第二十六話「習うより慣れろってやつだね」
「よーし、積んだかぁ? 木箱同士はしっかりと繋げろよー」
今日の運動訓練は高い所からの着地について、ステラ様が指導する――はずなのだけど、運動場を見渡してもステラ様の姿は見えないし、準備の指示をしているのはルナさんだ。
高さ五十センチメートルの木箱を階段状で順に並べ、最大で六箱――高さ三メートルまでの木箱の階段が組み立てられた。木箱も古びているけど頑丈で、一体訓練に何度使われてきたのだろうか。
完成した木箱の階段を眺め、ルナさんが全員に集合をかけると一斉に三十名近い孤児たちが軍隊のように綺麗に整列する。
ルナさんは元々孤児院の中でも実力は上位であったけど、それ以上に指導する立場の人間として徐々に才覚を発揮してきている。
教え方、褒め方、叱り方、それらの緩急が上手くてやる気を出させてくれる。指導という点に関して、人に教えるだけならオロ様よりも上手いかもしれない。
「よし、完成か? この訓練自体は何度もやってるけど改めて訓練内容の説明だよ。人間は高い所から落ちたら死ぬ、だから落ちるな。落ちたら死ぬな」
「………………」
前言撤回するかもしれない。ちょっと説明が足りない所があるかもしれない……。
「いいかい? アタシたちの仕事に『落下』という動作は必要ない。彫金や給仕は言わずもがなだが、暗殺においても『自身が落下する』ということはあってはならない」
「落ちながら殺しちゃだめなの?」
最前列にいるヴィスマールが右手を挙げながら質問する。ボクもヴィスマールも過去に説明は受けている――はずだけど、確かに身体を動かす訓練自体は定期的にやっていてもその理由を改めて聞くのは随分と久しぶりかもしれない。
「ヴィスマール、お前が高いところから落ちたらどうなる?」
「うーん……ケガする?」
「それもある、あとは?」
「あとはー、音がする?」
「そうだな、高さにもよるが木箱を積んだこの三メートル――大体平屋建ての家の屋根くらいの高さでも普通に落ちたら大怪我をする。受け身や上手く着地すれば怪我はしないが、どちらにせよ着地音がする」
「静かになるまで練習したらダメなの?」
「駄目じゃない。だけど、それをやるくらいの時間があるならまずは別の殺し方を先に練習をしたほうがいい、普通の相手ならそれで殺せる。それくらい優先度は低い訓練だ。アタシたちがやるのは確実な暗殺であって、わざわざ成功率の低い殺し方をする必要はない」
確かに暗殺とは誰にも見つからず、確実で慎重に、決して目立ってはならない。
落下して殺すくらいなら、落下せずに済む場所で殺す方法や、殺す場所を変えるために誘導したほうが楽で確実だ。
要は難易度の高い殺し方の練習をするのではなく、そもそもの難易度を下げる方に重きをおいたほうが良いということだ。
そして、それでも殺せない時に初めて『落下』という選択肢が現れるのだろう。
「ルナはできるの?」
ヴィスマールが命知らずな質問をして、辺りに若干の緊張が走る。
「アタシも結構練習した方だけど、高くなればなるほど成功率は落ちていくよ、当たり前の話だけどね。だから、自分を例にして他を先にやれって言っている部分もある。ヴェローチェになるなら上手く出来なきゃならんのだろうけどさ」
ホッとしたようなしないような……。
オロ様がルナさんの暗殺技術は七点と言っていたけど、合格する八点を取るにはこれも一つの判断基準っていうことなのかな……。
「よし、それじゃあ始めるよ。これは高い所から落ちる訓練じゃない、音を出さずに地面に降りる訓練だ。まずは五十センチメートルの高さからだよ! 地面には石畳を敷いたから音が出やすくなってるからね。つま先から着地して膝と全身を使って柔らかく着地するんだよ、いいね!?」
「よろしくお願いします!」
全員が一斉に声をあげ、頭を下げる。
そして、頭を上げると同時にアルマがスッと右手を挙げた。
「ところで、ステラ様が見当たりませんが?」
「あぁ、忘れてた……」
ルナさんが面倒そうに頭をかきながら、辺りに聞こえるような大きい声をあげた。
「ステラ様ぁー! いい加減出てこないとこの訓練苦手なことバラしますよー!!」
「うおっ! ちょっとルナ! もうバラしてるじゃん!!」
いつからいたのか、ボク達の集団の最後方で気配を消して立っていたステラ様が列を割って前に出てきた。気配の消し方自体はヴェローチェの中で頂点と呼べるものだったけど、その姿の現れ方は若干情けなさを感じた。
「あら、後ろにいらしたんですね」
「べ、別に逃げてた訳じゃないからね!?」
