第四十七話「頭の中を整理整頓する」
デアさんの話が一段落して、ボクが全員分の紅茶を淹れて小休憩を取った後、改めて話が始まった。窓の外の太陽は少しずつ傾き始めていた。
今度の議題の中心はボクだ。それが分かっていたから、紅茶を淹れる手が微かに震えてしまっていた。
「さて、僕個人としてはこちらの方が気になっていたのですが、バロネッサの能力の発現についてです」
「アタシも目の当たりはしたけど、正直よく分からないと言うのが感想だよ」
「ボク自身もどうして使えたのか、何が出来るのか、よく分からないまま使えなくなってしまいました……。ただ、感覚として困っていたデアさんを助けられるという確信がありました。それがボクの感覚で言えば『世界を創り変える』という感じです」
心の中にあるバラバラだった欠片が組み合わさって、一瞬何かができる気がした。でも、それはまだ完成されたものではなくて、結果的に一度きりしか使えないものだった……。
「バロネッサさんの能力を受けた身としては、まるで頭の中が整理整頓されるような感覚でした……。野性的な自分と人間的な自分が分かれていたものが正しく混ざり合って、一つになったような……」
オロ様がアゴに手を当てて少しだけ時間をおく。
「……ルナのアルカナの使用が前提の話になってしまいますが、意識の書き換え、反転、改心、悪く言えば洗脳、そういった能力でしょうか」
「洗脳……ですか」
自分の持つ力が呪われたものかもしれないという事実で背筋に悪寒が走る。誰かの心を意のままに書き換えられるという、あまりにも強すぎる力に恐怖した。
「あくまで可能性の話ですよ。バロネッサにとって都合の良い改変ができるのであれば、洗脳ともとれるという話です」
確かに今回はデアさん本人にとって良い方向へ向かったけど、もしこれがボクにとって都合の良い内容だとしたら……。
「バロネッサは何を思ったらこの能力が使えるようになったのぉ?」
ステラ様が何気なく聞いた質問に、オロ様が口を挟んだ。
「――バロネッサ、全て君の話は全て君の権限で話しなさい。話したくないことがあれば話さなくて構いません」
「は、はい……! ただ、ボク自身では解決しない話だと思いますので、包み隠さず全てお話します。えぇっと何を思ったらですよね、デアさんの生い立ちを聞いて『困っている人を助けたい』と思いました!」
馬鹿みたいに正直に話す子供になってしまった気がする……。
「なるほど『困っている人を助けたい』――ですか、君がヴェローチェに来た時からいつも口にしている言葉ですね。それがデアという悩んでいた人物の思考を整理して、それがセフィロトでは反転した状態として現れた……ということですか」
「なーんか、随分と複雑で曖昧だねぇ」
「往々にして能力の発現など一見関係のないことから生じることもあります。僕の『浮遊』も別に空が飛びたかったわけではありませんし」
「に、兄様!?」
突然オロ様が自らの能力に関する内容を口に出したため、その場にいた全員の視線がオロ様に集中した。
「バロネッサが包み隠さないというのであれば、僕も隠すのは失礼にあたるでしょう。別に僕の能力は隠していませんし、かといって詳細を教えるわけでもありません」
「そ、そうかもしれないけど、兄様……」
オロ様がボクのことを尊重して自らのことを……。本当にボクたちのことを信頼して対等に接してくださるお方だ……。
「僕は以前、自由になりたかったのです。ヴェローチェになる以前――孤児だった僕は頭が悪かったので、自由が何かもわからず、ただ偉くなれば良いと思っていました。だから父様に拾ってもらった僕はひたすら頂点を目指し続けてきました」
「アタシだってそうだし、みんなそうですよ、それはヴェローチェでは普通の考えです」
「そうでしたね……。甲斐あって僕は目標を実現してヴェローチェの名を得ました。しかし、ヴェローチェとは自由とはほど遠い『呪い』でした」
「バロネッサさんも言っていましたね……ヴェローチェは『首輪』だって……」
「やっぱり拾った子の考えることは似るんだねぇー」
「ヴェローチェとなった僕は一度だけ許可を取って家出をしたことがありましてね。一ヶ月ほど店を空けると宣言して旅に出ました。様々なものに触れ、出会い、そして別れ、何ものにも干渉されず自由に過ごせる時間は夢のようでした」
「でも、結局半月くらいで帰ってきたんだよねぇー」
