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第七話「では、殺しなさい」

 これは『ボク』がまだ『私』だった頃の話。


 黒髪に丸眼鏡、笑顔が似合う二十歳くらいの男性は路地裏のゴミ捨て場で死にかけていた私に声をかけてきた。


 母が亡くなって半年、十二歳になったばかりの私が拾われたのは偶然でしかなかった。


 連れて行かれた先は『孤児院ヴェローチェ』。男性の名は『オロ=ヴェローチェ』、現在ヴェローチェ家の『長兄』の座にいる人物だと知ったのは、しばらくしてからのことだった。


 オロ様はまず私の汚く傷つき、シラミだらけの長髪を短く整えてくれた。


 湯浴みもしてくれ、汚くボロボロだった服も着替えさせてくれた。


 私は半年ぶりに身も心も綺麗に整えられた。


 母が亡くなってからの半年間に比べたら、孤児院での生活は快適そのものだった。


 周りには私と前後五歳くらいの子供たちがみんな仲良く暮らしている。


 でも、そんな甘いことを思っていたのは私だけだった。


◇ ◇ ◇


「バロネッサ、少し時間を貰えますか?」


「は、はい! オロ様!」


 ある日、私はオロ様に手を引かれて孤児院を出て、木造の小さい宝石店に連れてこられた。


 オロ様が店のドアを開ける。


「いらっしゃ――って、なんだオロにいか」


「しっかりと店番をしているようですね、カルロ」


 カルロと呼ばれた短い金髪の青年は私の事を上から下までジロジロと見つめてきた。私よりも年齢は上で、オロ様に近いくらいだろう。


「新入りか?」


「まぁ、そんなところです」


「……手加減してやれよ」


「それはこの子次第です」


 事情の分からない私はそのまま店の地下へと案内された。窓もないまるで牢屋みたいな部屋だった。


 ランプに灯を点けたオロ様は手を差し伸べ、椅子に座るよう促してきた。


 私が椅子に座ると、オロ様は向かいの席に座り、私に対してニッコリと微笑んできた。


「君が来てからまだ一週間程度ですが、どうですか? ヴェローチェは?」


「すごく良いところです。こんな私を拾ってくれて、ありがとうございます!」


「そうですか、それは良かった。この店は『宝石店ヴェローチェ』と言います。孤児院から能力のある者を選出して『ヴェローチェ』という『名前』を与えられて働いています。僕も父様とうさまに選ばれたヴェローチェの一人です」


 ヴェローチェ――名前……か……。


 私にはもう無くなってしまったな……。


「僕も昔は孤児でした、さっき店番をしていたカルロもです。僕たちは同じ孤児の仲間たちを蹴落として今の身分を得ました」


「仲間を蹴落とすだなんて、そんな……」


「そうでしたか、てっきり君は野心に溢れる人間だと思いましたが違っていましたか」


 野心……? 私にはそんなものなんて……。


「――初めに名ありき、何を欲しいのかまでは分かりませんし、その想いは本人の自由です。ですが、ヴェローチェという名を使って出来ることなら使うといいでしょう」


「でも、私はどうすれば……宝石や装飾品なんて作ったことないし……」


 迷った顔をしている私を見て、オロ様はこの日一番の優しい笑顔を見せた。


「では、殺しなさい」


「えっ?」


「宝石店ヴェローチェのもう一つの顔は、殺し屋ヴェローチェ。そしてその育成機関が孤児院ヴェローチェです」


 殺し屋……?


