第五十四話「組織に所属する者の定めです」
「クロストリ=D=ディフィシル、五十二歳、男性。貴族院議員の専任秘書。ミラノを中心に活動する議員の秘書のため居所自体はミラノにある――とのことです」
翌日、ミラノに向かう蒸気機関車のなかで大きい揺れと騒音に晒されながらヴェローチェの御三方と打ち合わせをしている。今のはホーダー兄さんからの簡単な情報の共有だろう。
「ドゥラ家から搾り取った資産で議員秘書になったわけか。しかし、議員秘書程度なら護衛もいないだろうし、深夜の時間帯を狙えばただ殺すだけってところか……?」
「孤児院の子たちでもできる仕事だよね、父様がワタシたちに渡したのは対象の役職の重さと実行するバロネッサの支援でしょ?」
そう、内容はボクでも一瞬で終わるくらい簡単だ。だけど、これはボクがやらなきゃいけない『悪』の仕事……。
「バロネッサ、これは君の実力なら難なく終わる仕事でしょう。多少の支援はしますが、すぐに終わらせてください」
「……それは」
「主義に反すると」
「いや……そういう……」
「これは父様からの任務です。君の私情など挟む余地はありません」
それは確かにそうだ……。でも……。
「バロネッサ、お前は自分が嫌な仕事が回ってきたらやらないのか? 嫌いな食べ物が出されたら残すのか?」
カルロ様が怖い顔つきでボクを睨む……。確かに『悪』という感情はボクの中にあるだけの感情であって、それが他人が同じとは限らない……。
「えぇ……ワタシは苦い食べ物が出たら残したいよぉ……」
「だからステラ姉は子供なんだよ!」
「あぁん!?」
お互いの矛先がカルロ様とステラ様に向かっているうちに、オロ様が再び静かに語りかけてきた。
「以前、君は迷っていました。何か『善』で何が『悪』なのかを……。そして、君はそれに答えを出しました、これは君が今後生きていく上での指標となるでしょう。しかし、それはそれ、これはこれ――です」
「あぁもう! いいか、バロネッサ! 大人になるってのは飲み込むことなんだよ!」
「そうそう! ごっくんと!」
「ステラ姉も最近ようやくピーマン食べてとミルク入りのコーヒー飲めるようになったからな!」
「そういうこと言うのやめてくれる!?」
取っ組み合いになっている二人を他所に、オロ様が冷たくも落ち着いたら微笑みを浮かべる。
「――バロネッサ、ボクは暗殺なんて大嫌いです」
「えっ!?」
「僕に取って殺人とは全て『悪』です。だから最小限の人数を、苦しませずに殺すようにしています。そのために磨いてきた刃です」
「俺は気に入らないと思った奴をぶん殴りたい!」
「ワタシはカルロをぶっ殺す!」
「なんだとぉ!?」
「やるかぁ!?」
取っ組み合いになっている二人もお互いの頬をつねり合っている。
「以前言いましたよね? ボクは自由になりたかったと。子供の頃は世界平和を願いましたが、学ぶにつれてそれは不可能だと理解しました。だから、最小限の犠牲でより良い世界を作ろうとしてヴェローチェをやっています」
「俺だってやりたくない仕事もやってんだよ!」
「ワタシは大男が相手なのと、高い場所のはやりたくない!」
「うるせぇ、いつも文句言いやがって! 座学も文句言わずやれよ!」
お二人が仲良く喧嘩していてくれているおかげで、心が少し落ち着いて考えることができる。
「表も裏も、世界を牛耳れるのは父様だけです。君の『善』『悪』を仕事に当てはめたいのなら父様になりなさい。それが組織に所属する者の定めです」
今まで漠然としていた自分に『個』というものが生まれてしまったから、こんな気持ちに目覚めてしまったのだろう……。
ディフィシルを殺すのは、私怨かもしれないけど、それは公正であり、均衡を図るための決断なのだ……。
――その夜。ボクはディフィシルを葬り、また一つ『心の中の欠片』が埋まった。