「えぇ、自由であることは同時に不自由でもあると実感しました。僕はどうやら何かに呪われていないと生きていけない人間だとわかったからです。ですが、やはり僕が欲していたのは存在しない『天を翔ぶ鳥のような自由』でした。それが『浮遊』となって現れたのです」
「兄様は『何もしない』を出来ない性分なんだよね」
『呪い』か……。ボクの思った『首輪』とは少し違った意味合いに感じた。ボクのいう『首輪』は言い換えるなら『束縛』だけど、オロ様の言う『呪い』は『依存』という意味合いに取れた。
オロ様は仮にヴェローチェという呪いから解き放たれても、結局別の呪いがなければ生きていけない、そんな辛い境遇であることを感じてしまった。『自由』を願った結果が結局『依存』という鎖に繋がれて……そんな孤独な業がボクの胸を締め付けた。
「えっと……ステラ様はわたしと喧嘩した時には能力が使えるようになっていたんですよね……?」
「うん、何も無い所に一人手ぶらで置いていかれて歩いて帰ってきたんだー。いつも迷子になってたけど、能力のおかげで帰ってこられたんだぁ。考えた願いでいうと『迷子になりたくない! 早く兄様に会いたい!』かな?」
「能力の中身については聞かないですけど、控えめに言って死の宣告ですよね、それ……」
「ヴェローチェになるために能力が使える必要はありませんが、貪欲さは必要です。その点、ステラはヴェローチェになってからどこか増長している様子があったので、伸びた鼻をへし折ってあげました」
「酷いと言うかなんというか……。アタシでもちょっと引くよ……」
流石のルナさんも絶句している。
「まぁ、能力も手に入ったし、目的地まで真っ直ぐ進んでたらデアとも出会えたし、悪くはない旅ではあったけどねぇー」
飄々としている……。ステラ様のこの余裕はどこから湧いてくるのだろうか、それこそがヴェローチェの風格と呼ぶべきか……。狂気と呼べるほどの自己肯定感が折れることはあるのだろうか……。
「結局、わたしは『守りたい』、ステラ様は『迷子になりたくない』という気持ちで能力が使えるようになって、ルナさんは『孤児院の子たちの世話をしたい』、オロ様は『自由になりたい』、そしてバロネッサさん『困っている人を助けたい』ですか、皆さん能力と中身が微妙に合ってるようななんというか……」
デアさんが頭を抱えている。
こうしてみると確かにみんな能力と願いが近いような遠いような……。
他にボクが知っている範囲では、双子は『一人でいなくては』という気持ちで同調に目覚め、セリオさんは『頭が良くなりたい』という気持ちで測定に目覚めたと言っていた。
そして、エラさんは『忘れたい何かがあった』ということで忘却に目覚めていたとカルロ様が言っていた。
みんな想いと能力が完全に一致はしないけど、願いに近い能力が現れている。
ボクの願いはずっと変わらない『困っている人を助けたい』というものだ。
それならボクの想いから『世界を創り変える』と感じた能力はなんだ……? 困っている人を助けたいという願いから、どうしてこんな途方もない感覚の能力が生まれたのか。
本当にデアさんの頭の中を整理整頓してアルカナを逆転させただけなのか……?
いや、アルカナの逆転はルナさんの能力ありきの結果だ、ルナさんがいなければ分からない。
『こういうものは感覚だ』と何人もの人たちが言っているけど、『頭の中を整理整頓する』という能力にはあまりしっくりきていない。ボクの中ではもっと巨大なものに感じたからだ。
「うーん、ボクの能力――もう消えてしまいましたけど、頭の中を整理整頓するだけじゃない気がするんですよね」
「そういう感覚は大事ですよ。バロネッサがそう感じていないのであればきっと違うのでしょう」
「細かい部分は実際にやらないと分からないけど、大体どういう感じの能力なのかは何となくわかるもんねぇー」
「逆に、今の時点で感覚として分かる部分はあるのかい?」
「そうですね……まだ未完成だっていうのは実感しています。だから、使おうと思っても使えない、デアさんの時はたまたま使えた――それだけです」
「つまり何のきっかけもないというわけか、まぁ記憶の整理に近い何かが能力なのは間違いないと思うが」
「そうですね、とりあえず一度その結果を父様に報告しておきます」
「父様に!?」
「えぇ、ヴェローチェでは能力に目覚めた者は必ず父様の耳に入れています。詳細な能力までは開示する必要はありませんが、そこだけ報告義務があります」
「わ、わかりました……」
とても大きな物が動き始めた……そんな予感のする一日だった……。




