第四十二話「こういうのは美学なんだよ」
ステラ様との店番は続く。幸か不幸か、店には殆どお客様が来ない。
さっきの『楽しい事』の話でステラ様との距離も少し近くなり、ボクの中にアルカナが収まったのを感じた。ステラ様とは『楽しく』話をしている。
「バロネッサはさぁ、どうやって給仕してるの? 多分だけどワタシよりも給仕上手いよねぇ」
「そ、そんな! ヴェローチェであるステラ様より上手いなんてことは……! 畏れ多いです!」
「いや、ワタシ給仕だけはホントに苦手なんだぁ。人を始末するのも彫金も、どこをどうすればどうなるのかが決まってるから簡単だけど、給仕は種類が多すぎるから分かんない」
暗殺や彫金でやることの全てを結果が分かって出来るという時点でとんでもないことだけど、それだけ分かるなら給仕もある程度予想できそうなものだけど……。
「バロネッサは人間が何を考えてるかってわかる?」
「何を考えているか――ですか? うーん、全部は分からないですけど……。例えば、今ステラ様は相手と上手くやり取りができなくて困ってそうですよね」
「当たってるじゃん! スゴイよぉ、何でワタシが困ってることを言ってないのにわかるの!? ワタシはなーんにも分からないんだ。言われたことはわかるけど、言われてないことは全然分からない。何でみんな言わないのに分かるんだろう……?」
ステラ様は心底不思議そうだという顔をしている。
そういえば、ステラ様は口が軽いようで固いというよくわからない人間なんだった。言われたことは絶対に守るけど、言われていないことは全く守れないと。
なるほど、やって良いことと悪いことがわからないから、給仕は常に選択肢が多すぎて対応できないのかな……?
例えば相手が手を差し出してきたら、その手が何を現すのかは何種類もあるだろう。椅子が眼の前にあるなら『どうぞおかけください』だし、初対面の相手で挨拶をされながらだったら『握手』だろう。
確かに相手の一挙手一投足、全てを見て全ての中から最善手を考えて選ばなければならない。
ただ、前後の流れから『普通』は何をすべきかを理解できるし、絞ることができる。ただ、ステラ様はそういった『普通だったらわかる』ということができないのだろう。
ステラ様の世界には、一般的な社会性や暗黙の了解などというものは存在しないだろう。ただ、相手に合わせることができないが故に自分の世界を作り出し、そしてその中で誰にも真似できない最高の作品を生み出しているのか。
何となく、天才と呼ばれる人に変わった人が多いという話に納得がいってしまった。
――いや、前にオロ様がおっしゃっていたじゃないか『誰しも何かの天才だ』って。
オロ様は『空』の天才で、双子は『同調』の天才、エラさんは『忘却』の天才で、セリオさんは『測定』の天才。
他にもヴィスマール、ルナさん、デアさん、カルロ様も力を持っているし、きっとキアロさんも持っている雰囲気がある。
こう思うと、私の周りはみんな何かの『天才』なんだな。
「ほら、またそうやって固まってる」
指で頬を突かれ、ハッとなって横を向くとステラ様がニヤニヤと笑っていた。しまった、また考え事をしてしまっていた。
「す、すみません……」
「バロネッサっていつも隙だらけだよね」
「そうですか……? 参ったなぁ……」
「ある意味羨ましい事だとは思うよ。それだけ隙ができるっていうことは、バロネッサの周りには『敵がいない』ってことだからね」
「敵がいない?」
ステラ様の言葉の意味がよくわからなかった。競うべき相手は沢山いるし、常に命をかけた仕事だってしている。いつだって緊張感のある生活をしているつもりだった。
「だって『狙う』緊張感はあっても『狙われる』緊張感はないでしょ? 敵意を向けられる相手がいない」
「確かにそう言われると、ヴェローチェに来てから命の危険や嫌な目にあったことはないですね……」
「小細工を使ってもヴェローチェではすぐ見破られちゃうからねぇ」
「そういうものなんですか?」
「バロネッサは気づいてない感じ? 時々やってる奴いるよ?」
「えっ!?」
「世間の裏側で活動してるワタシたちが気が付かないわけないのにね、すぐ兄様やカルロにバレて絞られてるよ。というより、それくらい気づいてなかったのならバロネッサはヴェローチェへの道はまだまだ遠いかもねぇー」
そうなのか、知らなかった……。呑気に日々を過ごしてたボクが間抜けみたいじゃないか……。
「例えばさ、バロネッサへの嫌がらせで食べ物に何か入れたとしたら、それは食材や食事を作った人に対しても侮辱だし、作った物をワザと不出来に細工したり、自分のものとすり替えたりしたら、それは作品や素材に対する侮辱。それをワタシたち『ヴェローチェ』は許さない」
