第二十八話「どんな手」
ステラ様は『一切手を出さない』と言った。
そして『どんな手でも使って良い』とも言った。
最初は十人で同時に奇襲すれば良いと考えていたけど、それでもステラ様は避けてしまうだろう。上手く行けば儲けものくらいの気持ちだった。
でも『もっと数を増やせたら』どうだろうか?
デアさんがいれば、それが出来る……!!
◇ ◇ ◇
「はい、残念っ」
息を潜めて二階の階段に潜んでいると、少し遠くからステラ様の声が聞こえてきた。恐らく一階の廊下にいるのだろう。
「アルマが見て、アルテが仕掛けてくるまでは良かったけど、手の内は知ってるワタシには無駄だよ。二人の弱点はワタシを見なきゃいけないこと、流石に見られていたら気づくからね」
ステラ様が得意気に語っている。双子の連携を無効化し、まるで対処法のお手本を見せるような余裕を感じる。
「くっ! やはり簡単にはいきませんか……」
「残念だけど普通の人間ならともかく、ワタシ相手では話にならないよ。『どんな手』っていうから期待してたのに」
恐らくステラ様のように双子の同調を知っていれば対応は可能かもしれないけど、そうでなければ普通は不可能だろう。本来ならそれくらい双子の能力は強い。
いや、知っているボクでも対応するのは困難だろう。ステラ様が規格外なだけだ。
カーン、カカッ
爪で石壁を叩く軽い音が聞こえる。
ボクたちの位置を調整する音で、セリオさんが『測定』でボクたちの位置を計測している。今のは『もう少し近づけ』という合図だ。
音を鳴らしている時点でステラ様に気づかれるのは承知の上だ。殺そうという焦りや緊張が出てしまい、そのまま近づいていけば必ずステラ様は察知してくる。
ボクたちは『ある人物』を中心に、各部屋や二階への階段に陣取っている。
訓練中にただ隠れているだけの人物。
「隠れてても無駄だよー。緊張しているのがこっちにまで伝わってきちゃってるよー」
階段の近くに隠れているある人物――デアさんの気配にステラ様は気づいている。もちろん、周りにいるボクたちにも。
十人いても全て避ける事が出来る。その自信の裏をついてやる……!!
カカカッ!
セリオさんから開始の合図が送られてきた! 全員の距離が完全に同時になる距離、測定で計測された完璧な条件!
次の瞬間、デアさんが物陰からステラ様の前に姿を現し、叫ぶ!!
「ねこさああああああああん!!!」
デアさんの大声でボクを含め、辺りにいた全員の背筋にビリっと一瞬衝撃が走ったのか、一瞬全員の視線がデアさんに集まった。その衝撃は音と同時に白い光を感じた……!
デアさんの声に誘われて窓の外から二十匹ほどの猫が一斉に廊下へなだれ込んでくる!
猫の首には木のナイフが装備されており、デアさんに向かって飛びながら走ってくるが、その間には丁度ステラ様がいる。
『どんな手』を使っても良いのなら『猫の手』を使って刺せばいい!
「ちょ、ちょ!? なに!?」
猫を避けようとした瞬間を狙って、残りのボクたち九人が一斉に飛び出してステラ様を襲う!
上は階段からボクを含めた三人が飛び降り、左側からはペンナたち三人、右側からはヴィスマールとセリオさんたち三人、合計で九人。そして前にはデアさんがいて、後ろからは二十匹の猫が押し寄せている。
さぁ、手を出さないと宣言したステラ様はどう動くのか……!
「今のビリビリはデアの――だよね……? 上手いね!」
ステラ様はデアさんに向かって突き進み、一瞬のうちに背後に回ると背中を軽く蹴った。デアさんが猫の群れに突き飛ばされると、猫たちは突き飛ばされたデアさんに向かって一直線に飛び込んでいった。
「いっ! 痛い……! 痛い痛いです……!」
木のナイフを装備した二十匹の猫に突撃され、デアさんの悲痛な声が聞こえる。猫に埋もれて見えないけど。
一方、ステラ様は階段から飛び降りながら襲うボクたちに向かってジャンプをしてきたかと思うと、あっという間に三人分の木のナイフを奪われてしまった。
ボクたちが地面に着地する前に左右から襲ってきた面々の前にナイフを投げて地面に突き刺した。
眼の前に飛んできたナイフに気圧されて、左右の六人は怯んでしまった。
ここまでで何秒だろうか? 一秒? 二秒?
