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第四十四話「世界を創り変えます」

 ボクはデアさんを連れて、ルナさんのいる指導員補佐室へ来た。


 元々そんな部屋はなかったのだけど、気がついたらルナさんの私物だらけの部屋になっていて、皆がそう呼んでいる。


 『別にアタシの部屋じゃないんだからノックはいらないよ』と言われているけど、念の為ノックをしてから扉を開ける。


「お、何か用かい、バロネッサ? それとデアもか、珍しい組み合わせだな」


「あはは……成り行きというか。バロネッサさんがわたしのために何かしてくれるって言うので……」


「その通り、ひと肌脱ぎます! 二人とも扉を閉めてカーテンを閉めてもらってもいいですか!?」


 二人は理由がわからないまま扉とカーテンを閉めると、ボクは上着の裾を持って、勢いよく上へあげた。


「お、おいおい、坊や!?」


 『ボク』は上着を脱ぎ、胸に巻いてあるサラシをほどく。胸はまだほとんど平らだ。


 そのまま『ボク』はズボンを下ろし、履いていた下着を脱ぎ、全ての衣類を脱ぎ終わると、現れたそれは誰がどう見ても『ボク』ではなく『私』だ。


「えっ……!? えぇっ……!?」


 デアさんが私の取った行動に困惑している様子がうかがえる。それもそうだ、仮に同性だとしても急に全裸になったら困惑するだろう。


 ましてや、ついさっきまで異性だと思っていた相手ならなおさらだ。


「デアさん、これが『私』です。これが『バロネッサ』という本当の人物です」


「わわわわかりましたから……! 早く服を着てください……!!」


 デアさんは両手で自分の目を押さえながら叫ぶように懇願してきた。


「ア、アタシからも頼むよ! 変な噂が立ったら困るのはアタシも『お嬢ちゃん』も一緒だろ? な?」


 一方のルナさんは表情こそ落ち着いていたけど、珍しく慌てている様子が伺えた。


「わかりました」


 ボクは二人の慌てようとは裏腹に、落ち着いて脱ぎ散らかした服を一枚一枚着ていき、元の姿に戻った。


「バ、バロネッサさんって……女の子だったんですね……」


 少なくとも、この反応はデアさんには女だとバレていなかったということになるので、普段から上手く男性として振る舞えている証拠だと受け止めておこう。


「こんな高純度な驚き早々見れないぞ、宝石だったら一山稼げたのにな」


 ルナさんが面白そうにケタケタと笑う。高純度な驚きとは?


「これが『ボク』が隠している二面性です。デアさんの二面性と比べたら大した事ないかもしれないですけど、この二つを受け入れて日々を過ごしています」


「孤児院にいる奴らは誰しも何か背負っている奴らばかりだけどさ、アタシも最初に聞いた時は驚いたもんよ。まぁ、今部屋に入ってきて急に脱ぎだした方が驚いたかもしれないけどさ」


 せめて一言説明してから脱げばよかっただろうか、つい勢いで脱いでしまった。


「ボクは色んな人たちと出会って自分の中に落とし込むことができました。だから、デアさんにもなにかできないかと思って――だからまずはボクもそうなんだって打ち明けないと声は届かないですからね」


「ありがとうございます……バロネッサさん……」


「ボクは今まで色んな人たちに教えてもらって来ました、次はボクが教える番なんだって」


「で? アタシの部屋に何しに来たんだい? まさか脱ぐためだけじゃないだろうね?」


「どうしても試したい事があるんです、ルナさんのセフィ――」


「――嫌だ、使わないよ」


 まだ全てを言い切る前に断られてしまった。


 人の運命を見る能力というものは残酷なものでもあるという事を知ってしまった。だから、ルナさんは安易に使いたくないのだろう。


「ルナさんに断られることは承知の上です、そのうえでお願いをしに来ました」


「……分かってるなら来るんじゃないよ」


「そう言われると思っていました。だからこれは取引です」


「取引だぁ?」


「はい。一つは女帝エンプレスの人物についてボクの知っている範囲で全て答えます、その代わりカルロ様には尋ねないでください。それだけの価値がある取引です。もう一つはこの占いがデアさんの今後を必ずより良いものに変えると誓います」