「この一週間、君と仲良くしてくれた孤児院の子供たちは全員殺し屋見習いです。実際、全員に暗殺の経験があります」


「そんなまさか……」


「僕がわざわざ嘘を言うと思いますか?」


「いえ、そう言うわけでは……」


 そう言うとオロ様は胸元から一枚の紙を取り出した。


「先日依頼があった中で簡単なものを残しておきました。この人物を殺せという簡単な内容です。ちょうど良い機会ですので君にやってもらう事にしました」


 渡された紙を見るとそこには名前や人相、普段の生活習慣や殺害方法の指定などが書かれていた。


『殺害条件は問わない。裏通りで殺害し、他殺であることを見せしめとして分かりやすくしておくこと……』


 馬鹿な私でもわかる。これは暗殺の依頼書だ。


「簡単な内容ですので安心してください。今夜決行します、手伝いはしますが殺すのは君です。心の準備だけしておいてください」


「えっ……!?」


「依頼主は僕たちヴェローチェ以上の人間しか知りません、君たちは殺すことだけを考えれば良いです。殺す相手の名前や過去の経緯などは一応参考として書いてありますが今回は覚えなくて良いです。今の君では情が湧くかもしれませんからね」


 確かにそこには名前と経歴が書いてあった。


 『ミドル=ヤード』という三十代の男性で妻帯者。妻の病気の治療代のために組の金を横領していたことが発覚、見せしめも込めて確実に殺人事件が判明する形での暗殺を依頼――。


 何だろう……この人には同情出来るような出来ないような……。少なくとも残された奥さんは不憫だろう……。


「……」


「……何も考えない方が良いと言ったばかりですよ」


「え、あ! はい!」


「それで、どうしますか?」


「どう……とは……?」


「やりますか? それとも、やらない場合がどうなるか言葉で説明した方がいいですか?」


 ……言われなくたってわかる。殺し屋が自らを殺し屋だと名乗って仲間に入れようとしているんだ……。


 その理由はわかる、でもどうして私を拾って人殺しをやらせようとするのか。どうして私なのか……?


「やりたくはない……けど、やらなきゃいけないことは分かりました。でも、一つ教えてください、どうして私だったんですか……?」


 人を殺せと命じてきた人間に対して質問をする行為。恐る恐る尋ねると、オロ様はゆっくりと右手の人差し指を鼻へあてた。


「君だから――という理由はありませんでした。ただ拾った理由は『匂い』ですよ」


「匂い……?」


「そう、倒れている君を見たとき、私たちと同じ匂いがしたんですよ。死にかけていたにも関わらず、何かを成し遂げたいと渇望する匂いが。今は折れているのか、それともまだ目覚めてすらいないのかは分かりません。ですが、君にはあるはずです」


 成し遂げたいという何か……?


「その匂いは地獄への道。生と死、光と闇、善と悪、日常と非日常。目指すためには君はその全てを見なければなりません。君の胸の奥に眠る『何か』はそれを乗り越えた先にあるはずです」


 突然の話に頭がついていかない。


 だけど、少なくとも私はオロ様にとても期待されているのだということはよくわかった。


 それなら、命の恩人に対して報いるのは当然の話だ。オロ様に拾われていなければ、私は死んでいたのだから……。


「……」


「覚悟は決まりましたか?」


「はい……」


 オロ様は無言で立ち上がると、胸から一本のナイフを取り出し、机に置いた。


 私は吸い込まれるようにそのナイフを持ち、刀身部分に取り付けられた皮の鞘を取り外すと、そこには鏡のように美しい金属の刀身があった。


「綺麗……」


「売り物ではありませんし、僕が昔実習で作った単なるナイフの一本です」


 オロ様はそう言いながら私からナイフを取り、そのきっさきを自らの人差し指の先端に当てた。


 人差し指の先端はナイフに押され、少しすると弾けるように元の形に戻って一滴の暗く赤い液体が滲み出てきた。


「こうやって人を刺せば血が出て死にます。分かりましたか?」


「は、はい……」


 この人の微笑みは怖い。きっとこの人は殺す時も微笑んでいるのだろう……。


「それでは、行きますよ。バロネッサ」


 ドアに向かってゆっくり歩くオロ様の後ろをついて歩く。


 不安、驚き、焦り――暗い感情の中にそれでも、人に選ばれたという嬉しさもある。


 私はこの日、初仕事を任されたのだ。


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