さっきまでヘラヘラと笑っていたステラ様はいつの間にか真面目な顔でボクを見つめていた。
ボクにとっての『当たり前』が『当たり前』ではないということは理解していたけど、ヴェローチェの精神がここまで高貴だとは思っていなかった。
ヴェローチェにとって『敵』とは外部のものであって、内部に存在してはならないのだろう。
父様という絶対的な存在がいて、その下にヴェローチェの御三方がいる。今まで深く考えたことがなかったけど、父様には『上』も『横』も存在しない。
父様は下からの攻撃に気をつければいいだけだけど、ボクみたいな下っ端は全方位から狙われて然るべきなのだ。
「そもそも小細工を使うっていうのがワタシは気に入らないね! 戦うならせーせーどーどーと戦うべきだよ!」
「確かに騎士道精神と呼べるものは大事ですね」
ボクもステラ様も両腕を組んでウンウンと唸る。ステラ様ほど実直な方となると、本当に定規で引いたくらい直線的な生き方なのだろう。
「そうそう、前にカルロが言ってたなぁ『こういうのは美学なんだよ』って。『俺たちは必ず自分の手を汚して仕事をする』んだって」
「確かに裏の仕事はもちろんですけど、表の仕事も下請けに出したりはせずに全部一から作りますしね」
確かにヴェローチェは仕事の全てをヴェローチェ内で完結させている。外部に技術を流出させないという意味もあるだろうけど、極端な話、身内しか信用していないのかもしれない。
「あ、そういえば話は戻るんですけど、拾った人に似るって話ですけど」
「え? うん、なぁに?」
「確かデアさんもステラ様が拾ったんですよね? どこか感じるものがあったんですか?」
猫に好かれるデアさん。オドオドとしていてとてもじゃないけど暗殺に向いていないとしか思えないのに、どうして……? というのは前々から気になっていた。
「うーん、兄様とデア本人から言わないでって言われてることがあまり無いからいいのかなぁ……?」
「あぁ、話せる基準がってことですか?」
「うん、とりあえず駄目だって言われてる範囲を除くと、デアって十歳くらいまで猫と暮らしていたんだよね」
「猫と……ですか?」
「一時期、ワタシに兄様が『ステラは旅をして実際に見て見識を広げるべきです』って南イタリアのどこかに手ブラでポツンと一人残されちゃったんだよねぇ」
「ええっと……それってヴェローチェになった後の話ですか?」
「なってすぐくらいかなぁ、実力は認められたけど経験不足だからって。まだ十歳だったと思う、酷くない?」
「酷いという以前の問題というか……それで無事に帰ってこれたんですか?」
「うん、元々方向音痴だったんだけど、流石にこれは死ぬんじゃないかって時に能力に目覚めてさ、そこからはスイスイーって帰って来れたよ。あ、どんな能力かは教えられないからね!」
そこまで極限状態だからこそ目覚めた能力なのか……。能力に目覚めるには生死を彷徨うくらいの覚悟が必要なんだろうな……。
というか、行く先が分からない状態から帰ることができたってどんな能力なんだろうか? 瞬間移動とか?
「それで、デアのことだけど。途中でやたらと大きい猫の群れがあってさ、そこの親玉がデアだったんだ」
「猫の親玉!?」
あの小心者を体現したような人が、野生の群れを率いていたなんて、とても想像できない。
「流石にワタシも人間らしい生活をしたほうがいいんじゃないかと思ってさ、三日三晩ずっと喧嘩してたら意気投合しちゃって連れて帰ってきたんだ」
「でも、あんなにおどおどとしているデアさんが、そんな野性味あふれる人だなんて……」
「えぇーっと……これはデア本人に駄目って言われてないからいいのかな? デアって実は二重人格なんだよね」
「え、そうなんですか? 普段はそんな様子は見えないですけど」
「うーん、裏の方に関わるから詳しくは言えないんだけど、仕事中に『やっちゃう』んだよね」
「そういう時に別人格がでるんですか」
「うん、ワタシも兄様もちょっと頭を悩ませててさぁー」
ステラ様だけならともかく、オロ様まで加わって悩んでいるとなるとかなり手間のかかることなのだろう。
「確か、デアさんの年齢はボクよりも二つ上で、ステラ様と同じ十五歳でしたっけ?」
「そうそう、ワタシが拾った時は十歳だから、人間としてはまだ五歳なんだよね。だから気が小さいのもそのせいなのかなぁ」
「五歳って……。まだまだボクの知らないことばかりですね」
「ちなみにデアの能力については言わないようにって言われてるから教えれないよ!」
「あれ? でも、大体はこの前の訓練で見せてもらいましたよ?」
「まぁ、一部は見せてたよね、一部は」
ステラ様がキシシっと楽しそうに笑っている。ただ猫を集めるだけの能力ではないということだろうか……?
また一つ謎が増えてしまった。そんな店番をした一日であった。




