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第五十七話「創り変えた世界はどう?」

 朝、目が覚めて大きな布団をどかして部屋を歩き、窓ガラスの向こう側を見ると、全てを祝福するような綺麗な朝焼けが見えた。今日は少し早起きだったようだ。


 寝間着のまま外の景色を眺めていたら、使用人の女性が部屋に来た。長い髪の毛を櫛でといてもらい、ドレスに着替える。私はレースの多い可愛い服装は少し苦手だけれど、これは私の十三歳の誕生日にお母様からいただいたものだから仕方ない。


 宝石箱から十二歳の誕生日に頂いた飾り気の少ない首飾りをつけ、屋敷の広間へ向かった。


「お父様、お母様、おはようございます」


「おはよう、バロネッサ」


「今日は早起きだったみたいだね」


「あれ? ヴィスコンテは?」


「早起きのお姉ちゃんとは違って、さっき起きたばかりみたいよ」


 お母様が面白がって微笑んでいる。弟が私くらいの歳のときはちゃんと起きていたのに、お母様は弟に本当に甘いんだから。


◇ ◇ ◇


 蒸気機関車に乗ってイタリア北部の街を目指して進む。


 四人がけの席に座り、向かいにはお父様とお母様。私の隣には弟のヴィスコンテが車窓を眺めている。


「お姉ちゃん! 反対側の窓を見て!」


「もう、ヴィスコンテったら。他のお客様にご迷惑でしょ」


 反対側の席の方に軽く会釈をすると、丸眼鏡をかけた黒髪の青年の方が優しく微笑んでくれた。金髪の青年と、私と同じくらいの年齢の金髪の女の子の三人で座っている。


「気にしていませんよ、旅とは自由であるものです」


「よかったら、こちらの席に来ていただいても構いませんよ。兄さんもいいですよね?」


「席は一つ空いてるんだ、二人がいいなら俺は構わんよ」


 黒髪の青年の方はとても明るくて優しそうで、金髪のお二人はご兄妹だろうか、とても仲が良さそうだ。


「わーい! ありがとー!!」


「もう、ヴィスコンテ!」


◇ ◇ ◇


 応接間の重い扉の開く音が聞こえた。


 頂いていた紅茶を一度ソーサーに置き、後ろを振り返るとお父様の姿があった。白髪の女性給仕が丁寧に扉を閉めた。


「ドゥラ男爵とのお話はもう済んだのですか?」


「あぁ、北部地方と南部地方の経済格差の解消に動いて貰えそうだ、ドゥラ家は鉄道事業、うちは広大な土地があり利害は一致しているからな。階級こそ我々が上だが対等な取引ができそうだ」


 普段は厳しそうな顔をしているお父様がとても嬉しそうに笑っている。本当にお父様は領民の方々のことが大切なのだろう。


「そういえば、御子息が同席していたがなかなか有望な跡取りになりそうだったな。彼がいればドゥラ家も安泰だろう」


「それじゃあ、我が家はヴィスコンテが立派になるまで、お父様には元気でいていただかなければなりませんね」


 お父様が喜んでいるのを見ると私まで嬉しくなってくる。私が微笑むと、お父様も微笑み返してくれた。


◇ ◇ ◇


 ドゥラ家にお借りした馬車で駅まで向かう道中、街の景色を眺めていると不思議な気分がした。


 初めて訪れた街なのにどこも見たことがあって、通り過ぎる人を知っているような気がする。


 あの買い物袋を持った橙系の茶髪の女性も、黒髪の双子を連れた家族も、母親に連れられた少しボサボサな髪の小柄な子も、本を何冊も持って歩く背中まである長い黒髪の女性も、三つ編みでそばかすのある女の子も――


 どうしてだろう……。


◇ ◇ ◇


 ヴェネツィアに数日滞在し、帰省するために駅へ向かうと入口付近で地図を見ながら頭を抱えているポニーテールの少女がいた。私と同じくらいの年齢だ、迷子だろうか。


「どうかされましたか?」


「うーん、ここのホームにいかなきゃいけないんだけど、どうやって行けばいいのかわからくてぇ……」


 肩を沈める少女の持つ手紙を読むと、すぐ目の前のホームだった。


「ここならそのまま真っ直ぐ進むだけで着くみたいですよ」


「ホントー!? ありがとー!!」


 有り余るくらいの元気を放ちな、大きく手を振りながら少女は去っていった。きっと純粋でいい娘なんだろう。


◇ ◇ ◇


 数日かけて帰省し、自室のベッドで横になる。


 深い水底へ沈むように意識を自分から離していく。


 深く……深く……深く……




『――どう? バロネッサ?』


「……だれ?」


『ボクはバロネッサ』


「あなたもバロネッサって言うのね……」


『ボクの創り変えた世界はどう?』


「よくわからないけど、みんな幸せだわ」


『ボクがいた頃は毎日指輪や首飾り、色んな物を作る練習をしていたんだけど。そっちのバロネッサは何か練習しているものはある?』


「私は……特にないわ」


『そうだ、ボクは毎日色んな仲間と話をしたりご飯を食べたり――あ、でも仲間と言っても競争相手でもあったんだ。そっちのバロネッサはどう?』


「私はいつもお父様とお母様と弟と食事をしているわ。会話はしていると思う」


『あとは……ボクは牛乳を飲みながら新聞を読むのが日課だったんだ。そっちのバロネッサは何か日課はある?』


「毎日起きて、食事をして、寝ているわ」


『……バロネッサはいつも何をしているの?』


「私? いつも……特になにもしていないわ」


『バロネッサはいま幸せ?』


「私は幸せよ」


『バロネッサの幸せってなに?』


「全てが上手くいっている状態で停滞することよ」


『停滞? どうして停滞することが幸せなの?』


「だって、完成しているものに手を加えたら壊れてしまうかもしれないじゃない」


『何もしないことが完成だっていうの?』


「私たちは目の前の道を歩くだけで完成することができるの」


『それじゃあ、何もできないじゃないか』


「そうよ、でも全員が決められた一本道を歩むのが最も幸せなんだもの」


『自分で選択しないなんて生きているとは言えないよ』


「けれど、誰も自分が一本道を歩いているなんて気がついてないわ。あくまで自分の意志で選んでいると思っているし、自分の行動の結果が決まっているだなんて神様しかわからないんだもの……」


『ボクが神だっていうのか……?』


「そうじゃないの……? 人の考えを変えて、人の過去を変えて、人の運命を変えて、人の行く先が見えて――完成したバロネッサが神様じゃなかったら何なの?」


『ボクは神になりたかったわけじゃない……困っている人を助けたかった――皆が幸せになって欲しかっただけなのに……』


「……気持ちはわかるわ。だって私はあなたなんだもの」


『ありがとう、完璧な世界のバロネッサ……』


「完成したバロネッサが創り変えたこの世界は消さないで……。私はこの完璧な世界で緩やかな死を迎えたいから……」


『ごめんね、幸せなバロネッサ……』


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