第三十三話「大事な事を教えてくれた相手」
自室にいたアルマとアルテを相談室へ呼び、ボクは廊下で待つことにした。
もし聞かれたくないことがあってはならないし、もし恋人でなかった時にはボクが知る権利は二人が決めてからでなければならない。
ガチャリという扉の開く音とともに二人が部屋から出てくると、二人はボクに声をかけてきた。
「バロネッサ、ルナさんは四人で話がしたいそうよ」
「バロネッサ、君の予感は的中したそうだよ」
突然の出来事にもかかわらず、双子はそこまで驚いた様子などを表情に現していなかった。ただ、一方でボクは納得と疑問の両方が生まれることになった。
部屋に入るとルナさんが悩ましそうに椅子の背にもたれてのけぞっていた。結果に対する解答を得たのと同時に、考えるべきことが増えてしまったからだろう。
ボクと双子はそれぞれルナさんに向かうように椅子に座る。
「とりあえず、坊やの言う通り双子ちゃんは二人とも『恋人』のカードだったよ」
「――やっぱり!」
「ルナさんからセフィロトについて話は大体聞いたわ。まさかルナさんも能力が使えるなんて知らなかったわ」
「その上でどうして僕と姉さんが『恋人』だと思ったのか聞かせて欲しい」
「一つは単純に前回から今回までの期間にあった出来事を思い返して、一番『恋人』に近い人を挙げたんだ。二人で一つっていうような感じの人を」
「それについては同意だよ、僕と姉さんは常に一心同体だからね」
「でも、どうして私と兄さんがバロネッサのカードとして現れたのかしら? 何かあった気はしないのだけれども?」
「それは――気恥ずかしいけど、二人には大事なことを教えて貰ったからかなって」
少しだけ頬が熱くなった。自分の心情を直接相手に伝えるということなど普段はないからだ。
ただ、さっきルナさんが――いや、元はカルロ様か、こういうのは感覚だと言っていた。だから、二人の顔が思い浮かんだのは偶然じゃない。
そして、二人の顔が思い浮かんだ理由もきっと間違いじゃない。
「今朝、二人と話した時にボクは大事な事に気づかされたんだ。人は一人だけじゃなくて、誰かと高め合うのが大事だって」
「確かに私と兄さんは常にお互いを尊敬しあっているわ」
「そして、僕も姉さんも協力し合って生きている」
「そうなんだ、二人にとっては当たり前のことがボクにとっては当たり前じゃなかった。きっと二人と出会ってなければ気づけなかったことだと思う」
「つまりなんだ、アタシのセフィロトで出てくるカードは『大事な事を教えてくれた相手』のカードって言いたいわけかい?」
ルナさんがスゴく厭そうな顔でこちらを向く。
「ボクの感覚の話なので、もしかしたら違うかもしれません。実際、誰かもわからないカードがいくつかありますし」
ただ、少なくとも今名前が分かっている人たち――カルロ様とセリオさんからは既に大事なことを教えてもらっている。
全部一人で背負い込むのが『責任』なのではなく、それはむしろ『無責任』だということ。
ボクは近道として『男』であることを選んだだけであって『女』であることを捨てたわけではないこと。
これは二人から教えてもらったことだ。
「そうすると、アタシは皇帝のカルロが……ってことかい? うーん……」
また悩ましげに椅子の背にもたれてのけぞってしまった。カルロ様が自分のカードとして出たことがそんなに嫌な事なのだろうか。
それにしても、ボクはボクの知らないところで他に五人も大事な事を教えてくれた人がいることになる。
相手が誰かはわからないけど、ボクは色んな人に大事な事を教えてもらっていたんだ……。
「バロネッサ、私たちがやっている彫金、暗殺、給仕、どれも大事な事だと思ってるの」
「作ること、壊すこと、与えること。どれも大事なことだけど、僕たちは人から貰うことはしていない」
「貰うには相手がいるし、それに伴う対価や代償がいるわ。あなたは多くの人と出会って貰ってきたのでしょうね」
「僕にとっての当たり前は君にとって当たり前じゃなかった、だから僕と姉さんが君にした話は大した話じゃない」
二人にとって当たり前である価値観が、ボクにとっては胸に響く言葉だったのだ。
「でも、それはボクにとっては価値のある、大事なことを教えてもらった話だった」
ボクなんて大した人間じゃないと思っている。でも、他人から見たらボクしか持っていないものもきっとあるのだろう。
だから、自分を卑下することはその『何か』を持っていない人を貶すことになってしまう。
ボクは自分を否定しない。
それが今まで出会ってきた人に対する敬意だ。
「三人で感動的な場面を作っているところでなんだが……」
ボクたちが互いに尊敬し合い、温かい空気が流れているなか、仰け反ったままのルナさんがこちらに話しかけてくる。
「坊や、女帝のカードに心当たりはあるかい?」
「えっ? いや、特には……」
ルナさんは仰け反ったまま黙ってしまった。
「……じゃあ、質問を変える。坊やはエラがどうなったのか知ってるかい?」
「えっ!?」
ルナさんの声が普段の軽快なものから、一転して低く重たいものに変わった。
ここでエラさんの名前が出てきたことに動揺を隠せなかった。
生きた屍となったエラさんは、今ヴェローチェの息のかかった病院に入院しているはずだ。
流石にこれを話すわけにはいかない。エラさんだけじゃない、カルロ様のためにもだ。
でも、どうして今……?