ステラ様とボクたちは過ごしている時間の流れが違うのではないのだろう。
何とか状況を把握できた自分に驚きを隠せない一方で、天才の片鱗を見せつけられて唖然としてしまった。
「流石にちょっと焦ったかもぉ……」
ボクたちから少し遅れて着地をしたステラ様が一息ついて、疲れた様子を見せる。
一息付くステラ様のかたわらで、デアさんが猫に埋もれて何かを喋っているけど聞こえない。
「暗殺としては零点だけど、訓練としては満点かなぁ。良くできたと思うよー」
褒められた……のかな?
少なくとも、ステラ様を焦らせただけでも十分すぎる手柄だとは思う。作戦は失敗したけど褒められたのなら良しとしよう。
「それにしても、一瞬過ぎて何が何だか分からなかったなぁ。失敗したってのは分かったけどよぉ」
ため息をつきながらペンナがボクのもとへ歩いてきた。持っている木のナイフも役に立つことはなかった。
「ん? ペンナは見えてなかったの?」
「私もぉ、感覚では分かったけど、一瞬でよく見えなかったよぉ」
セリオさんは感覚的に――測定で察知できたけど、頭が処理しきれなかったのだろう。
「むしろバロネッサは見えてたのか? ステラ様の動きが」
「えぇ、大体はって感じ――まぁ、眼の前でナイフを奪われたからっていうのもあるかもしれないけど」
意外だな。ペンナはボクよりも暗殺が上手いから、ボクが見えないものまで見えているものだと思っていたけど。
「ヴィスも見えてたよー!」
ヴィスマールに関してはステラ様寄りの人間だから何となく見えていても違和感はない、きっと暗殺に関しての潜在能力は相当なのだろう。
エラさんがいなくなった時の気持ちの切り替えも一番早かったし、なにより弱点を見ることが出来る能力があるのだ。暗殺の本番であればボクらは足手まといになるに違いない……。
そんな事を思っていたらヴィスマールがステラ様の腋をくすぐって遊んでいる。無邪気に笑う姿を見ると、本当にさっき天才的な動きをしていた人物と同じなのか疑わしくなる……。普段と戦闘時の違いにはいつも戸惑いを隠せない。
「うひゃひゃひゃ! もう、ヴィスやめてよぉー!!」
「えー、しょうがないなぁー!」
ヴィスマールもひとしきりステラ様のワキをくすぐりおわって、ボクらの訓練もここで終了となった。
「いやぁ、ここで十人終わったならあとは半分くらい? 残りもさっさと終わらせて――」
明るく話していたステラ様の表情が一瞬強張ったと思った次の瞬間には大きく飛び退いて、少し離れていたボクのすぐ隣まで移動していた。
たまたま見つけてしまった、左の二の腕には――一筋の赤い擦り傷のようなものがついていたのを……。
「誰!?」
ステラ様が大きい声を出す。明らかに余裕がない様子が伺えた。
周りのみんなも状況が掴めず、どうしたのか不思議がっている様子だった。
目線の先には――どうして気が付かなかったのだろうキアロさんがいつの間にか立っていた。キアロさんを見るステラ様の眼は完全に暗殺者の眼をしていた……。
「……キアロです。残念、避けられてしまいましたか」
「へ、へぇ……やるじゃん……」
ステラ様が左腋を締めて擦り傷を隠す。ヴェローチェの人間として――いや、ステラ=ヴェローチェにとってこの擦り傷は人に見せられない烙印なのだろう。
「惜しかったね……ははっ……」
口では笑っているけど、顔は笑っていない。擦り傷も多分ボクしか見ていない。他の人たちからは単に談笑していた所にキアロさんが木のナイフで背後から襲いかかって失敗したようにしか思わないだろう。
「……ありがとうございます」
キアロさんが一礼する。
十人と二十匹で襲いかかっても軽くあしらわれたステラ様に、擦り傷を負わせるなんて……。
キアロさん……一体『どんな手』を使ったんだ……。




