第四十三話「全部出しちゃって……」
「…………申し訳ありませんでした、失礼します」
休日、一人で図書館へ向かう途中で相談室から深い礼をしたまま、肩を落として部屋を出てきたデアさんが目に止まった。
「……あぁ、バロネッサさん。どうかしましたか……?」
「いえ、その。何か落ち込んでいる様子だったので、つい……」
デアさんは一瞬だけ否定したい表情をしたけれど、すぐにまた落ち込んだ顔をしてボクの瞳を見つめてきた。
「その、すみません……。話せる範囲で聞いてもらってもいいですか……?」
「えっ? もちろんボクでよければ。良い答えが出せるかは分かりませんけど」
「大丈夫です……聞いてもらえるだけで十分ですので。すみません……」
◇ ◇ ◇
ボクとデアさんは孤児院の外へ出て、裏側にある焼却炉の近くへ来た。
エラさんとの嫌な思い出の地でもあるけど、休日のここは誰も来ない場所でもある。もしここが人通りのある場所だったら、エラさんの件はどうなっていたのだろうか……
ふとそんなことを思いつつ、大きな木の根元に座って二人で会話を始めた。
「その、すごく簡単に言うと『また』暗殺でヘマしてしまいまして……」
「また……? この前の依頼があった分でですか?」
先週の即売会でもいくつか簡単な暗殺依頼があった。暗殺依頼の受け取りは暗黙の了解で年功序列となっているので、今回は件数が少なかったからボクには回ってこなかった。
「具体的な内容は守秘義務で言えないと思いますけど、難しい内容だったんですか?」
「ううん……何でもいいから殺して、それを痕跡も何もかも隠して見つからないようにするだけです……」
「ええっと、こういう言い方はなんですけど、一番ありきたりな暗殺ですね」
「そうなんですよねぇ……」
デアさんの脚を抱える手に力が入っている。
「その……わたし全部出しちゃって……」
「全部って? 何をですか?」
「内臓とか、骨とか、脳みそとか、全部……」
まるで運んでいた紅茶を零してしまったくらいの規模感で話されてしまったから、しばらくの間、デアさんの言っている事が理解できなかった。絶句するとはこういうことを言うのだろう。脳内でその惨状を想像するのですらはばかられた。
「やっぱり驚いちゃいますよね……普段は小心者なんですけど、本番の暗殺ってなると人格が変わっちゃうみたいなんです……。喉あたりをナイフで掻っ切って見つからない所に隠せばいいだけなのは分かっているんですけど……」
どこをどう見ても肩を落として座り込む弱々しいおさげの少女にしか見えない。こんな人がそんな荒々しい事をするとは思えないし、しかも個人的な復讐ではなくヴェローチェという看板を背負っての殺しだというのに。
「記憶もその……ぼんやりとしていて……。対象が裏通りに入ったところまではなんとなくは覚えているんですけど……。気がついたらわたしの顔や身体や口の中まで全て血だらけで、辺り一面に人だったものの中身が散らばっていて……」
それをデアさんがやったというのだろうか……。まるで肉食獣が食い荒らしたような状態だ。
「わたしの事をいつも見張ってくれているみたいで、ステラ様がオロ様を大急ぎで連れて来てくれてその場は事なきを得たんですけど……。あ、それで今はオロ様から厳重注意を受けていました……」
確かにボクも暗殺が終わるといつの間にかオロ様がいることがよくある。あれはやはり見守っていてくれたのか。
それにしてもなんというか、今まで色んな人と出会ってきたけど、ただ気の小さい人だと思っていたデアさんにこんな一面があったなんて……。
ステラ様が言っていたのはこのことだったのか。
「またって言うことは、こういうことって、前にも同じようなことはあったんですか?」
「今回ほどではないけど、前は目立たせて殺せという内容だったから許されたんですけど……。それでも、原型を留めてなかったからやり過ぎだと注意を受けました……」
口の中まで血だらけだったという辺り、どうやって殺しているのか想像したくないのだけれど、人を『壊す』事に関しては天才的なのかもしれない……。
「言葉を選ぶのが下手で申し訳ないんですけど、デアさんって人格が二つある――って思っていいんですか?」
「うん……。わたしも今の自分と本能的な自分がいるっていう認識はあります……。ただ、それを自分で操ることはできないんです……」
「こういうことを他に知っている人っているんですか?」
「知っているのはヴェローチェの御三方とヴィスマールちゃんだけ、バロネッサさんには――いま何となく話しても良いかなって思ったから話しています、ごめんなさい……」
「いや、それはなんというか、ありがとうございます」
「バロネッサさんって不思議なんですよね……話したいって思わせてくれるというか、聞き上手……? そういう雰囲気があるというか……」
「別に聞き上手でも何でもないですよ、むしろボクが色んな方たちと話をして色々と教わっているくらいですし」
「それは話したいって思わせてくれているから……教えてくれるんですよ……。わたしだって、ほら、こうやって話を聞いてくれるだけで楽になりますし……」
……オロ様は自らの役割を『導くこと』とおっしゃっていた。
その役割がもし自分のアルカナに依るものだったとしたら、ボクのアルカナは『愚者』だ。ボクの役割は『人から学ぶこと』でありそして成長するのが役割だ。
それはつまり、ボクは相手からしたら『バロネッサに話をする』『バロネッサに物を教える』ということなのだろう。
だからボクは話しかけられるし、学べて、成長できる。
ボクはオロ様に『導かれる』のが役割だったし、オロ様はボクを『導く』のが役割だったと。
今、ボクは『話を聞いて学ぶ』という役割を果たそうとしている。
じゃあ、デアさんの役割は……?
