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第四十九話「愚者の旅は世界で完結する」

 それは突然やってきた。


 先日の能力に関する話し合いがあってから一週間も経たないうちに、父様とうさまから呼び出されたのだ。


 昼食を食べ終わったところで突然オロ様が急ぎ入ってきて、腕を引かれてそのまま宝石店の地下へ連れて行かれた。普段、暗殺の指令を出されるのとは訳が違う、地下へ降りる階段が重く冷たい空気に満ちているような感覚に陥る。


 窓も何も無い部屋、暗殺の指示をされるその部屋には『玉座』と呼ばれる椅子がある。


 別に何ら飾りがあるわけではない。ただ少し大きくて古いだけの椅子だ。しかし、その存在感だけは異様だった。


 既にカルロ様とステラ様が部屋に並んで立っており、二人の間に立たされ、オロ様はボクの背後に立った。


 心臓が痛くなる。これは恐怖か? なんだこの感覚は……。


 ガチャリと部屋を開ける音と共に白いスーツを着たスキンヘッドの威風堂々とした大柄な男性が現れた。


 父様とうさまである。


 父様とうさまが椅子に座った瞬間、身体が自然とひざまずく。周りのヴェローチェの方々も同様だった。それは、絶対的な支配者に対する、本能的な服従だった。


「そう畏まらなくても良い。オロ、発現者の説明をせよ」


「はっ。バロネッサ、十三歳、女性。出自はドゥラ家ですが、例の騒動で孤児となりヴェローチェに至ります。ヴェローチェに来てから一年半程度。彫金、暗殺、給仕、いずれも能力は並ですが伸びしろはあります。今回発現したのは『記憶を整理する』というものですが、発現は一度のみです。」


「ドゥラ……アレか。なるほど、わかった」


 オロ様が淀みなく説明を行った。ボクはそういう評価がされているのか……。


「次、ステラ。発現について説明せよ」


「は、はい! 発現は二週間前の休日のことです。前日の暗殺で死体を乱雑にしてしまった件で注意を行った後、バロネッサが雑談をしていたところ、能力が発現しました」


「前段部分が誰のことか不明瞭なうえ、その雑談の内容についてを詳細に報告せよ」


「は、はい!」


 ステラ様が明らかに恐怖し、焦っている様子が伺える。いつも明るく気の強いステラ様とは全く別人だ……。ボクも同じ立場だったら緊張で言葉に詰まってしまうだろう……。


「えぇーっと……。デアの野性的な部分が原因で暗殺に失態がありまして、その悩みを話したところ、能力の発現を感じて、ルナに占って貰ったアルカナを反転させて、整理整頓してもらいました……」


「どうしてルナが突然現れる、話が支離滅裂だ。もう良い、バロネッサ、お前が自ら説明せよ」


 父様とうさまの目線がボクに向けられる。重圧に耐えられず隣を見ると、叱られた猫のように肩を落として泣きそうな顔をしているステラ様がいた。ステラ様がここまで怯えている姿を見るのは初めてだった。


 萎縮して言葉が出ずにいると肩を叩かれ、後ろをチラリと向くとオロ様が微笑んでくださっていた。


 ほんの僅かだけど、その手から勇気が伝わってきた。その微笑みがボクの萎縮していた心を僅かに解き放ってくれた。


「は、はい。ステラ様から話があった通り、当初デアさんから野性的な面を出してしまって暗殺が上手く行かなかったという相談がありました。『困っている人を助けたい』というのがボクの信条です。そして困っているデアさんのことを想ったときに能力の発現を感じました」


「なるほど、続けろ」


「ボクがこの能力を発現した時に感じたものは『世界を創り変える』というものでした。ボクにとって一番身近な『世界』はルナさんのセフィロトの『世界ワールド』でした。ですので、ルナさんにデアさんのアルカナを占って貰った次第です」


「それでどうなった」


「占って出現したのは『悪魔デビルの正位置』でした。そこでボクの能力を発現させて『逆位置』にしたところ、デアさんの頭の中が整理整頓され、野性的な面を押さえることができました。実際、再度占ったところ悪魔デビルの逆位置に変化していました」


 父様とうさまが腕組みをする。緊張感は未だに解けない。


「オロ、試行回数は?」


「能力自体の発現が一度のみなので再検証は出来ておりません。ただし、能力使用後にデアの注目アテンションの能力に変化が出ていることから、かなり強力なものと思われます」


