第九話「中途半端って言うけどよ」
暗殺と給仕に於いて共通する動作がある。
それは足音を立てないことだ。
「おーし、それじゃあ片足立ち一時間、始め!」
孤児院の運動場、カルロ様の大きな声と同時に全員が片足立ちを始めた。
正直、ボクはこの訓練が苦手だ。
こんなところで女だという言い訳をしたくないけど、ボクは華奢で筋肉も少ないから長時間耐久の訓練はどうしても早い段階で脱落してしまう。
ペンナを見ると平然とした顔で立ち、上げた方の脚ち反対側の腕を水平に伸ばしている。
腹筋で体幹を固め、背筋で姿勢をしっかり整えている。こういう訓練ではやはり筋肉質なペンナが羨ましい。
エラさんは純粋にバランス感覚が整っている。
肩の力を抜いて、目線を定め、かかとと指先でがっしりと地面を掴んでいる。立ち振る舞いからは美しさを感じる。
双子はずっとふらふらとしている。ボクよりも華奢な二人は身体を使う訓練は苦手なようだ。
流石にお互いの見ているものが見えるという『能力』というものがあったとしても、それが肉体的に有利になるわけではない。
結局のところ、飛び抜ける要素があったとしても基礎ができてなくては活かしきれないわけだ。
だからボクもひたすら鍛えるしかない、それが強くなるための近道だと信じている。
◇ ◇ ◇
「よーし、やめっ! お疲れさん、終了だ!」
カルロ様が手持ちの機械仕掛けの時計を見ながら声を上げた。
あの時計はステラ様が作ったものらしい、どういう仕組みで動いているのかはまだよく知らない。
「ひぃー、疲れたぜぇ。この訓練やるとあとから全身が痛くなるんだよなぁ」
ペンナが腰や腕を回しながら話しかけてきた。ペンナくらい筋力があってもそうなのか。
「私は力を抜いて自然と一体化するような気持ちで臨んでいます。ペンナは身体に力が入りすぎなんですよ」
エラさんがボクとペンナに話しかけるように歩いてきた。少しだけ汗ばんではいるけど、疲れた様子はあまり見えない。
「難しいことを簡単に言いやがって……」
「バロネッサさんはいかがでしたか? 以前苦手だとおっしゃっていましたが?」
「ボクはペンナほど筋力がないし、エラさんほど力を抜けてもいない中途半端な感じですね……」
ボクには二人ほど飛び抜けた実力がない。
ペンナは暗殺が上手く彫金は絶望的に下手で、給仕自体は丁寧ではないけどとにかく気が利く男だ。多分政治家に向いている。
逆にエラさんは暗殺が苦手だけど、彫金と給仕は今の孤児の中では最上位だ。
一方のボクは全てが中途半端。
「中途半端って言うけどよ、俺からしたらどうしようもなく苦手ってものが少ないお前が羨ましいぜ」
「そうですね。中途半端とはいいますが、良く言えば万能とも言えます」
「なるほど……。その発想はありませんでした」
「例えばよ、俺の暗殺技術が百点で彫金が零点だとしたら、バロネッサは全部五十点みたいなもんだ。平均的なんだよ、お前は」
「そうですね。ですが、この平均的というのは他人との比較であって、バロネッサさんが平均八十点を取るようになったら百点を持っている私たちでも太刀打ちできません。だから、自分を卑下する必要はありませんよ」
「そうそう、俺もそれが言いたかったんだ」
「本当ですかぁ?」
エラさんが、ジトッとした目で笑いながらペンナを覗き込む。
「ペンナ、エラさん、ありがとうございます。おかげでちょっと前向きに考えられるようになりました」
ボクにはまだ伸び代がある、やる気もある、そう信じてこれからも鍛えていくしかない!
「……ん? あれっ!?」
エラさんが振り返ると、そこにはまだ片足立ちを続けているヴィスマールの姿があった。
しかも、足を百八十度近くまで開脚して、ボサボサ頭の上でつま先を持っている。何ていう身体の柔らかさなんだ……。
「おいおい、もう訓練は終わったぞ!? ヴィスマール!?」
「というより、ヴィスマールさんとてもお身体が柔らかいんですね!」
「うん! ヴィスは身体動かすのすっごく好きでさぁ、楽しいからもうちょっとやろうかなって!」
満面の笑みでこちらを向いて話すヴィスマール。確かにボクはこれから頑張って鍛えようと誓ったけど、それはこれからの話であって今からではなかった。
ヴィスマールを見て自分を恥じてしまった。
「お、おい! バロネッサまで!?」
「ヴィスマールには負けられません!!」
ボクはヴィスマールの隣で足が上がるまで上げて片足立ちを始めた。
「あら、じゃあ私も」
すると今度はボクの隣にエラさんが立ち、地面と平行になるまで手を伸ばし、足を後方へ上げた。
「おいおいおいおい、俺はやらねぇからな!」
ペンナが一人で焦った様子で声を上げた。
「お好きにどうぞ、私たちはこのまましばらく続けますので」
「ボクも平均点を上げなければいけないからね」
「ペンナもやろうよぉ、楽しいよぉー」
「お前らなんなんだよ!」
結局、四人でそのまま日が暮れるまで片足立ちを続けた。




