも楽しみを見出すのは才能だとリョースケは思う。何に対してもわりと冷静な見方をしてしまうから、ケンタの存在は貴重だった。そんなことも楽しめるのか、そういう見方もあるのかといつも新たな気づきをくれる。楽しむことだけじゃなくて、悲しいこと腹が立つことも。
人間らしいという項目に感情の起伏があるのだとしたら、リョースケはその大部分をケンタから学んでいるだろう。
「言い出したの俺だし、供物は俺が用意するから!」
だからケンタが正真正銘のアホだとしても、リョースケはきっと言われるがまま付き合うんだと思う。供物がいるのかよ怖いよ、みたいなつっこみを毎度心の中で言いながら。
◇
適当なコンビニで待ち合わせをし、やってきてしまった夕方四時の河川敷。ケンタが背負っているリュックは見るからにパンパンだ。供物とやらを持ってきたのだろうが、儀式に使う供物なんてだいたい「そりゃ無理だろ」というものが多い。実行不可能な供物や条件にすることで黒魔術の神秘性やら禁忌性を高めている。もしくは、フィクションなんだから実践してくれるなよってことかもしれない。そんな考えごとをしていると横からケンタが話しかけてきた。
「まじで本格っぽい黒魔術だから期待してていいよ」
「なんでそんなのがわかるんだよ」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。実は―」
そう言って例の本を見せてくれた。
「ページの最後にある魔方陣。他は印刷なのにここだけ手描きっぽくてさ」
確かに手描きのようだった。インクののり方が他のページと違う。英語っぽい文字も既成のフォントじゃない。
「ほらここ、呪文も載ってる。場所とかポーズとかの図解もあるよ」
「思ったより親切だ」
見せてもらった呪文はいかにもって感じだった。
『名を持たぬものよ。呼ばれる前に応え、生まれる前に mòrgh せよ』
まだ続きはあるけれど見慣れない単語に目が留まる。芸が細かいなと思った。 mòrghには注釈がついていて「適した日本語がわからなかったごめん」と書いてある。やはり芸が細かい。サン=ジェルマンなる人物は演出がうまいようだ。
「これってなんて読むんだろ」
「わからん。モールグじゃないか」
「ほえー」
供物の置き方までちゃんと書いてあって、地面に置いた魔方陣を囲むよう三角に配置するらしい。図解にふきだしで重要と書いてあるからよっぽど大事なんだろう。となると肝心の供物がどんなものか気になってくる。
「供物は何が必要なんだよ」
「コウモリの生き血。狼の毛皮。ユニコーンの内蔵」
「え……」
普通に引くリョースケに構うことなくケンタはリュックをおろし、中から荷物を取り出そうとしている。
「まずコウモリの生き血ね」
「なあ、さすがに本物じゃないよな」
「そう慌てるなって」
ケンタがいひひと笑う。怖い。
「俺なりに考えたんだよ。リョースケみたいにそれっぽい理由をつけれるなら違うものじゃなくていいんじゃないかってね。で、まずコウモリの生き血なんだけど」
ごそごそとリュックから取り出したのは何やら見覚えのある小さな紙パックのジュース。
「ほら、リンゴジュース」
「……」
「俺調べたんだ。コウモリってさ、果物好きらしいじゃん。好きっていうか主食? その体が果物でできてるんなら、果物のジュースで代わりになるんじゃねって」
加熱してあるのでは。還元濃縮なのでは。生き血に寄せるんなら搾りたてがいいのでは。でかかった言葉をなんとか呑み込み、リョースケは次をうながした。
「……狼の毛皮は?」
「狼の要素があるふわふわな毛ってことで、わんこ柄の毛布。寒いしちょうどいい」
「ユニコーンの内蔵」
「これ。シナモンロール。なんかうねうねしてるのがそれっぽい」
狼の毛皮は近しいものを感じたがユニコーンは雑すぎないだろうか。だいたい内蔵って範囲が広すぎるだろう。もっとピンポイントに心臓だとか胃とか言ってくれないと寄せるにも寄せられない。シナモンロールはどこの部位を見たてているんだ。心臓か。心臓なのか。そんなリョースケの考えが透けて見えたのか、慌てた様子でケンタが弁明をする。
「いや違うんだって! ユニコーンって空想上の生き物だからさ、なんか生々しいホルモンとかより可愛いやつの方がそれっぽいかなって! あと俺シナモンロール好きだし」
終わったら食べる気だな。
リョースケの冷ややかな視線などなんのその、ケンタは準備にとりかかる。
