第三十話「見えない試験だ」
結局、徹夜で朝までかけて指輪づくりをして、全員が力を併せて納期までに全ての指輪を作り終えた。どの作業部屋でも机で突っ伏して力尽きている人たちがいる。
ルナさんが作り直した指輪はどれくらいあったのだろうか。少なくとも、ボクが作った指輪は全てそのまま通ったみたいだったけど。
かといって、ボクの指輪がヴェローチェの方々と並ぶ品質だったとは到底思えない。
「……疲れた」
思わずトボトボと廊下を歩いているとつい本音が漏れてしまった。
気がつくと普段の朝食の時間を過ぎていた。流石に今日ばかりは食堂に行っても殆ど人がいなかった。みんな力尽きて自室で眠っているのだろう。
ふと調理場に目をやると一人だけ調理をしている人がいるのを見つけた。セリオさんだった。
お互い同室で夜通し作業をしていたのに、元気に野菜を切っていてまるで疲れた様子が見えなかった。
「おはようございます、セリオさん。昨日は同室でしたね、いつもありがとうございます」
「バロネッサちゃんもお疲れ様ぁ、昨日はホント大変だったねぇ」
「そうですね……って、朝食の当番ってセリオさんだけですか?」
「ううん、当番の子たちはみんな疲れて寝ちゃってるみたいだから、私が代わりにやってるのぉ」
「ボクも何か手伝いましょうか?」
「ありがとうー、それじゃ野菜を切ってもらえるかなぁ? わたしはぁ、お肉を切ってるからぁ」
野菜を切る……とは言っても三十人分の野菜となるととんでもない量になる。普段はこれを十人程度の当番制で手分けしてやっているのだけど、今食堂にいるのは力尽きて倒れている人たちばかりだ。
「セリオさんって料理の時も測定を使うんですか?」
「ううん、料理は感覚で作ってるよぉ。能力使い続けるのも疲れちゃうし、全く同じ量の調味料を入れても同じ味になるわけじゃないからねぇ」
「なるほど、ボクは料理に関しては食べられれば何でも良いと思っているので、その点で自分は良くても他人に食べてもらうことを考えるとちょっと苦手です」
「愛情がこもっていれば良いと思うのよぉ」
「愛情ですか……」
それが一番難しいのかもしれない。ボクが愛情を感じたことがあるのは母親だけだ。
セリオさんと軽く雑談していると、今回の指輪作成の話になった。上下左右対称の紋章だということもあってか、恐ろしく正確に作成していて、結果的に五つの指輪を作ってルナさんの合格を貰ったそうだ。
まさに測定の本領発揮の場という感じだったのだろう。
「そういえばバロネッサちゃん?」
「はい、なんでしょうか?」
セリオが鶏肉を骨から綺麗に捌きながら声をかけてきた。
「作った指輪ってぇ、名札付けられていたのを気づいてたぁ?」
「えっ? いや、全然……。」
思わず手が止まってしまった。ついでに徹夜明けのぼんやりしていた頭も一気に覚醒した。
「実は最初にルナさんの所に持っていったのが私だったみたいでぇ、その時はただ渡しただけだったんだけどぉ、二つ目を持っていったらみんなの分に名札がついていたのよねぇ」
ボクも最終的に四個持っていっているはずだけど名札は全然覚えていない……。というか、気にもしなかったな……。
セリオさんは他人の気が付かないところに目や考えを向けられて行動出来る人なんだろう、そうでなければ今もこうしてみんなの分の朝食を作ったりなんてしてないか。
「ルナさんが直したものかどうかを判別しているということでしょうか?」
「それだったらわざわざ名前まで残す必要はないんじゃないのぉ?」
「それは確かに……」
何か意味があるとしたら三つ目の意味……。教えてくれなかったけど、それに関係している……のかな?
名札をつけるということはボクたちがつく――ガン!! ガン!! ガン!! ガン!!
「あぁ、ゴメンうるさかったぁ?」
セリオさんが肉を捌いて残った鶏肉の骨を、包丁の背で叩いていた。
「い、いえ、大丈夫です。ちょっと音にビックリしただけです」
「こうやって叩いて骨にヒビをいれて煮込むといい出汁が出るのよねぇ」
「そうだ、名札をつけるって話なんですけど、もしかし【ガン!】クたちのつ【ガン!】のに点数を【ガン!】じゃな【バキ!】すけど……」
「うん?」
「……なんでもないです」
あまり興味はなさそうかな……。
それはそうと『不合格なものは直す』ということは、見方を変えれば合格点をつけているとも考えられるわけだ。
あの時ルナさんは「アタシが手直しせずに『バロネッサの指輪は合格点だった』として納品するようにしておく」と言った。
やっぱりこれはルナさんがくれた手がかりだったんだ。ただ納品するだけならボクの物だなんて示す必要はない。
だから『ボクの作った物だと示す必要があった』んだ。
少し前、ペンナにヴェローチェへなるための試験について聞いたことがあったけど『ヴェローチェに選ばれるような何かがあったことはない』と言っていた。つまり、明確な試験ではなく試験は日常のなかに紛れているのだとしたら……。
昨晩の指輪製作がヴェローチェに選ばれるための試験の一つ――なのかもしれない。
明朝までという制限時間のある中、しかも紋章を入れなければならないような貴族相手の本番だ、本人の腕前が明確に出るだろう。
『本番だと知っていればできた』なんてのは言い訳にすぎない。ボクたちは常に最良の物を作って、最善の殺し方をして、最高のもてなしをする。
――それがヴェローチェだ。
そう考えると、昨晩のボクが作ったものはどうだっただろう……。
紋章のことで動揺して全ての力を出し切ったとは、正直な所言えないと思う。それでも、ルナさんは合格点をくれた。決して贔屓ではないだろう。
セリオさんは五個作ったらしいから、能力がピッタリとハマって高得点を出したに違いない。
そうだ、思い返せばフォーリエ夫人の――ボクのお客様のご主人を殺させたのも、もしかしたら試験だったのかもしれない。
同じくエラさんも常連客の暗殺をカルロ様がヴェローチェにするために指示したと言っていた。
その時は『心の強さを測る試練』という言い方をしていたけど、もしかしてそれがヴェローチェになるための試験……なのか?
まるで、見えない試験だ。
――いや、これは気にしないほうがいい。ボクがやるべきことは全てのものに常に全力でぶつかることだ。手を抜くことはヴェローチェになるまで許されない。
ボクのやるべきことがまた一つ固まった。そんな眠たい朝だった。




