第二十二話「誕生日おめでとう」
ボクの十三歳の誕生日が来た。気がつけば外が暖かくなり始めている。
母が亡くなって半年間は母が残した財産をもとに何とか一人で生き延びたけど、それもすぐに無くなり、オロ様に拾われたのが十二歳になって間もない頃だ。
早いもので気がつけばヴェローチェに来て一年半が経った事になる。
毎日訓練して、いくつか商品が売れ、十人以上の人を殺した。
この一年以上の間にボクはどれだけ成長できたのだろうか?
そんな記念すべき日だけど、孤児院ヴェローチェにとっては何も変わらない一日に過ぎない――と思っていた。
◇ ◇ ◇
「お呼びでしょうか、オロ様?」
孤児院の一室に呼び出され、ノックをしてから部屋に入ると、そこにはオロ様だけでなくルナさんもいた。
「どうぞ、バロネッサも腰掛けてください」
オロ様が手を差し出し、着席を促される。オロ様と向き合う形でルナさんの隣に座った。
「まずは二人とも、誕生日おめでとう」
「ふた……? えっ?」
「アタシもさっき聞いたよ、誕生日が同じだってな」
ルナさんがこちらを向かずにぶっきらぼうに呟く。
「いや、正しくはアタシが父様に拾われた日か。アタシには正確な誕生日が分からなかったからね……」
「バロネッサはこの孤児院では珍しく誕生日が分かっていますからね」
「誕生日って……普通はわからないものなんですか……?」
「ここでは――です。とは言っても、アルマやアルテ達も産まれた日は分かっています、変に気を遣う必要はありません」
「はい……」
慣れすぎて忘れていたけど、ここは孤児院なんだ。みんなここに来る前のことなんて話さないから、自分の『当たり前』が普通だと思い込んでしまっていた。
恥ずべきことだ……。一瞬だとしても同情の念を持ってしまったことを……。
「それで? アタシとバロネッサを呼んで何の用なんですか? おめでとうっていうだけではないですよね?」
ルナさんはまるで何を言われるのか分かったような顔でオロ様に問いかける。
「もちろん、用件は二つあります。一つは十九歳になったルナの卒業です」
「まぁ、そうだろうね。子供と呼ぶには育ちすぎちまったからねぇ。それで? 死ねば良いのかい?」
「残念ながら死ぬことは許されません。あなたには生涯をヴェローチェに尽くしてもらいます」
「生涯を……?」
「はい。ルナにはヴェローチェになれるほどの才能はありません。彫金、暗殺、給仕、どれをとっても平凡です」
「そりゃどうも」
「ですが、どれも平均点が高い。十段階で言えば全て七点と言った感じでしょうか」
「そりゃどうも」
ルナさんは平均的……ボクと似ている……。でも、ボクはまだルナさんの領域には全く届いていない。
「年齢や育ち具合からもこれ以上の伸び代はない――そう判断されました。しかし、人に教える事は出来るでしょう。なので、ルナには指導員補佐をしてもらうことにしました」
「補佐?」
「そうです、これは父様の決定ですので、僕たちの意向は入っていません」
「父様――バゴ様が……拾った温情かねぇ……」
「父様を名前で呼ぶのは不敬にあたりますよ?」
「アタシの中ではバゴ様は父様になってもバゴ様だよ……」
「……話を戻します。指導員補佐として僕やカルロの補佐や代理です。彫金、給仕、暗殺に直接関わることは少なくなりますが、毎日の訓練と生活指導をしてもらいます。何分、ステラが指導員としては些か不足でしてね」
確かにステラ様は良くも悪くも感覚で生きている方だ。特に技術面においては人に教えるのが苦手という印象が強い。
「不敬を承知で言いますが、ステラ様よりかは人に教えられるとは思いますね」
「僕もそう思います」
「あはは……」
苦笑いしか出ない。
「後継を育てるには些か人手不足であるという認識はヴェローチェである僕らだけでなく、父様も感じていらっしゃったのでしょう。しかし、ヴェローチェの質を落とすわけにもいかない。だからこそ、そのための指導員補佐という訳です」
「なるほど、理にかなった話だ」
「そのうえでもう一つの話です。バロネッサ」
「は、はいっ!?」
突然こちらに話が飛んできて身構えてしまった。
「引き続きルナから女性であることを隠す支援を受けなさい、以上です」
「え、あ、はい」
「別にアタシは構わないけど、オロ様も随分とこの娘にお熱だね」
「もちろん、ボクが拾ってきた子たちには等しく支援をしています。バロネッサについても、本人の意向を汲み、手間を掛ける価値があると思っているからです。もちろん、引き続きルナを借りることは父様から許可は取っています」
「あ、ありがとうございます! ご助力頂いた分以上にお返しできるよう努力いたします!」
「返すのは僕ではなくヴェローチェに返してください」
「は、はい!」
よくわからないけど、期待を持って頂けるのであればそれに応えなければ……!
「ちなみに話せる範囲で聞きたいんですが、アタシが平均点七点ってことは彫金、暗殺、給仕の三つで二十一点。合格点は何点なんです?」
「そうですね、ステラは彫金十点、暗殺十点、給仕四点。カルロは彫金七点、暗殺七点、給仕十点と言ったところですから合計だと二十四点からと言った感じでしょうか? あくまで単純に点数を付けるならという話なので、同じ七点でもルナはカルロに劣っています」
「なるほど。平均八点取れば合格だったわけですか、ちなみにこの子は?」
「えっ? ボクですか!?」
「そうですね、評価を付けることはできますが他の子たちのこともあるので言うのは辞めておきましょう。ただ、僕やルナと同じく平均点の型ですね」
「ええっと、ボクもその自覚はあります。得手不得手はありませんが、特別優れていると言える段階にないということも理解しています……」
「自分の力量を正しく認識するということは大事なことです」
「参考までに、オロ様ご自身は何点だと認識していらっしゃって?」
自身に点数を付けられたルナさんが意地の悪そうな顔でオロ様に尋ねた。
「僕ですか? 僕は彫金と暗殺はステラに負けますし、給仕や政治についてはカルロに負けます。それを踏まえた上で全て九点と評価しますね」
「へぇ……ステラ様とカルロは二十四点で、ご自身は二十七点ですか。そのうえで二人に負けていると……」
「そうです。僕は平均的ですからね、二人の得意分野では全く相手になりませんよ」
ルナさんが苦笑いをしている。
競っている次元が違いすぎて想像がつかない。十段階と言っているけど、その一点の間にどれだけの溝があるのだろうか。
――ただ、何となく分かった気がする。
母が最期に残した『多くの人と出会いなさい』という言葉の意味を……。
ボクが成長するにはボクより優れた能力を持つ人と出会い、競い、成長しなければならないんだ……。
ボクの胸の中に意識を向けると、既にいくつか欠片があるのを感じる。
ボクはこの欠片を集め、自分の力とするんだ……。そのためにも、多くの人と出会い、傷つき、磨き上げ、原石を宝石に変えなければならないんだ。
ボクの目標とその手段が明確に見えた、そんな十三歳の誕生日だった。




