最終話「バロネッサはまだ未完成」
「バロネッサさん!? どうしたんですかアザだらけじゃないですか!」
孤児院の廊下ですれ違ったエラさんが『ボク』に気づいて慌てて振り返って声をかけてきた。
「あぁ、いや……。ちょっと午前の訓練で……」
「またペンナですね! 私ちょっと文句を言ってきます!!」
「大丈夫ですよ、これくらい。むしろ避けられないボクが悪いんです」
「だからといって、やり過ぎはよくありません!」
エラさんがぷんすかと怒りながら廊下を進んでいく。
どこだどこだと探して孤児院の外を一周すると、裏庭の木陰で座って休んでいるペンナを見つけた。
「よぅ、ペンナ」
「なんだよバロネッサ、訓練の文句でも言いに来た――お前なんだよそれ……」
ペンナが立ち上がって驚いたような顔でボクを見る。
「お前、髪も眼も真っ白じゃねぇか……」
「まぁ、色々とあってね、光が強すぎたのかも。それより、ほら」
ボクが右手を差し出すと、ペンナはまだ困惑したままの様子だった。まぁ、無理もないか。
「ほら、握手。読める記憶はボクの方で調整してあるからさ、遠慮せず読んでいいよ」
「お前……! なんでその事を!?」
「ごちゃごちゃ言ってないで、早くしてよ」
「あぁもう、よくわかんねぇけど、ほらよ!」
ペンナが戸惑いながらボクの手を握る。今のボクの防御力は世界を創り変える事ができるほどだ、読める記憶を選ぶ事なんて造作もない。
「お前……! これってどういう!?」
「まぁ、いいからいいから。無理するなって事だよ。ボクは幽霊みたいなものだからさ、こっちの『ボク』をよろしく頼むよ」
ボクはペンナの背中をポンポンと二回叩くと、ボクは数歩先に等身大の光の円を作り、中へと歩みを進めた……。
◇ ◇ ◇
閉じた眼を開くとそこは辺り一面が真っ白な空間で、眼の前には大きな樹のようなものがある。
物凄く大きいのに根から枝葉の先まで視界の中に全てが収まり、視線を移しても常に視界の真ん中に写っている。とても不思議な空間だ。
正式名称は知らないけど、ルナさんが神話に出てくる生命の樹の名前が『セフィロト』と言っていたので、とりあえずセフィロトと呼んでいる。
「とりあえずこれでいいかな? これで数年見届けてどうなるか、まずは小さい所から変えてみないとね」
この何もないセフィロトの空間は座ることも、寝転ぶことも、浮かぶことも、泳ぐこともできる不思議な空間だ。
今までボク達がしてきた縦、横、高さの三次元移動に加えて、ここは時間移動という四次元移動と、並行世界の移動という五次元移動ができる空間のようだ。
何故分かるかは感覚で分かる、能力とはそういうものだからね。
さっき行ったのはボクがいたのとは別の並行世界だ。今はその後を本のページをめくるように眺めている。もちろん、入ることも出ることも自由だ。
ボクが元々いた世界は完全に創り直してしまった。残っているのはボクの記憶の中だけだ。でも、あの世界に新しく生まれたボクは納得しているようだった。
ただ『世界を創り直す』という行為は辞めた。完成された世界は誰も選択もせず、挫けて努力することもなく、皆が平等で競い合うこともなく、常に与えられ続ける幸福に感動もなく、それは究極の不幸な世界であることがわかった。
でも、だからといって困っている人を助けることを諦めたくはない。だから、ボクはほんの少しだけ世界に介入して、ほんの少しだけ幸せにする。
さっきの世界ではカナロア家周りの悲しみが起こらないように手を加えてみた。これが上手くいくのかはまだ分からない。
もし上手くいったら、次の並行世界では双子の両親をもう少し裕福にしたり性格を変えたりしてみようか。それとも、エラさんの過去に何があったのか調べて原因を取り除いてみるか。
まるで神様だと言われたのだから、本当に神様になった気分で世界を自分の思うように良くしていってみよう。
こうやって少しずつ誰かを幸せにしていく。もちろん代わりに不幸になってしまう人が出てきてしまうかもしれない。そしたら、上手く間を取ってみよう。
幸い、完成したボクには無限の命と、世界全てを作り変えられるほどの尽きることのない力を得たようだ。
ボクみたいに能力を得たバロネッサは他にもいるのだろうか? もしボクがボクであるなら、きっとどの世界のボクも困った人を救いたいと思い、完成しようと鍛え続けていくだろう。
だから、どの世界でも高みを目指し続けるバロネッサはまだ未完成なのだ。
完成するその日まで……。
――と、いまボクはこの五次元空間からたまたま話しかけられる『あなた』を見つけたので一方的に声をかけてみました。
気が付かなかったけど、二次元媒体を通してボクのことを見守っていてくれたんですね、ありがとうございます。いつかあなたの世界も幸せにしにいきますので……。
機会があればまたお会いしたいですね。それではまた、さようなら……。
バロネッサはまだ未完成 完




