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第二十話「ボクは『女』だ」

 今更だけど、ボクは『女』だ。


 表の世界で生きていくために男を演じて少しは慣れてきたけど、肉体だけは女のままだし、それはどうしようもない。


 孤児院ではお手洗いは男女共用だし、湯浴みも少人数で身体を布で拭くだけ、自室もみんな二人部屋だけど男子が奇数の人数だからボクだけ実質一人部屋だ。今のところ貧相な身体のボクは股さえ見られなければ女だとはバレないだろう。


 ただ、その日が遂に来てしまった。


 ボクは真っ先にオロ様へ相談に向かった。


◇ ◇ ◇


「――そうですか、おめでとうございます」


「全然めでたくありません……」


 宝石店の奥にある休憩室兼作業場でテーブル越しに座り、オロ様に紅茶まで淹れてもらってしまった。


 優雅に紅茶を嗜むオロ様は上品で美しい。


「めでたいことですよ。一人前の淑女の身体になったのですから」


「でも、これではいつか誰かにボクが女だとバレてしまいそうで……」


「僕は別に女性である事を隠す必要など無いと思っていますが……。ただ、君がそうしたいのなら支援します、孤児院内にも誰か事情を知った女性がいた方が良いですね」


 孤児院内で相談できる女性か……。以前なら確実にエラさんだっただろうけど……。


「……ルナさんですか?」


「院内で君と関わりがある年長者の女性となるとそうなりますね。あとは――そうですね、あとはセリオ辺りでしょうか?」


「セリオさんですか? 確かに年齢的には妥当かもしれませんが、ボクは付き合いが少ないので……」


 セリオさんはペンナと同じ十六歳で、ボクよりも四歳年上の女性だ。橙系の茶髪で、背中くらいまでの髪はふわっとしていて、いつも揺れている。


 胸も豊満で――いや、身体が全体的に……まぁ、少し豊満というかなんというか……。


 良く言えばおっとりとしているし、悪く言えば何も考えていない、そんなぽややんとした性格の人だ。


 特に運動神経が良いわけでもなく、手先も器用なのか不器用なのかよくわからない、給仕に関しても平凡だ。何故こんな人がこの施設にいるのか謎は深まるばかりだ。


「セリオは僕がヴェローチェになって最初に拾ってきた娘です。君は平均的な能力ですが、彼女は双子と同じく非常に尖った能力の持ち主ですよ」


 セリオさんは特に何かが得意という印象はないけど、ボクが知らないだけで彼女もどこか尖った能力があるのか……。見た目からでは判断がつかないけど……。


「君のそれは時に不浄のものとして扱われる事もしばしばあります。女性を頼りにしたほうが良いですし、僕の方から二人に声をかけましょう」


「あ、ありがとうございます!!」


 深々と頭を下げると、腹部に重い痛みが走った。これからずっと連れ添うことになると思うと頭も痛くなる……。


◇ ◇ ◇


「あらぁー? どうしたの、バロネッサちゃん?」


 夕食後、食器の片付けをしているセリオさんに声を掛けた。おっとりとしていて、でも手際良く食器を運び、皿洗い担当のルナさんの元へ次々と皿を運んでいっている。


 お皿も複数枚重ねて、エプロンをした大きな胸を支えにして運んでいる。


「あぁいや、セリオさん。食器の片付けが終わったらオロ様が用事があるとの事です」


「そうなのぉ? なんだろぉ?」


「あと、ルナさんも一緒に良いでしょうか?」


「え? アタシも?」


 まさか自分に声がかかると思っていなかったのか、黙々と桶に入った水でスープ皿を洗っていたルナさんも驚きの声をあげた。


「カルロならともかく、オロ様がアタシに用なんて珍しいね」


「え、えっと、オロ様をお待たせするのも申し訳ないので、ボクも皿洗い手伝いますね!」


「あらぁ、ありがとぉー」


 セリオさんは頬に手を当て、相変わらずぽややんとしている。


◇ ◇ ◇