 ヴェローチェになるためには寡黙である事が重要だ。だけど、その知っている情報が黙っているより価値が出るのであれば別だと、以前オロ様が言っていた。


 女帝エラさんの情報を切るのであればここだろう。それがボクの判断だ。


「……女帝エンプレスのことはもうどうでもいい。それと、今のアタシは『必ず』なんて言葉は安易に使いたくなくなった」


「この孤児院には意図的であるのかないのかわかりませんが、能力を使える人が何人もいます。でも、どの能力も人の未来のために使える能力です。まずは指導員補佐のルナさんがそのお手本を見せてください」


 ルナさんが冷たい目でボクの顔をジッと見下ろしてくる。


 ――怯むな。


 ボクだってホーダー兄さんと並び、いずれは父様とうさまを目指す人間だ、ルナさんの一人や二人を説得できなければ話にならないだろう。


「言うねぇ、自分は何も持っていないくせに言うことは一丁前だな。いいだろう、今回だけは乗ってやるよ」


「あ、ありがとうございます!!」


「変なことをしたら覚悟しておきなよ」


「はい……!」


 大見得を切ったけど、本当に上手くいくのかはわからない。ただ、今のボクには不思議と自信がある。


「ほら、山札を混ぜたから今度はデアが左手で更に混ぜな」


 椅子に座ってデアさんと対面になったルナさんが、カードを混ぜて山札を作った。


 そして、今度はデアさんが左手で山札を分け、戻し、一つの山札が出来上がった。


 ルナさんが山札からカードをザッと手際よく横一列に並べると、裏向きの二十枚ほどのカードの列ができた。


「あとはこの中から一枚めくればいいんですよね……? ここも左手ですか……?」


「ここも左手でやれって説明書に書いてあった」


 デアさんが中央のあたりにあるカードをゆっくりとめくると、場にその姿が現れた。



悪魔デビル』のカードの『正位置』だった。



「こ、この悪魔デビルって何か悪いカードなんですか……?」


 デアさんが怯えた顔でボクとルナさんの方を向いた。確かに死神デスに次いで見た目が不安になるカードだろう……。


「アタシも少しは覚えたよ『悪魔デビル』の『正位置』は『誘惑、束縛、執着、本能、物質主義』、要は欲望に関するカードだね」


 どんな内容も大概は自分に当てはまるようにできてはいる。ただ、このアルカナは今のデアさんにかなり当てはまっているような気がする。


 人を殺すときは本能的で、野性的に育ち、使える能力は視線を自らに束縛するものだ。


「ルナさんの占いで出たアルカナは自身を示すものです。デアさんはこれを見てどう思いましたか?」


「誘惑、束縛、執着――どれもわたしの『注目アテンション』にも関係するし、確かにこれはわたし自身を現すカードなのかな……って思いました」


 デアさん自身もこのアルカナに確証を持っている。


 そして、ボク自身も不思議とできると思うことがある。


「……さて坊や、これから何をしようとしている?」


「ボクもよくわかっていません。でも不思議と『できる』気がするんです」


「……別に何をしようと止めはしないけどさ、面倒になっても知らないよ」


 ルナさんは厭そうな顔で立ち上がり、窓の外を見てため息をついた。


 ボクは少しだけ目を瞑って呼吸を整える。


 やっぱりだ、何かが薄っすらと見える。


 ボクが歩んできた道程が、そしてこれから進む先がほんの少しだけ……。


「デアさん、今からボクは憶測で失礼なことを言います、ごめんなさい」


「えっ……? えっ……?」


「デアさんは暗殺者には向いていません」


「えっ……!?」


「前にオロ様が言っていました、能力とは想いの力、秘めたる力と発した感情が一致した時に発現するらしいと。だから、きっとデアさんにも過去にそんな事があったんじゃないんですか?」


 デアさんもまた目を瞑って過去の記憶の奥深くへ潜っていった。


 そこにはきっとあるはずだ、デアさんの原点が――。


「わたし、ステラ様に拾われる前は道端で猫さんと一緒に暮らしていて、ご飯や寝所を共にしていました……。でも、それは最初に、本当に最初は――多分瀕死の猫さんをカラスが食べに来たときだったと思います……」


