第三十一話「まだまだ子供」
朝も時間が過ぎるとばらばらと人が食堂に集まり始め、本来の朝食当番だった人たちにお礼を言われながら仕事を明け渡した。
味のないパンは毎朝百個納品されて、朝昼晩の三食で平らげる。個数の確認もセリオさんなら測定で一瞬だ。
流石に疲れてきたので机で突っ伏していると、食堂に双子が入ってきたのが目に入った。双子もご多分に漏れず疲労感が残っている様子だった。
ただ、いつも掴みどころのない暗い雰囲気ではあるけど、今日はいつも以上に顔つきが暗かったのでどこか気になってしまった。
「アルマ、アルテ!」
気がつくと声をかけてしまっていた。
「どうかしたかしら? バロネッサ?」
「何か用かい? バロネッサ?」
「いや、ごめん。別に用って訳じゃないけど、やっぱりみんな昨晩ので疲れちゃったからかなと思って」
苦笑しながら話しかけると、アルマとアルテがそれぞれお互いの顔を見つめ合う。
「酷い顔だね、兄さん」
「確かに酷い顔だ、姉さん」
そう小さく声を出すと双子はボクの向かいの席に座った。
「二人は指輪づくりはどうだったの? 二人とも作るのはボクよりも得意だと思うけど」
「……全然できなかったわ」
「……僕も姉さんもまだまだ子供だと改めて認識したよ」
「どういうこと? 二人ともボクよりも彫金の腕はずっとあると思っているけど」
意外だった。二人のことだからボクよりも良い出来のものを多く作っているものだと思っていた……。
「確かにルナさんからは一目見ただけで合格点を貰えるだけの指輪は作れたわ」
「でも、それは二人がかりで三個だけ」
「体力と集中力も日付が変わる頃から徐々になくなっていったわ……」
「悔しいけど、僕と姉さんの身体はまだ幼いようだね……」
なるほど、そういうことか……。二人はまだ九歳、今年で十歳になるとは言え持久力みたいな体力面では流石に影響が出てしまうわけか……。しかも、作業の時間帯は深夜から明朝にかけてだからなおさらだろう。
二人にとって、今回の指輪製作は技術よりも持久力という、身体的な面との戦いになっていたのか。
「そうするとヴィスマールもかな?」
「私たちはヴィスマールと同室で作業していたけど、彼女は二つ作ったところで力尽きて寝ていたわ」
「ただ、彼女は一人で二つだし、出来も僕たちよりも遥かに良かった」
「ヴィスマールもまだ六歳だし、長くじっくりというよりは一気集中って感じだね」
そういえば、ヴィスマールは暗殺をする時も夕暮れの時が多くて、深夜に暗殺する時は一度昼夜を逆転させていると言っていた気がする。
そういうところも、まだ身体的な幼さが原因なんだろう。
「私も兄さんも……ヴェローチェに来て本当に良かったと思っているわ……」
「僕も姉さんも……ここに来る前は食事もろくに食べられなかったから、身長も身体も幼いままだったからね……」
ふと、二人とも弱音を吐こうとしているのを察してしまった。常に二人で支え合って、いつだって気丈に振る舞っていても、人は時々誰かに寄りかかりたい時がある。二人にとってそれが今なのかもしれない。
ただ――
「ここでは人の過去を聞かないのが暗黙の了解だけど……その……」
「違うわ、今は私も兄さんも弱音を誰かに聞いてほしいだけなの」
「自分たちの不甲斐なさと言えばいいのか、恵まれた環境にいながら使命を全うできていなかったことが……」
二人はオロ様がどこかから拾ってきたということは知っている。そして、二人には同調という能力がある。
でも、ボクはそれだけしか知らない。
「バロネッサがこの孤児院に来たのは私と兄さんが来た半年後だったかしら」
「僕と姉さんは、孤児院に来てから肉や野菜や穀物や、十分な食事を貰ったおかげでこの一年で身長が一気に十センチくらい伸びたんだ。この前、院の身長計で測ったら百三十五センチくらいだったよ」
「スゴイね……。ボクも身長は伸びているけどそこまで急には伸びてないや」
「元々貧乏な家に生まれたから食事は質素で、毎日お腹を空かせていたわ」
「だから、外に落ちている食べ物を探すためにいつも二人で歩き回っていたんだ」
「幼すぎて記憶にはないけど、両親はいきなり二人も子供ができて困っていたらしいわ」
確かに貧しい家に双子が生まれたのは、生活するうえで負担であったに違いない……。
「両親は『せめて子供が一人だったら』といつも言っていたそうだ」
「幼い私と兄さんはそれを聞いて育ったからか『一人でなければならない』と思ったのかもしれないわ、知らないうちに私たちは『同調』に目覚めていたの」
