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第二十九話「人材育成に努めよ」

 ステラ様が陣頭指揮を取る――というのは建前上の話で、実質ルナさんが指示をして夕食の準備が進められているなか、それは始まった。


 ドタドタドタと、ヴェローチェでは珍しく大きな足音を立てて早足で食堂に向かってくる音がした。この乱雑な足音から食堂にいた全員の視線が入口に集まっていた。


 勢いよく扉が開かれ、現れた足音の主はカルロ様だった。


「おい! お前ら緊急指示だ! 俺宛で明朝みょうちょうが期限の大口の注文が入った。食後から全員で手分けをして指輪の製作に取り掛かるぞ!」


 明朝が期限……? 食堂の時計を見ると今は午後六時頃、明日の朝が期限だとするともう十二時間程度しか残されていない。


「紋章の入った銀の指輪二百個、簡単な内容だが一定の品質は求められる。ステラねえが五十個、俺とオロにいで五十個、残りの百個をお前ら三十人が作ることになった」


「ちょちょちょ!? 聞いてないよ、そんな話!」


「俺もさっき聞いたからな。配分はオロにいが決めた、実力に見合った個数だとよ」


 ステラ様が慌てた様子ということは、本当についさっき来たばかりの話なのだろう。


 百個を三十人でということは、単純に計算したら一人約三個。十二時間で三個ということは四時間で一個、普段は午前か午後の四時間の訓練で一個作っているので妥当な時間だ。


 しかし、求められるのは四時間で一個ではなく、十二時間でヴェローチェの方々が作る品質と遜色ない物を三個だ。そう考えると単純な時間では測れない、持久力と集中力の戦いだ。


「ルナ、お前はこいつらが作った指輪の品質確認だ。問題ないものはそのままでいいが、出来の悪い部分はお前が全部直せ」


「へぇー、それってアタシが一番大変な仕事じゃないかい?」


「当たり前だ、指導員補佐の実力を見せろ。それと全部終わったら話したいことがある、覚悟しておけよ」


 ルナさんは基本的に直接ヴェローチェの業務に関わることはないと言われていたけど……今はそれどころではないってことなのかな……。


 ルナさん程の実力があれば、最初から自分で作ったほうが楽だろう。他人の作ったものを大量に直すなんて方が明らかに難易度の高い話だ。


 それにあとで話したいことって……もしかしてだけど……。


「よしっ! サッサと飯食って取りかかれよ! 残さず食え!」


 カルロ様の一声で全員が大急ぎで配膳を済ませて、食事を摂り始めた。


◇ ◇ ◇


 孤児院には作業部屋がいくつかある。四人で作業する部屋が三つと十人程度で作業できる部屋が二つ。


 ボクはいま四人部屋の方で作業をしている。


 作業には必ず『私』の事を知るルナさんかセリオさんのどちらかが同席するようにしてある。オロ様が取ってくれた措置だ。


 表向きは『厳しい教官のルナさんに目をつけられている』という設定になっているのだけど、流石に今回の作業ではルナさんは別室となったので、セリオさんが同席している。


 そんなことより今は作業だ、銀の板は訓練や販売用に素材自体は大量に在庫がある。板を一センチほどの幅で、そして指の大きさに合わせて切断し、金槌かなづちを使って少しずつ指輪の形に曲げていく。


 指定された大きさの輪を作ったら、銀蝋ぎんろうで輪を閉じて、その後に指定された紋章を彫って――


「この紋章って……『私』の……」


 見覚えのある紋章だった。


 深く沈んでいた七歳の頃までの記憶が蘇る。


 斜めの十字に二本の縦縞。実際に使われるのはもっと複雑な形だけど、略式で用いられるものは『IIXII』という形だ。


 これは父が二十二歳の時に一代で男爵の地位を得た偉業から、本来の二十二を表す『XXII』ではなく『II』と『XII』を使って左右対称な形を紋章として用いたものだ。


 どうしてこれが今ここに……?


 父の死と共に正妻のメーヴェ様と長兄のホーダー兄さんが家督を継いだとは聞いていたけど、その後は特に目立った話は耳に入っていない。


 父にはボクのように妾の子供が沢山いた。もしかして何かあったのか……?