注目アテンションに目覚め、カラスの注意を引いて瀕死の猫を守った――というわけですか」


「はい……多分ですけど……。そこから猫さんたちとの生活が始まって、注目アテンションを使って港で魚をおびき寄せて獲ったり、仲間の猫さんを増やしていったりする日々でした……」


「それを一人で十歳までだっけ……? なかなか重い人生を歩んできたんだねぇ……。孤児院にいる中でもなかなかいないよ、こんなの」


 窓の外を眺めるルナさんもため息をついている。


 私だって十二歳で一人残されてしまったけど、半年で限度だった……。


 デアさんは何年もそんな暮らしをしていたんだろう……。


「やっぱり、デアさんの能力は元々人を殺めるためのものではなくて、守る為の能力なんです。他人から注目を集め、その殺意を一身に受けて仲間を守る、暗殺者とは真逆の能力だと思いました」


「確かに……それは一理あるかもしれません……」


「ヴェローチェは首輪です。忠実に作り、忠実に殺し、忠実に仕える、良くも悪くも飼われた獣です」


「これだけの暗殺集団を首輪のついた飼われた獣とはよく言ったものだねぇ!」


 突然大笑いするルナさんに対して、デアさんは苦笑いをしていた。


「本来は野性的な守る力なのに上手く発散できず、束縛され続けていた結果が今の二重人格です。その中で最も『守る』という行為と正反対の暗殺という場面で精神が耐えられなくなり、理性がなくなってしまう――と、ボクは考えました」


「確かに、わたしは彫金と給仕に比べて暗殺は苦手です……。人を殺したくないなんていう善悪の話ではなくて、自分を否定している感じがしていて……。だから、バロネッサさんの言うことはすごく納得できます……」


「デアさんは卑屈になる必要なんてありません、本当は自由人なんですから。ヴェローチェという鎖から解き放たれれば、二つの人格は融合して世界から注目アテンションされる人間になります」


 ――ボクはまだ未完成。


 でも、その兆しはきっとあるはず……!



「今から、デアさんの『世界』を創り変えます!!」



 ボクは机に置かれた悪魔デビルのカードを百八十度回転させ『正位置』から『逆位置』へと変えた。


 その瞬間、ほんの少し、揺らめくくらいの小さな光がボクの右手に宿った気がした。


「カードを反転なんかさせて……どうしたかったんだい?」


 ただただ勢いよくカードを反転させただけのボクにルナさんが尋ねてくる。


「わかりません! でも、多分なにか変わっているはずです!」


「はぁ? なんだそりゃ。デア自身はなにか変わった感じはあるのかい?」


「え、えーっと……。何となくですけど、感覚というか多分こう……これかな……? っていうのはあります……」


「どんな感じですか? ボクで試せることであれば」


「え、いきますよ……? ――注目アテンション


 デアさんの吐息のようなか細い声と裏腹に、後頭部からナイフで刺されたような強力な意識が額を突き抜けてデアさんへ向かっていくのを感じた。


 こ、これが注目アテンション!?


 否が応でもデアさんの方へ意識が向いてしまう。こんなものを何度も食らったら精神が壊れかねない。


「どうしたんだい? 坊や?」


「え!? ル、ルナさんは平気だったんですか!?」


「ん? 何がだい?」


「あ、やっぱり……。注目アテンションする相手が指定できるようになってます……! 何となく感覚的にできそうだったのでやってみたんですけど、本当にできちゃいました……!」


「よくわからないけど、デアが使えた能力に変化があったってことかい?」


「……うぐぅ、そうみたいですね。ルナさんちなみに『悪魔デビル』の逆位置の意味はなんですか?」


「えーっと『回復、解放、自立、覚醒、依存からの脱出』とかそのあたりかね」


「な、なるほど……。本当はもっと色々と話したいんですけど、注目アテンションが強力過ぎたので、ちょっと休憩していいですか……」


 初めて受けたぶつかるような感情は、頭を突き抜ける重たい感情だった……。


 そして、ボクの意識は暗闇の中へ途切れてしまった……。


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