「でも、この力は忌まわしい力だった。力を知った両親は悪魔憑きと気持ち悪がって僕と姉さんを教会に預けたよ。今思えば体のいい処分だったのかもしれないね」
「悪魔憑きで値段がつかず、誰も買わなかったのは救いだったかもしれないわね」
「そんな酷い話が……」
いや、綺麗事なんて言えないか……。食うに困る人がいるのは事実だし、それを捨てる親がいるのも知識としては知っていた。
ボクはそういう困っている人たちを助けたいがためにヴェローチェの頂点を目指しているのだから。
でも、実際にそれを本人たちの口から聞くのは、とても気持ちが良いものではない。
「教会に行ってからも状況はあまり変わらなかったわ」
「神父様は良くしてくれたけど、同じ孤児たちは悪魔憑きだと気味悪がってね」
「私と兄さんから離れてくれるなら良かったけど、残念ながら暴力を受けたりや食事を奪われたりと実害の方が大きかったわ」
「最初は味方してくれていた神父様も徐々に離れていってね、頼れるのは自分と姉さんだけだった」
「仕方がないわ。自分たちの理解を超えたものは排除するのが人間の常ですもの」
悲しいけど、それは理解できる。なにより、歴史が証明している。
異端者とは常に迫害される運命にあるし、それは大なり小なり、未来永劫なくなることはないだろう。
『私』もそうだ。妾の子供だから切り捨てられた。もし本家の正当な血筋であったなら今の人生と全く違う道が用意されていただろう。
決して双子の気持ちがわかるなんて軽々しくは言えないけど、二人が共有する苦しみと、そこから生まれた絆の重み、せめてボクは理解者でありたい。
「でも、この力があったから私と兄さんはオロ様に拾われたの」
「教会の外にまで僕と姉さんの力の事は広まっていたみたいでね。それを聞いたオロ様が拾ってくれたんだ」
「ヴェローチェは能力さえあれば出世できる。そのために私と兄さんの能力は存分に使って良いと言ってくださったわ」
「そして、力のことを疎ましく思う者がいたらオロ様が必ず守ってくださるとも言ってくれたよ」
「だから、私と兄さんはこの方に全てを捧げようと決めたわ」
「それと、僕と姉さんの力はなるべく人に伝えて、その人がどういう反応をするのかも見ているんだ。幸い、ここでは気味悪がる人は少ないみたいでよかったよ」
オロ様が双子の事をそんなにしっかりと面倒を見ていたなんて……。
いや、あの方は自分が拾ってきた相手に対して、全員丁寧に扱っているのは分かっていたじゃないか。
ボクも女であることを隠したいと言ったら、それを補助してくれているし、セリオさんに対しても測定を使って何かをさせていて対価も払っていた。
早く恩に報いたい、改めてそう実感した。
「そんな経緯があったから、昔から私と兄さんはお互いのことを信じあって生きてきたの」
「どんなに辛いことがあっても、僕は姉さんを裏切らないし、姉さんも僕を裏切らない」
「私と兄さんは一心同体よ」
「でも、僕と姉さんは二人で一つではない。お互い常に競い合っているんだ」
「常に競い合っている……」
なるほど、高い目標に向かって進んでいるのではなくて、常にお互いの一歩上を目指して高め合っているのか。
「そうか、自分で話していて気がついたわ、私と兄さんは別の存在」
「でも、だからこそ常に僕は姉さんを超えようとして姉さんは僕を超えようとしてくる」
「話を聞いてくれてありがとう、バロネッサ」
「大事な事に気づけたよありがとう、バロネッサ」
「別に大したことはしていないよ。それよりほら、朝食を食べようよ」
「それじゃあ、私と兄さんでバロネッサの分も朝食を取ってくるわ」
「しっかり食べて成長しなくちゃならないからね」
二人はそう言い席を立つ。
決して二人の事を見下していたわけではないけど、今までボクは二人は『二人で一つ』だと思っていた。
それは言葉として間違っていないけど、どこか一人では一人前ではないという意味にとっていたのだと思う。でも違った、二人はお互いに刺激しあって足し算ではなくて掛け算のように増していく。
人は一人だけではなくて、誰かと協力することで更に高みを目指せるんだ。人に与え、人から貰い、その中で互いの可能性を広げ、一人では到達できなかった場所へ行ける。
この孤児院は他人を蹴落としてヴェローチェになる場所ではない。互いに高め合って、その結果得た称号が『ヴェローチェ』なのだろう。
双子の話を聞いて、ボクの『心の中の欠片』が一つ埋まったように感じた……。




