第五話「手に入れなければ」
『天才』という言葉を使うとしたら、それはステラ=ヴェローチェに向けられる言葉だろう。
年齢はボクより少し上の十四歳だけど、身体はボクよりも小さくて、九歳の双子と大差がないくらい幼い。青と呼ぶには黒く、黒と呼ぶには青い、そんな髪色の長いポニーテールがなければ少年と見間違えられるかもしれない。
しかし、もう一度言う。彼女は『天才』だ。
今日は暗殺に関する訓練だった。普段はオロ様やカルロ様が指導をしてくれるのだが、今日は珍しくオロ様に手を引かれて長女のステラ様が来ていた。
「兄様、ワタシは人に教えるの苦手だっていつも言ってるじゃーん!」
「そうですね、だからこれはステラの練習でもあります。皆さんにしっかり指導してください。では」
青空の運動場に、三十名程度の孤児たちと共に置いていかれたステラ様は少し泣きそうな顔をしていた。
「うぅ、ワタシもこの前まで『そっち側』だったから、教えるの苦手なんだよなぁ……」
ステラ様が『ヴェローチェ』となったのは四年前、つまり今のボクよりも若い十歳の時だ。だから、今のボクとヴェローチェになったステラ様とは大きな差があるはずだし、そこを埋めればヴェローチェに近づける――はずだ。
しかし、そう思ったのは浅はかな考えだった。
「しかたないなぁ。じゃあ、ワタシが最初にやるから真似してねー。みんなナイフと砥石を持ってきてぇー」
木箱に入れられた鉄製のナイフを取り、廃材置き場から各自で使い古された四角い砥石を一つずつ持ってきた。
彫金で使う砥石も硬いとは言っても、いずれは寿命がくる。これらは研磨力の落ちてしまったものや、単純に落として欠けてしまったものなどだ。
ナイフと砥石、これでどうやって暗殺の訓練をするのだろうか……。
「じゃあ、いくよー、見ててねぇ。せーの!」
ステラ様が砥石を頭上へ投げ、目の前まで落下してきた瞬間に、棒立ちしたままナイフを持った右手を一瞬だけ動かした。
次の瞬間、ステラ様の足元にも落ちていたのは斜めから真っ二つに切断された砥石だった。
まるで当然のように行われたため、その異様さに気がつくのに一瞬時間がかかってしまった。
「今日はこうやって硬いものを切る練習! 人間だと骨とか硬いからね。じゃ、みんなもやって!」
「あ、あの……。ステラ様、今のどうやって……」
呆然としていた皆のなかで、口を最初に開いたのはペンナだった。
「どうも何も、砥石をよく見て、ここだっ! ってところをズバーって!」
「な、なるほど……」
おい、そこで日和るな! 馬鹿ペンナ!! もっとがんばれ!
「はい! ステラお姉ちゃん!」
「なぁに? ヴィス?」
次に声を上げたのは最年少の少女、ヴィスマールだった。
確かまだ六歳だったろうか、孤児院で身体が最も小柄なこともあって少女というよりは幼児だ。黒い髪の毛もボサボサなうえに長く、手入れがあまりされていない。
ヴィスマールはステラ様が拾ってきた孤児ということもあって、仲がとても良くまるで姉妹のように慕っている。
「ステラお姉ちゃんが切ったのって、ヴィスの砥石だとこの辺り?」
そう言いながら、ヴィスマールが砥石の中ほどをナイフでカンカンと叩く。
ヴィスマールは自分のことを『ヴィス』と呼び、そしてステラ様にだけ『ヴィス』と呼ぶことを許している。
ボクが言うのもなんだが、人の心というものは複雑だ……。
閑話休題。ヴィスマールが砥石にナイフを当てたところには特に何もなかった。
「そうそう! そこそこ!」
「やったぁ!」
お互いに言いたいことが伝わったからか、二人が喜んだだけで話が完結してしまった。
「そこを切るとね、切れるんだ! みんなもやってみてよ! 人を切るときに役立つんだ!」
ステラ様が嬉しそうに皆に声をかけるも、ヴィスマール以外に理解できるものはいなかった。
いや、アルマとアルテの双子は理屈こそ理解できていない様子だったが、驚いていない事から『その先』を見ているのかもしれない。
「えっとね、ステラお姉ちゃんが言いたいのは、この砥石の『弱点』を見つけて切れば良いってことなんだよ」
弱点? 砥石の……?
「ヴィスはそういう『物の弱点』や『未熟な部分』がわかるんだよね、だからこうやって――」
ヴィスマールが左手で砥石を持ち、右手でナイフを握って振り下ろすと、甲高い音とともに砥石が真っ二つに割れた。
「こんな感じ、ね?」
ヴィスマールが自信げにニッコリと微笑む。
六歳のヴィスマールの腕力で叩き切れるはずがない。そう思い、ボクや他のみんなも真似してナイフを振り下ろしてみるが、砥石かナイフの刃が欠けるだけで切れる事は全くなかった。
「ステラ様、ヴィスマール、できれば教えてほしいことがあります」
挙手して発言したのは双子の姉のアルマだった。
「なぁに?」
「それは『地力』ですか? それとも『別の力』ですか?」
続いて発言したのはアルテだった。
「ワタシは『地力』かなぁ」
「ヴィスのは『能力』って、前にステラお姉ちゃん言ってたよね!!」
ヴィスマールが嬉しそうにステラ様の顔を見つめる。
「あ、それ言っちゃ駄目って兄様に言われてたじゃん!」
「あっ!」
慌てて口を塞いだヴィスマールだったが、もう手遅れ。みんながざわつき始めていた。
明らかに普通では成し遂げられないであろう技術、そして『能力』というもの……。
一体……。
「うむ……。やはり、感覚的過ぎるステラでは些か授業になりませんでしたね……。口を滑らすのも良くない。今後の課題とします……」
いつの間にか立っていたオロ様が、やれやれといった顔でステラ様のもとに歩み寄ってきた。
「ステラはまだ座学を皆さんと学んでも良いかもしれませんね」
「えぇっ!? やだよぉ! 兄様ぁ! それに口を滑らしたのはヴィスだよ!?」
オロ様に抱きつくステラ様を見て、まるで年相応の子供のようだと思う一方で、地力で硬い砥石を一斬りで切断する。
この人は間違いなく『天才』だ。
そして『能力』というものについてもっと知らなければボクが他の孤児たちとどんどん差を離されてしまうだろう。
ヴィスマールはもう既に『持っている』。
オロ様、ステラ様、カルロ様――ヴェローチェ三兄弟の方々も『持っている』。
双子のアルマとアルテが言う『同調』もそうなのだろう。
きっと、他にもいるに違いない……。
『ヴェローチェ』の名を得るには優秀であるという条件があるが、具体的な条件は示されていない。だけど、この『能力』という存在を知った今は必要不可欠なことくらいボクでもわかる。
手に入れなければ……。
ボクだけの『能力』を……!