答えを知る方法があるにはあるけど……。
「そういえば、さっきのバラバラにしてしまった話ですけど、オロ様とステラ様が片付けたんですか? よく周りにバレずに済みましたね」
「それはその――バロネッサさんってこの前の訓練の時にわたしの『能力』のことに気がついてましたよね……?」
少しドキリとした。わかってはいたけど明確に本人に能力持ちだと言うことを話をしていたわけでなかったからだ。
「えぇ、はい……。すみませんあの時は、使わせた上に結局失敗してしまって」
「ううん……元々わたしの能力を知ってるステラ様が驚いていたみたいだから十分成功だと思うよ……!」
元気がないなりに励まして貰えるのはありがたいけど、ボクはデアさんの方が心配で仕方ない。
「それならいいですけど、それであの能力が何か?」
「あの能力『注目』って呼んでいるんですけど……私に対して強制的に意識を注目させる能力なんです……」
「注目? あの時は猫を注目させたってことですか?」
確かあの時は軽く猫を呼んだら数匹現れて、大声で呼んだら二十匹近い猫が現れたんだった。
「そうなんです……。具体的にいうと、強さの段階みたいなのがあって……。動物みたいに本能的な生き物は注目させやすくて、意識を向けると寄ってくるんです……。人間は更に強く発信しないと注目させられないんですけど……」
「何だか便利な能力ですね、暗殺なら二人組で動いて暗殺対象を注目させて、もう一人が殺す――なんてこともできそうですし」
我ながら、真っ先に思いつく使い道が暗殺なのはヴェローチェに染まっている証拠なのだろう。
「それがその……誰に使うかっていうのが決められなくて……」
「えっ……?」
「辺り一帯全部に注目しかできないんです……」
「それは――その……大変ですね……」
「だから、この前の訓練の時は人間にはあまり影響がなくて、猫を集める程度の威力で注目を使ったんですけど……。多分弱い注目でもステラ様は敏感に感じ取っていて……。失敗した原因はそこにあるのかもって……」
「なるほど……」
「ごめんなさい……。話を戻すと、死体のお掃除してくれていた間はわたしが離れた場所で物陰に隠れてずっと注目していて死体に意識が向かないようにしていました……」
「ということは、掃除されていた二人は……?」
「能力使いのお二人でも注目の効果は弱いけど効くみたいなので……。常に気が散りながらお掃除していたことになります……」
デアさんの顔がどんどんと沈んでいき、地面に平行からさらに沈んでいった。
ヴェローチェのお二人に手間をかけさせたうえに、その片付けを足を引っ張らせながらやらせてしまっていたんだ、当然だろう
「デアさんはもう一つの野性的な人格をどうしたいと思っているんですか?」
「……分かりません。今は仕事の足を引っ張ってしまっているから出来ればいなくなってほしいけど……。でも、元々の自分自身であるとも思っています……。ステラ様と出会って拾ってもらったのは元の方のわたしだから……」
まるでボクと一緒だ。
『私』と『ボク』の二人が共存している。でも、ボクと私の差に比べたらデアさんは桁が違いすぎる。うまく飲み込めていないのも、実害が出ているから余計にだろう。
デアさんが抱えている苦悩はボクがかつて『困っていた』ことだ。
――困っている人を助けたい。
――ボクなら困っている人を助けることができる。
――困っている人の世界を変えたい。
そう思った瞬間だった。
ボクの心の中にある欠片が少しずつ一つになりかけているのを感じた……。
まだ未完成だけど、少しだけ形になった気がする……!
何故だか分からないけど、分からない何かが分かり、漠然とした万能感に包まれた。
「デアさん、お悩みが解決できるかわかりませんが、デアさんに見てもらいたいものが一つあります!」
「見せたいもの……?」
「そして、見極めて欲しいです。デアさんの行く末を……。ボクの『世界』を……!」




