第五十六話「バロネッサは完成した」
キアロさんの姿が消えた先に向かって走ると既に皆がナイフ投擲訓練の準備を始めていた。ステラ様もナイフの入った箱を持ってきて、ヴィスマールやペンナたちと雑談をしている。
漠然とこれから起こるであろうことが怖かった。
大笑いしながら雑談をしているステラ様の顔が急に強張ったと思った次の瞬間、ステラ様がヴィスマールを突き飛ばして自らも大きく後ろへ跳ねた。
「誰!?」
ボクには見えないけどわかる、その場所に何もないけれどそれがキアロさんの『透明』であると。
ステラ様が箱から何本かナイフを手に取り何もない空間へ投げつけるが、ナイフはそのまま飛び続けいずれ地面に刺さった。ステラ様の瞳は、見えない敵にも関わらず軌道を必死に追っていた。
「探索で読んでても避ける実力か……!」
ナイフを五本ほど持ったステラ様が、地面から二メートル近く跳躍し、眼を大きく見開くと真っ白な光が強く輝いた……!
「全力だぁ! 『未来探索』!!」
その白く強い光の向こうに何が見えているのかは分からない。ただ、何かを見つけたかのように何もない場所へナイフを五本投げつけた……!
そして着地と同時にナイフを投げた場所には、すべてのナイフが致命的な位置に刺さって倒れているキアロさんが姿を現した……。
「現在の場所を見るのは楽だけど……未来の場所を見るのはしんどいんだよぉ……」
その言葉と同時にステラ様は白目を剥いて落下するように倒れると、何事かと周りのみんなも少しざわつき始めた。
「ステラお姉ちゃん!?」
「ステラ様!」
ついさっきまで雑談をしていた二人が倒れたステラ様に気がついて駆け寄ろうとした。
――ぞくりと背筋に冷たいものが走った。全身の毛が逆立つような、強烈な予感。
――足元から這い寄るような不気味で気持ち悪い感触だ。
「――触るな!!」
ボクが駆け寄りながら大声を出すと、二人とも驚いたように止まってこちらを向いた。
息を切らしながらステラ様の近くまで辿り着き、息を整えた。
「ペンナ、どうして触ろうとした!?」
「どうって……ステラ様が急に倒れたからよぉ……」
ボクとペンナの間には能力を使いきって苦しそうに倒れ、白目を剥いて呼吸の浅いステラ様がいる。
ヴィスマールがあたふたとしていると、再びペンナが無言でステラ様を抱きかかえようと屈みはじめた……!
「触るなって言ってるだろ! ボクの知っている馬鹿ペンナは、ボクが触るなと言ったら触らない!」
「な、なんだよ、急に……」
「もし、ペンナがステラ様に触れた瞬間、ボクはお前を攻撃する……!」
「………………」
ボクが強い意思でペンナを睨むと、その意図は伝わったようだった。
屈み戸惑ったような顔をしていたペンナは、立ち上がり一瞬にして険しい顔つきになった。
「――どこまで知っているんだ?」
「何も知らない……さっきキアロさんに警告されるまで考えたことすらなかった……」
悔しくて拳をギュッと握りしめてしまった。
「キアロさんか……。俺に機会を作ってくれるとは聞いていたけど、止めても欲しかったのかもな……」
「いつから……いつからヴェローチェを裏切っていた!」
「俺はキアロさんと同郷で一緒にカルロ様に拾われたんだ。だけど、ここで腕を磨いてて気がついたんだ……これが俺たちの憎むべき相手の技術だとな……」
「ヴェローチェが憎む相手……?」
ペンナの顔が恨めしい敵を見るような強張った形相に変わった。
「……カナロア侯爵だよ。あの方はヴェローチェに暗殺されたと気がついたんだ」
カ、カナロアだって……?
なんでその名前が今出てくるんだ……。
だって、カナロアはボクたちがこの間全員――いや、あれだけで全員じゃなかったのか……?
「俺もキアロさんもカナロア侯爵との卸売業を行なっていた商売人の出身だ。だが侯爵が暗殺されてドゥラ家の支配下になってから、侯爵との付き合いのあった業者は干されてあっという間に孤児になっちまったんだよ……」
ドゥラ家がきっかけで理不尽な仕打ちを受けて、それがきっかけで孤児となって、そしてヴェローチェに拾われて……。
なんだよそれ……ボクと同じじゃないか……。
「この身の上話をしたらバロネッサは理解してくれると思ったんだけどな……」
「!? ペンナ、ボクの記憶を読んだな!?」
「あぁ、ドゥラ家出身の女だってことも知っている……。だから最初はお前のこと嫌いだったよ、暗殺の依頼主はドゥラ家だと思っていたからな」
「ボクもお前のこと嫌いだったよ、やたらと訓練でボクを痛めつけてきたからね……。理由がわかったよ、これだから馬鹿な奴は嫌いなんだよ……」
「俺だって……もう何も考えず馬鹿になりたかったよ……!! だけど、時間は今日までなんだ!!」
その言葉と同時にペンナがステラ様に飛び掛って手首を掴んだ……!
「馬鹿野郎ッ!!」
「馬鹿で結構! 俺たちは居場所を取り戻そうとしているんだ! 俺が伝えた情報を仲間たちが売って金にして、ドゥラ家を打倒して南部地方を発展させるんだ!」
どうして……。
どうしてこんな掛け違いが起きてるんだよ……。
「……!? ペンナ、お前が最後にボクに記憶を読んだのはいつだ!?」
最近ボクの記憶を読んでいたならこんな掛け違いが起きるはずがない……!
「お前が孤児院に来て半年くらいが最後だよ……。そしたら、お前の中で俺にキズナを感じてくれ始めてて……。大切な友人の記憶なんて……読むものじゃないだろ……」
来てから半年ってお前……。
ペンナにいつもボコボコにされていて、それをエラさんが怒っていて、双子と仲良くなり始めて、ヴィスマールが実は能力使いだと知って――
気がつくと涙が出ていた……。どうして……どうして……。
ペンナの前に進もうとする強い意思、それはボクの進む道とはすれ違ってしまっていたけど、ボクの胸の中に確実に伝わってきた……。
ボクの最後の『心の中の欠片』が埋まり、全てが揃った……。
愚者、隠者、刑死者、死神、女帝、皇帝、女教皇、恋人、月、教皇、節制、運命、星、悪魔、世界、審判、太陽、魔術師、塔、正義、剛毅、戦車
ボクは――バロネッサは『完成』した。