魔方陣のページを丁寧に切り取り、それを地面に置く。そして図解通りに供物を三角形になるよう並べる。三歩後ろへ下がり、両手を魔方陣へかざして例の呪文を口にした。
「名を持たぬものよ。呼ばれる前に応え、生まれる前にモールグせよ。境はすでに定められた。おまえの席はここにある!」
もちろん何も起こらない。
「お願いします俺らの望みを叶えてくださいこの通り! ほらリョースケもお願いして!」
「……なにとぞなにとぞ、お願いします」
ぱんぱんと柏手を打ち頭を下げるケンタ。もはや黒魔術云々でなくなっている気がするが、ケンタの圧に押されてリョースケもそっと手を合わせた。
刹那、強い風が吹き辺りの草原を揺らす。
撒きあがる砂埃に思わず目をぎゅっと閉じた。風がおさまったのを感じてゆっくり目を開けると――ふたりのすぐ近くにおじさんがいた。
四十代だろうか。細身でどこか退廃的な雰囲気だ。真っ黒な髪に真っ黒な服。コートも靴も全部黒い。唯一色味があるのが肌だが、それも白くてどこか病的に見える。
「……少年たちよ。今日の夕食はなにがいい」
一瞬何を言われているのか理解できなかった。しかし育ち盛りな男子ふたり、そろって望みを口に出す。
「食べ放題の焼肉」
「唐揚げとコロッケ」
ほとんど無意識だった。
ケンタは外食希望のようだが、リョースケは家でゆっくり食べるご飯が好きだ。愛猫のミーちゃんが近くにいてくれたら言うことなし。
でもどうしてそれをわざわざ口に出したんだろう。ケンタならともかく、普段のリョースケなら知らないおじさん相手に聞かれたところで絶対に答えないのに。
「割に合わんが、ばかげた供物に嫌気がさしていたところだ。少しばかりサービスしてやろう。では少年たちよ、せいぜい楽しみにしておくといい」
さらばだ、と言って黒いおじさんは背を向けて歩き出した。何が起こったのかよくわからない。ケンタの方を向くと同じように困惑の表情を浮かべていた。
「……なんだあの変なおじさん」
「わかんない」
ふたりともしばし唖然としたが、ケンタの視線が地面を向くと突然「あ!!」と大きな声を出した。
「大変だシナモンロールがない! 終わったら食べようと思ってたのに!」
シナモンロールだけじゃない。リンゴジュースも毛布も、もっと言えば魔方陣が描いてあった紙すらもなくなっていた。紙だけなら風で飛んでいったと思うかもしれないのに、全部がいっぺんになくなるなんて。急いで周囲を見渡してもあの黒いおじさんはいなかった。
「絶対あのおっさんだ。魔方陣まで持ってくなんて見境いなさすぎ」
「……まあ、これから寒くなるし。燃やして暖をとるのかも」
「あのぺらぺらの紙一枚を?」
「ないよりあるほうがいいさ」
「もう、魔方陣はあれ一枚しかないのに」
きっとホームがレスの人なんだろうと決めつけ、諦めた。結局ものが全部なくなってしまったので儀式もとりやめ。ケンタとふたり岐路につくことにした。家に着くころには辺りがすっかり暗くなっていた。
玄関先で吐く息が白いことに気付き、思わずふりかえって空を見上げる。冬は夜空がきれいだから好きだ。昼間だとそうでもないのに夜になると一気に宇宙を感じさせる。するとちょうど見ていた辺りで小さな光がすっと動き、そして消えた。遅れてそれが流れ星だと気付いた。
「ミーちゃんが健やかに過ごせますように」
小声で三回繰り返す。これは黒魔術が成功していたら叶えてもらおうと思った願い。今は流れ星に託してもいいだろう。
晩ご飯は幸運なことにリョースケが食べたいと思っていた唐揚げとコロッケだった。炊き立てのご飯もたくさん。ミーちゃんもずっと近くにいてくれた。とっても幸せだった。
あとで聞いてみるとケンタもその日の夜は焼肉の食べ放題に連れていってもらったらしい。「肉もデザートも腹いっぱい食べた! 焼肉最高!」と満足気だ。
もしかしたらあの黒魔術は成功したのかもしれない。
実はあの黒いおじさんは召喚した悪魔で、供物と引き換えにリョースケたちの願いを叶えてくれたのかもしれない。もちろん全部ただの偶然で、あのおっさんはシナモンロールの窃盗犯で、我が子の好物を熟知している母親の愛があの日に炸裂した可能性の方が高い。
けれどそれ以来、リョースケはシナモンロールを見るたびにユニコーンの内臓が頭をよぎるようになった。ケンタは「これはコウモリの生き血」と言いドヤ顔でリンゴジュースを飲むようになった。
当然、女子は引いていた。




