第二十五話「セフィロトにするよ」
翌日、ルナさんに連れられ宝石店を訪れると、カルロ様と今日の当番の子が店番をしていた。
「いらっしゃ――何のようだ?」
「野暮用でね、指導員補佐としてヴェローチェに対応を確認したいことがあってね」
「……バロネッサはなんだ?」
「証人みたいなもんだよ。部屋を貸してほしい、話はそれからするよ」
「ったく……」
カルロ様の眉間の皺が深くなった。日中にルナさんが店に来るという行動が、どれほど面倒事であるかを物語っている。しかし、面倒そうな顔をしつつも、重要な話なのだと察したのか、カルロ様は地下の個室へと案内してくれた。
地下の部屋で席に着くと、空気は一気に重く張り詰めたものになった。ランプの光が弱々しく、部屋全体に沈んだ影を落としている。ルナさんは自身の能力をカルロ様に対して実際に使いながら説明した。
最初に現れたカードは『皇帝』だった。そして更にカードを引くと『女帝』『教皇』『星』『月』『愚者』のカードが現れた。『星』はヴィスマールの時にも現れ、『月』はルナさん、そして『愚者』はボク自身のカードだ。
案の定、カルロ様はとてつもなく面倒そうな顔をしている。目の前で繰り広げられた常識外の現象に、内心で苛立ちを覚えつつ今後のことを考えているのが見て取れた。
「――というわけだ、どうすればいいか判断しておくれ」
「どうって言われてもよ……そんな大事は俺だけの判断じゃ決められねぇよ」
「ヴェローチェなのにかい?」
「うるせぇな……」
敢えてオロ様ではなくてカルロ様に話を持って行く辺りに、ルナさんの意地の悪さをヒシヒシと感じている。
カルロ様は自分の範疇のことに関しては恐ろしく判断が早い反面、他人の人の領分に関わるものについてはめっぽう弱い部分がある。
エラさんの一件があってから、カルロ様が如何に良い人なのかが伺い知れる。自分が勝手に決めて迷惑ではないか、最良の判断で間違いなくても相手の気持ちを尊重したい――他人に対して気遣いが出来る人だからこそ迷ってしまうのだろう。
まぁ、これを悪く言えば優柔不断と言うのかもしれないけど。
「全く役に立たないねぇ、アンタが駄目なら一つ上のステラ様に相談しようかねぇ」
「ちょっと待て! それだけはやめろ! もっと面倒なことになる!」
「じゃあ、アンタが何とかしておくれよ。面倒になるんだろ?」
「仕方ねぇな……」
そう言いながらカルロ様は一度部屋を出て、一冊の本を持って戻ってきた。
「なんだいその本は?」
「俺の備忘録みたいなもんだよ。自分の能力の条件なんかを忘れないように細かいところまで記してある。他人に明かすとしても大まかな部分だけで、細かい部分については父様にも教えていない」
「へぇ、報告義務はないのか。意外だね」
「これでも一応将来『父様』になるかもしれない候補なんだぞ、能力を詳しく知る人物が少ないに越したことはない――という考えだそうだ」
確かに、不思議と頭になかったけどいずれカルロ様が父様になる日が来るのかもしれない。
カルロ様がどんな能力を持っているのかは知らないけど、確かにそれを知っている人数は少ないに越したことはないだろう。
そう考えると、どうしてオロ様はボクに空を自由に動ける能力だと教えてくれたのだろうか……?
