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第四十六話「女神みたいだよねぇ」

「えーっ!? 辞めたいの!?」


 翌日の昼、ルナさんに連れられてボクとデアさんは宝石店の休憩室へ来た。


 四人がけの机に追加で椅子を持ってきて、五人で向かい合って話をしている。


 まずは昨日の事をステラ様とオロ様に伝えると、早速ステラ様は驚き慌てふためいていた。


「なるほど、僕個人としてはバロネッサの能力について気になるところですが、まずはデアの進退についてから話したほうが良さそうですね」


 オロ様はボクの完成を楽しみにしているから、今回の能力の発現は気になるところなのだろう。


「なにか嫌なことあった!? 誰かに何かされた!? 言ってみて! 代わりにワタシが殺してあげるよ!?」


「あぁいえ……! そういうのではなくて……!」


「じゃあ、なんで!?」


 ステラ様が前のめりになってデアさんの顔にどんどん近づいていく。


 恐らく『辞めたい』というところだけしか耳に入ってなくて、理由などは全く頭に入っていないのだろう。こうなることは想定していたけど、予想の倍を超えていた。


 デアさん本人では埒が明かないので、少しでも落ち着かせようとルナさんが口火を切った。


「ステラ様、この娘が悩んでいたのはご存知ですよね?」


「もちろんだよ! だけど、ワタシだけじゃ良い案が思いつかなくてさぁ……。兄様にも相談はしていたんだけど……」


 ステラ様が助けがほしそうにチラリとオロ様に視線を向ける。


「先日の暗殺は失敗しましたが、それは別に構いません、誰しも失敗はするものです。しかし、根本的な問題は内心の問題であり、他人がどうこうできる問題ではありませんでした。そのため、今一度自分としっかり向き合うよう注意をしました」


「デアがもう一人の自分のことで悩んでいたのは知ってたよ……? でも、辞めるほど苦しんでるとは思ってなかったから……」


 ステラ様が瞳を潤ませながら言葉を絞り出している……。ステラ様は直情的な方だ、この悲痛な表情に嘘偽りはなく、デアさんへの深愛が伝わってきた。


「ち、違うんです、ステラ様……! 辞めるのはもっと前向きな理由というか、ヴェローチェでの仕事内容と自分にあわないというか……なんというか……!」


 デアさんもデアさんで説明が得意な方ではないからか、余計に話がややこしくなってしまっている。


「ステラ様? ステラ様がデアと出会った時、この娘は猫の集団の親玉だったんですよね?」


 埒が明かないと思ったのか、ルナさんが話に割って入った。


「うん、毎日エサを獲ってみんなで分けてて、そんな生活大変だと思ったから孤児院に連れてきたんだよ」


「それが結果的に間違いだったって話ですよ」


「えっ!?」


「確かに普通の人間ならヴェローチェの方が人間的に過ごせるかもしれません。でも、この娘は猫たち――仲間を守る事が自分であることの証明だったんです」


「……どういうこと?」


「ヴェローチェとは生み出すこと、奪うこと、与えること、そして己を磨き高めること、それらの欲求は満たせますが基本的に『守る』という欲求は満たされません。人とは欲求を持つ生き物です、自分の欲求が満たされなければ自身を否定してしまうのも無理ありません」


 オロ様が落ち着き、言い聞かせるようにステラ様に語りかける。


「畏れ多くも、オロ様のお言葉に付け加えるとしたら、アルマやアルテのように互いを守りあう例はあります。ただ、二人は守ることが全てではなく二人でいることが根本的な欲求です」


 双子は守るものがあるけど、孤児院にいるみんなは守るものがない人が多い。その中で『守りたい』というのが根本的な欲求であることは辛いに違いない。 


「ワタシはデアの事を守ってると思っていたよ!? デアもヴェローチェになれば守ることだって――!」


「それは驕りですよ、ステラ。ステラがデアを『守るべき存在』であると認識していることは、ステラがデアの事を自分より下位の存在だと認識しているということです。我々ヴェローチェは孤児院の子たちに教え、導き、成長する環境は整えますが、守りはしませんし、競う相手だと認識すべきです」


「で、でも! 卑怯なことをしたり、ズルしたりしてる子たちから守ってるよ!?」


「それは被害者を守っているのではなく、秩序を保つために加害者に制裁を加えているだけです」


「むむむ……」


 ステラ様がどれだけ抵抗しようとしても、全てオロ様に論破されてしまう。今日ほどオロ様を敵に回したくないと思ったこともないだろう。


「話を戻しましょう。それで、今後はどうしたいと考えていますか?」


「ヴェローチェを出るにあたって、何か制裁的な物があれば受けます……。その後は……まだはっきりとした行く先は見えていませんが、人を守る仕事に就きたいな――って思っています……」


 デアさんがゆっくりと覚悟を持って言葉を口にする。ヴェローチェを出るということは、ヴェローチェの技術を外に出すということでもあるのだ。


 以前、ヴェローチェを卒業して他の職に就いている人がいる話は聞いたけど、その際に何かあるのかまでは聞いていない。


「まず、ヴェローチェを出るにあたって、当然ヴェローチェで学んだ技術は秘匿してもらいますが、デアに関しては制裁を加えるつもりはありません。何か必要でしたか?」


「あ、いえ……! 無いなら無いに越したことはありません……!」


「次に、これは僕個人の意見なので参考程度にしてもらえれば結構ですが、暗殺で得た人を殺す技術は人を守る技術でもあります」


 これは前に双子が近いことを言っていた。お互いを守るために暗殺の技術を学んでいるのだと……。


「他には彫金の繊細な技術はあらゆる分野で役立つでしょうし、給仕の相手の心を読み気遣うという技術は医療看護に役立つでしょう。『守る』という役割を含めて全て網羅できるのは衛生兵辺りでしょうか?」


「衛生兵ですか……」


「例えばの話ですよ。女性が医師になることは難しいですが、衛生兵であれば女性でもなりやすいですので」


「兄様、えーせーへーって?」


「軍隊で怪我をした兵士に医療行為をする兵士のことですよ。どこを刺せば人が死ぬか学んだ我々なら、どこから治すべきかというのもわかるはずです」


「確かに人も守れるし、繊細な技術も必要だし、苦しんで気が滅入っている人の心を癒やす事もできる。うってつけの仕事ではありますね」


「確かに……」


 デアさんが本気で考えているのが伺える。例えばの話で挙がった職業ではあるけど、デアさんは意外と乗り気かもしれない。


「デアが衛生兵? ってのになったら女神みたいだよねぇ、ヴェローチェの技術で何でも治しちゃうみたいな?」


「わ、わたしが女神だなんて……畏れ多いです……」


「いずれにせよ、ヴェローチェを出たいという意思は把握しました。そして、行き先を決めたら僕やステラ、カルロが助力します。ゆっくりと考えてください」


「は、はい……!」


 オロ様がゆっくりと微笑み、ステラ様が満面の笑みを浮かべる。


 反転したアルカナの影響でどうなることかと思ったけど、デアさんの行く末は明るくなりそうだ。


 『守りたい』という気持ちから新しい人生が始まる……。また一つ『心の中の欠片』が埋まったような気がする……。


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