 ――いや、そんなことを考えている暇はない。


 『ボク』は指輪を最低三つ作らなきゃいけないんだ、それもなるべく早くルナさんに見てもらうために。


◇ ◇ ◇


「うーん、出来は悪くない。でも、良くもない、平凡だ」


 ルナさんが作業する部屋へ一つ目の指輪を完成させたので見てもらっている。


 結果は――想像通りではあった……。


「いや、別に批判してる訳じゃないからね? 今回に関していえば没個性であることは優秀だ」


「どういうことですか?」


「今回必要なのは同一な代物だ。ヴェローチェの三人が作った百個と、アタシ達が作った百個は同じ品質でなければならない」


「そうですね、なので可能な限り力を尽くしました」


「三人は可能な限り個性を消して全く同じ物を作るはずだし、それを出来るのがヴェローチェだ。でも、アタシ達は可能な限り力を尽くしても個性を完全に消すことが出来る領域にいない。だから、この判断は誤りだ」


 ルナさんの言葉は指導員補佐という中間にいる立場だから指摘できる内容だ。ボクたちは眼の前のことしか見えていなかったけど、ボクたちの製作物をヴェローチェの品質まで持っていかなければならないから、俯瞰した視点でものを見ていたのだろう。


「発注を受けたことが誤りってことですか? それともボクたちに任せた事ですか?」


「両方だよ、クソ馬鹿カルロめ。ヴェローチェとアタシ達では同じ物を作れないし、品質をアタシ達に合わせて大量生産したら『宝石店ヴェローチェ』としての質が落ちてしまう。何が目的だ?」


「質を落としてでも納品することに利がある……とかですか?」


「まぁ、そんなところだろうね。どうしても朝までに必要でそれが出来るのがヴェローチェだけだった……。まぁ、あと心当たりが一つある」


「心当たり?」


「アタシのセフィロトだよ。この前の占いでペンタクルのエースの正位置のカードが出ただろ? あれには『利益が出る』『新しい仕事を始める』という意味があった。もしそれがこの受注の事を暗示していたとしたら、何か検証しているのかもね」


「そういえば、カルロ様が『あとで話す事がある』って言ってましたね」

 

「そういうこと。なんかムカつくな。もう一回占ってやるか」


「えっ!? 勝手にやるなって言われてたじゃないですか!」


「アタシの能力だよ? アタシが自由に使って何が悪いのさ。アイツも自分に使うには良いって言ってただろ!」


「それはそうかもしれないですけど……」


 ルナさんは一度自室に戻ってタロットカードを持ってくると、机の上で念じるようにカードを混ぜ、山札を作った。


 この枚数の山札だと、小アルカナも入っている枚数だろう。


「よし、いくぞー」


 ルナさんが目を瞑って、静かに左手を山札に乗せる。


 瞬間、全身を覆う薄く白い光が、まるで吸い込まれるように左手に集中していく。


 やはり、この白い光は……。


 そして、迷いのない手つきで一枚のカードを取り、表にした。


「えぇっと……。ペンタクルの八の正位置かな……? またペンタクルか、意味はなんだっけ……」


 ルナさんが説明書を手に取り、該当するページを探し始めた。


「意味は――『真面目に働くのが良い』『急がば回れ』『人材育成に努めよ』だってさ」


「つまり?」


「守らなかったらどうなるかまだわからないけど、少なくともアタシは大人しく言われた通りやれってことかねぇ……。それが人材育成に繋がる――と、そうなるとこれは金儲けではなくてアタシ達を育てるための実習だってことか?」


「でも、相手がいて、時間がなくて、一定の品質を求められる状況ですよ?」


「……人材育成、それにアタシが品質確認して出来が悪ければ直せ――か。なるほど、そういうことか……?」


「なるほど……?」


 ルナさんは何かに気がついたのか、一人で笑いを堪えている。


「この発注、何となく見えてきたよ。坊やのおかげだね」


「え? あぁ、ありがとうございます」


「恐らく三つだ。一つは政治だろう、質を捨ててでも取る必要のある信用。もう一つはセフィロト、検証しているんだろうね。最後の一つは教えられない、自分で考えろ」


「は、はぁ……。頑張ります」


 よくわからないけど、ルナさんの中では何か結論が出たみたいだ。教えてくれないのなら自分で考えるしかないか……考える必要があるのかわからないけど……。


「さて、話を戻して指輪についてだ。さっきも言ったが平凡だが出来は悪くない、アタシが手直しせずに『バロネッサの指輪は合格点だった』として納品するようにしておく」


「あ、ありがとうございます……」


 きっとボクに対して何か手がかりを残すような言い方だったのだろうけど、それが何か今のボクには理解ができなかった。


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