「とりあえず、この場だけでもいいから適当に名前をつけろ。概念のままだと話しにくい」
「あぁ、それならちょうど説明書の本に載ってた中に気に入った単語があったんだよねぇ……あったあった『セフィロト』にするよ」
「セフィロト?」
「神話に出てくる世界創世の象徴らしくてね、生命の樹って知らない? そのセフィロトとやらがタロットカードの大アルカナの元になってるとかなんとからしいよ。まぁ、アタシは神様なんてものは信じていないけど、神話ってのは読み物としては面白いからね、名前なんて格好さえ付けばなんでもいいだろう」
「俺もオロ兄ほどではないけど読書で学んではいるが、精々名前を聞いたことがあるくらいのものだな。まぁ、とりあえずお前の能力の名前は『セフィロト』と呼ぶことにしよう」
「それで? このセフィロトの能力。カルロはどう思う?」
ルナさんが微笑みながらも挑戦的な顔で問いかけた。それは、自身の能力がどれほどカルロ様を困らせるものなのか、反応で試しているようにも見えた。
「正直、まだ試行回数が少なすぎて何とも言えん。まず引いたアルカナが現すものが何なのかもわからし、複数枚引いた時のアルカナで空白が出るまでの枚数も何もかも情報が少なすぎる、そもそも存在しない空白のカードが生まれる原理もわからん」
「言うと思ったよ」
「そう思うなら試行してから来い。ただ、今すぐにどうこうする類の能力ではなさそうだな」
「そう言えば、小アルカナで占いができるかっていうのは試したんですか?」
思わず言葉が出てしまったけど、カルロ様の頭痛の種が増える内容だったかもしれないと、必要とは思いつつも少しだけ反省した。
「いや、昨日の今日だからまだ試してはいないよ」
「なんだそれは、聞いてないぞ!?」
カルロ様が少しだけ不機嫌そうな顔でルナさんを見つめる。
「大アルカナがその人物の普遍的な内容だとしたら、小アルカナはその人物の身近な出来事を占うもの――らしい」
「なんだよ、そっちのがヤバそうじゃねぇか!」
「試しにやってみるかい?」
「当たり前だろ!」
不機嫌になるカルロ様を余所に、ルナさんが机に置いたタロットカードを混ぜ、山札を作った。
山札の量は普段よりも倍以上に大きい。大アルカナが二十二枚なのに対して小アルカナは五十六枚もあり、合計で七十八枚にもなる。
「いくよ」
一言呟いた。
ルナさんが山札の上に置いた左手はほんのりと白く光って見えた。やっぱりあれは――エラさんが『忘却』を使ったときと似た光だ……。
「ちっ、本当に能力使いになったのかよ……」
カルロ様が小さく呟く。きっとあの光がその証なのだろう……。
念じたのか念じていないのか、何かしたところで現れるカードが変わらないというのはボクもよく知っている。
昨日見たルナさんの能力は、対象にあったカードが現れるものだった。小アルカナが今後訪れる出来事を占うのであれば、それは未来を予知するものなのだろうか?
それともまさか、未来自体をそのカードの内容にしてしまう……としたら恐ろしい能力だ。
ルナさんが左手でカードを一枚めくる。
「えーと……。ペンタクルのエースの正位置かな……?」
「どういう内容なんだ?」
「説明書を読むからちょっと待っとくれよ……。えーっと、四属性に十四枚ずつ、ペンタクルは地属性で、エースが一番目――正位置の意味は『努力が実を結ぶ、心機一転、利益が出る、新しい仕事を始める』らしい」
「らしいってなんだよ」
「アタシだって昨日始めたばかりだから詳しくないんだよ!」
「――全く。とりあえず、なんか良さそうな事が起こるって話だな」
「セフィロトの効果が小アルカナにもあるならって前提だけどね。それに、このカードが表した内容がいつの事かもわからないし。まぁ、カルロが実験台になって気長に待っとくれよ」
「クソっ、内容によっては父様案件だからな! バロネッサもだが、セリオとヴィスマールにも箝口令を敷いておけよ!」
「わかったよ、カルロこそアンタに起きた内容を嘘偽りなく教えてくれよ。ヴェローチェだからって隠すのはなしだからね」
「隠したらお前は自分で勝手に検証しだすだろ、父様を始めとしてヴェローチェは利用できるものは利用する、そこに関しては信用しろ。自分の能力だから自身に使う分は構わんが、誰か別のやつに試すなよ」
「はいよ、まぁ良い結果を期待しておくとするよ」
「ったく……他人事のように言いやがって……。とりあえず今日はもう解散だ、解散! 俺は店番に戻るからお前らも大人しく帰れよ」
「はい、わかりました」
「すまねぇなバロネッサ、ルナの面倒事なんかに巻き込んじまってよ」
「いえ、ボクもルナさんの能力は気になるので……。その、何故か他の人よりもボクはアルカナの数が多い気がして……」
「そうだな、アレもどういう仕組みなのか、何を現しているのかいずれは解明しなきゃいかんだろうしな。また力を貸してくれよ」
「貸すだなんて! いつでもお力になります!」
「ありがとよ、じゃあ帰ってしっかり休めよ」
カルロ様がボクの背中を軽く叩いてきた。
「なーに仲良くしてんだよ」
「うるせぇ」
カルロ様はそう言うと店内のカウンター席に戻り、今日の当番の――デアさんに声を掛けていた。
ボクとルナさんはそのまま孤児院へ戻り、言われた通りサッサと寝ることにした。
今、ボクに出来ることは休み、鍛えることだ。気にはなるけどルナさんのことを考えても仕方がないし、誰かに話すことも許されない。
頭の中でそう反芻しながら、思考を眠りの渦の中へと沈めていった……。