「……セフィロトによって問う。坊や、山札からカードを一枚めくりな。正位置か逆位置かで判断する」
しまった……! 確かにカードの位置で本当か嘘か判断できてしまうだろう……。
「……めくれません」
「それは答えを言っているも同然と判断するよ?」
「……それでも、めくらなければ確定はしません」
ボクとカルロ様とルナさんにそれぞれ『皇帝』と『女帝』があって、カルロ様にボクの『愚者』が出ている。
きっとルナさんは、自分に影響を与えている人物としてカルロ様とエラさんの顔が浮かんだのだろう。
そして、カルロ様にボクの愚者があり、ボクに女帝がある。何か繋がりがあると踏んだに違いない。
疑わしければ、セフィロトで強制的に答えを出せる。それが出来ることにルナさんは気づいてしまったのだ。
「アタシに影響を与えた人物なんて限られてる。あと思いつくのは拾ってもらった父様くらいなものさ。でも、あの人は全てにおいて『完成』している。出るカードは十中八九『世界』のアルカナだろうね」
父様が『世界』のアルカナか……。
ボクも少しはタロットカードについて図書室で調べはした。タロットカードとは物語になっているのだと。
何も持っていない零番の『愚者』がアルカナに示された人物と出会って成長し、最後は『世界』として完成するのだと。
だから、ボクが愚者として、様々な人から大事なことを教わって成長しているというのに納得がいったのはそこだった。
「……まぁいいさ、坊やに皇帝が出ているということは、カルロとも何かあったと捉えさせてもらうよ。これ以上は詮索しない、あとはカルロに聞く」
セフィロトの利便性の高さは人の心まで知ることができるほどであった……。しかも、心の傷が見れるほど、はっきりと……。
「……すみません」
「謝ることはないよ。それに、この力は他人に使うと心に踏み込んじまうってことがよくわかった、使い方を考える必要があるね……」
仰け反っていたルナさんが身体を起こしてボクの顔を見つめてくる。
「いや、こっちこそすまないね……。嫌なことを聞いちまって……」
「ボクは……大丈夫です」
「ボクは――か。はぁ……大丈夫じゃないやつもいるみたいだな……」
重苦しい空気が部屋の中を包みこんだ。
「私も兄さんも、今日聞いたことは胸の奥にしまっておくわ」
「僕たちが奪うのは人の命だけで十分だよ。心まで奪いたくはないからね」
「ありがとう二人とも……」
「悪いね、双子ちゃんまで巻き込んで……」
「構わないわ、今度はルナさんの力が必要になったら私と兄さんの方から声をかけさせてもらうわ」
「でも、物事を確定させる力というものは簡単に借りないようにするよ」
「自分の未来は自分で決めたいし」
「相手の言っている事が本当かどうかは自分で判断したいからね」
「違いない……。アンタたちにそれを教わるとはね、情けないよ……」
ルナさんは再び椅子にもたれて仰け反っていった。
「それじゃあ、失礼します。ルナさん」
「失礼するよ、バロネッサ」
そう言うと、双子は面談室をあとにした。
「エラさんのこと、カルロ様には聞かないで欲しいです……。その、かなりお辛そうだったので……」
「聞かないよ。聞いたところで誰も得しないってことがよく分かったからね……。ホント、嫌な女だ……。いなくなった人間ってのは心に傷を付けていくから嫌いなんだよ。坊やは急にいなくならないでおくれよ……」
「はい……」
「アタシが仰け反っているうちに帰りな、こっち見るなよ……」
「……失礼します」
ボクはルナさんが仰け反って上を見ているうちに部屋をあとにした。
色々と分かったことはある。ボクの中にあるアルカナのこと、大事な人たちから貰ったもの。
未来を知ることは不安の解消にもなるし、希望を持つこともあると思う。
でも、知らないほうがいいこともあった。確定しないことがいいこともあった。
世の中には曖昧にしておいたり、知らないことが良かったりすることもあるのだと。
曖昧さ、不確かさ、そして目に見えない感情……。
そうか、この感覚か――ボクの『心の中の欠片』が一つ埋まったように感じ……。
これがきっと『月』のアルカナなんだろう……