「ステラ様がヴェローチェになってから入ってきた子ばかりだから、一緒にこの訓練していたのはもうアタシくらいなものですからねぇ」
「だから見張ってたんじゃん!」
「別に? 小さい頃に頭を打ったから石畳みたいな硬い地面が苦手なんて一言も言ってないですよ?」
「だから言ってるじゃん!」
ルナさんの嫌がらせにステラ様が翻弄されている。それにしても暗殺という面に関しては誰も敵わないステラ様にも苦手なものがあったとは……。
誰しも苦手なものはあるだろうけど、まさかこんな内容だとは思わなかった。
「――というわけで、まずは今日の指導担当のステラ様に見本を見せて貰おうかねぇ」
「えぇっ!?」
腕を組みながらいやらしい顔つきでルナさんがステラ様を見る。
なるほど、ペンナがルナさんの事がを苦手だという理由が分かった気がする。
「むむむ……。仕方ないなぁ……これも後輩の育成のためだもんねぇ……」
渋々とステラ様が木箱を登り、二メートルの箱の上に立った。
木箱を組みはしたものの、二メートルの高さまで行くと音の問題以前に怪我をしないように着地するという段階になってくるだろう。
ステラ様はそれを無音で着地しようとしているのだ。それをあたかも当然のようにやろうとしているのだから、住んでいる世界の違いを見せつけられる。
「ルナ、木のナイフちょうだい」
「はいはい」
ルナさんがゆっくりと近づき、腰に装備していた木のナイフを渡す。実際に暗殺をする時はどこかにナイフを装備するのだ、どこに装備していれば邪魔にならないかも重要な要素だろう。
「それじゃあいくよー」
ステラ様が右手にナイフを持って笑いながら軽く手を振る。
「ステラ様?」
「え、ルナ? まだ何かあるの?」
嫌そうな顔をするステラ様。
「なんで二メートルのところに立っているんですか? せっかくステラ様の見本のためだけに三メートルまで積んだのに」
「べ、別にいいじゃん!」
「駄目です。三メートルからお願いします」
「……はい」
背中を小さく丸めて三メートルの木箱まで登るステラ様、可哀想と思うのは上から目線になってしまうだろうか。
「はい、今度こそお願いします」
「わかったよぉ……」
全員の視線が高所にいるステラ様に集まる。
当の本人はどこか怖がった様子で地面を見つめている。
高さとしては平屋建ての建物の屋根、あるいは二階くらいから飛ぶことになる。普通なら着地は出来ても怪我をするくらいの高さだ。
「あぁもう! いくよ!」
ステラ様が木箱から勢いよくジャンプする。その跳躍力も桁違いで、三メートルの高さから更に一メートル近く飛んだように見えた。
宙でクルリと一回転して、一秒もしないうちに両足と左手が地面につき、着地をする。音は――全くしない……。
右手に握られたナイフと鋭い視線は、眼の前にいるルナさんにしっかりと向けられていた。多分、私怨ではない。
「ど、どんなもんだぁ……」
気を抜いたステラ様が肩を落として四つん這いになった。よっぽどの心労だったのだろう……。
「流石はステラ様だねぇ、みんな拍手!」
パチパチという多少疎らな拍手が起こる。なんだかんだで音もなく着地した姿に驚いて固まっている人もいれば、ステラ様の情けない姿に微笑している人もいるし、無表情でただただ学びを得ている人もいる。千差万別だ。
「えーっとね、コツは足の指先から降りてかかとを最後に付けて、左手も入れて三カ所で着地する感じ?」
ステラ様が感覚ではなく、珍しくわかりやすい解説をしている。明日の天気は豚が降るかもしれない。
「あと、ヒザをグッと曲げてから、身体は真ん中にギュッと集めて、ヒザと一緒に上にビョーンって感じで力を逃がす感じ?」
前言撤回、やっぱり分からない。
「まぁ、習うより慣れろってやつだね。ヴェローチェのステラ様でも苦手なものはあるんだ、アタシ達は出来なくて当然、だから出来るまで練習する、それだけだよ」
確かに暗殺に関してはステラ様の右に出るものはいないけど、そんなステラ様にも苦手なものがあった。
ただ、それは出来ないわけではなくて『出来るけど苦手』なのであって、克服しているんだ。
ボクなんてまだまだ出来ないことだらけだけど、ルナさんの言う通りどんなことでも出来るまでやるしかないんだ……!
「それじゃあ、五十センチから順番に音を立てずに降りる練習だよ!」
この日は一メートルの高さから音を立てずに降りることができた。ただ、何度も繰り返して一度だけだったけど……。
それでも、まぐれでも一度出来たのならきっといつかは上手く出来るようになるはずだ……! 絶対にならなきゃ!!