「うむ……。まだ未完成でありながら発現したということか。カルロ、刻印インスクリプションで完成を促すことは可能か?」


「畏れながら、能力自体の記憶に触れてしまう可能性があるあるため危険が伴うかと……」


「確かに傷をつけては元も子もないか」


 父様とうさまの低い声に、まるで自分が実験動物のような感覚に陥る。


 心臓が張り裂けそうだ……辛い……。


「結論から言えば脳内の整理整頓、思考の最適化、再構築……。とても『世界を創り変える』などという想いとはほど遠いな」


父様とうさま、一点気になる点が」


 背後にいたオロ様が声を上げた。


「ルナのセフィロトによって現れているバロネッサのアルカナです」


「それがどうした?」


「明らかに他の者よりも出現している数が異常なのです。先のカードの反転と関わるのであればアルカナの数も何か関係があるかもしれません」


「ふむ……具体的には?」


「大アルカナの数は全二十二枚、占いで現れる枚数は他の者は多くて三枚から五枚程度のところ、バロネッサの枚数は自身をいれて十五枚です。この枚数はバロネッサが言うには『大事な事を教えてくれた相手』の数だそうです」


「本来ならば全て揃わなければならないところが、過半数を超えていたから使えた……と言えば随分と気前の良い話だな」


「そして、個人の力ではなく、他人からの影響から発する力は想像が出来ない力になり得ます」


 オロ様は再び口を閉じ、下を向いた。


「未知数だが能力もわかった。そしてバロネッサ、お前がまだ未完成だと言うこともな」


「は、はい……!!」


 怖くて顔を上げられない、どうしてだろう、身体の自由が全く利かない……!


「恐らくだが、ワシのアルカナは『世界ワールド』だろう。だからバロネッサ、お前を成長させるために大事な事を教えてやろう」 


 父様とうさまが立ち上がる姿が視界の端から見える。


「今お前の身体が動かないのは能力でも何でもない。先ほどから発しているのはただの『殺気』だ。人間と言えども獣だ、本物の殺意の前では逃げることも出来ずに怯えてしまう。これが『完成』した人間の放つ気だ!」


 両隣のステラ様とカルロ様を見ると苦しいながらも耐えている様子が伺える。ヴェローチェのお二人でも苦しいのだろう。


「そして、これがワシの能力である『威圧プレッシャー』だ。受け取るが良い!」


 まるで衝撃波のようなそれは受けたと思った瞬間に意識が飛んでしまった。



◇ ◇ ◇


………………

…………

……


「目が覚めましたか……?」


 宝石店の休憩室で寝かされていたボクは、目眩と共に身体を起こした。


 確か父様とうさま威圧プレッシャーを食らって……。


「あれを食らうと僕たちでも意識が一瞬飛んでしまうのであまり使われると困るのですが……。耐えられるのなんて無敵インビンシブルの能力でも持っている人だけでしょう。バロネッサは割とすぐ回復したほうですよ」


 時計を見ると三時間以上は過ぎていた。


「あぁ、服は全て変えておきました。上は嘔吐と下は失禁で汚れてしまいましたからね。誰でも通る道です、気にしないでください」


 オロ様に笑顔で言われてしまうが、気にするなという方が無理である。不可抗力とは言え、女である面を全て見せることになるのだから……。


「すみません、ただ報告すれば終わりだと思っていたんですが、いつもこうなんですか……?」


「いえ、いつもは説明して終わりですよ。もちろん吐きそうなくらいの重圧はありますが……」


 目眩がしながらも立ち上がって、失態を誤魔化すかのように懸命に平静を装い、元気な様子をオロ様に見せる。


「それで、どうですか? 世界ワールドのアルカナを手に入れた感じはありますか?」


「うーん、確かに増えているような……。衝撃が強すぎて分からないというか……」


「でも、きっと世界ワールドに関しては僕は心配していませんよ」


「そうなんですか?」


「えぇ、きっと最終的に君自身が『世界ワールド』になると思っています」


「ボク自身が世界ワールドに?」


愚者フールの旅は世界ワールドで完結する、それならば全てを得た君のアルカナが世界ワールドに転身することは何ら不思議ではありません」


「うーん、なるほど……」


 父様とうさまに能力を報告するだけが何だかとてつもないことになった。


 まだまだ集めなければならないアルカナはたくさんある。一体誰がどのアルカナなのか……。


 いや、どのアルカナだから交流を深めるというのは失礼な話だ、ボクは様々な人と出会って学んでいくんだ……!


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