第四話「手に入るといいですね」
ボクの他にオロ様に拾われた子供は何人もいる。双子のアルマとアルテもそうだ。
『姉』のアルマと『兄』のアルテ。
何を言っているのか分からないと思われるかもしれないけど、本人たちがそう言っているんだから仕方ない。
キンキンと小さな金槌で金属を叩く甲高い音が響く作業部屋。いくつもある部屋のうち、ボクがいるのは四人用の部屋だ。
今日の彫金の訓練は、見本の指輪と同じ装飾をするというものだった。
部屋にいるのは、ボクとエラさん、そしてアルマとアルテの四人。
漆黒でスラリと長い髪が『姉』のアルマ、そして同じ髪型をミディアムショートまで短くしたのが『兄』のアルテ。
二人とも孤児院に入ったのはボクより半年ほど早いが、年齢はボクよりも若く九歳らしい。身体も華奢な方で、言葉数が少なくてどこか不思議な雰囲気のする二人は孤児院の中でもある意味で目立った存在だ。
「バロネッサさん、昨日は大丈夫だった?」
隣の席で作業をするエラさんがチラリと目線をこちらに向けて小さく声をかけてきた。
「あれくらいでやられるボクじゃないですよ。心配してくれてありがとう、エラさん」
ボクもチラリと目線を向けて微笑むと、エラさんも微笑み返してくれた。
まだ訓練時間がたっぷりと残っているにも関わらず、エラさんの手元には既に見本とそっくりの指輪が出来上がっていた。彫金に関して言えばエラさんは間違いなく今の孤児院で上位に入る。いや、給仕に関しても立ち回りや気配りが上手いし、ボクはまだまだ足元にも及ばない。
そのまま少し気になったから目線を反対に向けると『姉』のアルマが真剣な眼差しで指輪に向かって高速かつ正確無比に金槌を打っていた。
その更に先に目線を向けると『兄』のアルテはアルマの指輪をじっと見つめていた。
アルマ自身の指輪はというと――正直、まだ形が歪で完成とは程遠い進捗状況だった。
「なにか用かしら、バロネッサ?」
口を開いたのは姉のアルマの方だった。目線はこちらへ向けず、ただひたすら指輪に金槌を打ち続けている。
あれだけ集中して指輪を見ているのに、どうしてボクが見ている事が分かったのだろうか……。
「あ、いや、集中していたのにごめん」
「いいのよ。でもそうね、そろそろ休憩しようかしら」
姉のアルマが金槌を置くと、今度は彼女が兄のアルテの指輪をじっと見つめた。
「頼むよ、姉さん」
「えぇ、兄さん」
兄のアルテが金槌を手に取ると、今度は姉のアルマと同じくらい高速で正確無比に金槌を指輪に打ち始めた。
「……ねぇ、バロネッサさん。私ってあんまり双子ちゃんたちと作業したことないんだけど、お二人っていつもこうなの?」
エラさんが手を止めて小声でボクに問いかけてきた。
どこか不思議――というよりも気味の悪ささえある二人とはあまり関わったことがない。自らを兄と姉と呼び合い、今も何故か一人ずつしか作業をしていない。
「私たちのことが気になるのかしら? バロネッサ?」
兄のアルテの指輪を見続けながら、姉のアルマが声をかけてきた。
「いや、そういうわけじゃ……」
「別にいいのよ。エラさんも気になってるみたいだし、いい機会だから親睦でも深めましょう。兄さんも構わないでしょ?」
「姉さんがいいのなら構わないよ」
そうは言いつつも、アルテはアルマの指輪を見たままだし、そのアルマも手を動かしたままだ。
「私と兄さんはね『同調』しているの。私が見ているものは兄さんも見ているし、兄さんが見ているものは私も見ている」
「僕たちは常に同じ、常に対等、常に同じものを目指し、常に助け合い、常に繋がり、そしてお互いを尊敬しあっている。だから僕たちに差はない、アルマにとって僕は尊敬する兄さんだし、僕にとってアルマは尊敬する姉なんだ」
よくわからないということがよくわかった。
なるほど、双子に近づく人が少ないという理由もよくわかった。双子とボクたちとはきっと見えている景色が全く違うのだろう。
「うーんと、アルマちゃんとアルテくんがお互いを大事に思っているってことはよくわかったよ」
エラさんが理解できないながらも理解を示そうとしている。
「お二人にはないのかしら、そういった『能力』って?」
「特技ってこと?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言えるかしら。私たちが『同調』しているのと同じように、ヴェローチェの名を持つオロ様やステラ様、カルロ様も持っているそうよ、そういう『能力』っていうもの……」
ヴェローチェ三兄弟の方々……? どうして今そこでその名前が……?
「見ていてくれてありがとう、姉さん。おかげで出来上がったよ」
兄のアルテがいつの間にか持っていたヤスリを置くと、そこには美しく仕上がった指輪があっという間に出来上がっていた。
「アルテは正面から、私は横から指輪を見ていたの。立体的に見ることが出来るから歪な部分や削る箇所がよくわかるでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど……」
「確かに指輪を作るくらいならちょっと便利という程度かもしれない――でも、もし私が殺す相手を遠くから見ていて、兄さんが死角から一刺し出来るとしたら……便利だと思わないかしら?」
――姉のアルマが言っていることが本当だとしたら、確かにこの双子ほど暗殺に向いている組合せはいないだろう……。
そう『能力』というものが本当に存在するのなら……。
「お二人も手に入るといいですね『能力』が」
姉のアルマがヤスリを置くと、そこには兄のアルテと全く同じ出来の指輪があった。