 ルナさんとセリオさんとボクの三人で皿洗いを終えると、孤児院を出て宝石店へと向かった。


「ちょっと坊や、オロ様のご用事って孤児院じゃないのかい?」


「はい……ちょっと込み入った内容なので、人に聞かれない場所でとのことで……」


「なんでしょうねぇー」


「ヴェローチェの方に会うって言うのに、セリオは呑気なものね。どうせ面倒な話だろうに」


 面倒臭そうにするルナさんの言葉に少しだけドキリとしてしまった。間違いなく迷惑をかける話だからだ。


 宝石店に到着し、事前に預かっていた裏口の鍵を開けた。


 裏口から入った先は店の休憩室兼作業場で、いくつもの製作機械が置いてあるのを除けば台所もあるし、テーブルと椅子もある普通の住宅と変わらない。


「二人とも、夜分にすみませんね。バロネッサの事で話がありまして」


 手招きをして四人がけのテーブルに腰掛けるオロ様の隣に座らせられると、流れるように向かいにセリオさんとルナさんが座った。


「孤児院でも年長者組のお二人にお願いがありまして、単刀直入に言います。バロネッサに初潮が来ましたので手助けをしてあげて欲しいです」


「えっ!?」


「あらぁー」


 ルナさんはただただ純粋に驚き、セリオさんは知っていたのか知らなかったのか、それすら分からない反応だった。

 

「坊やって、お嬢ちゃんだったのかい!?」


 ルナさんが驚いた顔でこちらに問い詰めてくる。ペンナが言っていた通り、詰め寄られると確かに怖い。


「えっと……はい、色々と事情がありまして……」


「事情を知っているのは僕たちヴェローチェ以上の人間だけで、孤児院の子たちには積極的に教えてはいません。中にはセリオのように感づいていた者もいるでしょうが」


「セリオさんが!?」


「うーん、なんか動きが柔らかいというか、偏見かもしれないけど『男の子だったらなんでそう動かないんだろう』っていう機会を何度も見てるんだよねぇ」


 自分でも気が付かない所で『男らしくない』動きというものをしていたのだろうか。全く気がついていなかった……。


 それを見抜いていただなんて……。セリオさんは思っていた以上に色んな物を観察しているのだろうか……?


「流石に僕も女性の身体の仕組みについては疎いので、身近にいるお二人の力を借りたいというお願いです」


「オロ様からお願いされたら断れない――というか、オロ様に頭を下げさせるなんてホント『坊や』は罪深い『女』だねぇ」


「べ、別にボクはそういうわけでは!?」


 た、確かにヴェローチェの方に頭を下げさせるようなことをお願いしてしまったんだ、なんてことをやっているんだボクは!


「別に気にしなくて構いませんよ、バロネッサ」


 ボクの顔を見たオロ様が諭すように声をかけてきた。気にするわけがないじゃないか!


「では、セリオ。君の『測定メトロン』でバロネッサの生理周期を把握してください。例の件も片付いてきましたので、これからはバロネッサを『時間測定クロノメトリー』して構いません。報酬の方は追って渡します」


「はぁーい、わかりましたぁ。あ、一応最後に、インクは前回と同じでしたぁー」


 セリアさんが両手を胸の前に合わせて笑顔を作った。


「メ、測定メトロン?」


「彼女の能力です。あらゆる物を正確に計測できるという力です。別件で使ってもらっていましたが、ちょうど片がついてきたので、これからはバロネッサのために使って貰います」


 あまりにも当然のように宣言されるので、セリオさんのことを飲み込む前に次の衝撃が来てしまった。


「ボ、ボクが女である事を隠すためなんか――いや、そもそも自分以外のために能力を使うなんて……!!」


「構いませんね? セリオ?」


「はぁーい、大丈夫ですよぉー」


「大丈夫だそうです」


「そうよぉー、測っちゃうよぉー」


 調子が狂う……。おっとりしているのは知っていたけど、セリオさんってこんな感じの人だったのか……。


「オロ様、それでアタシは何をすればいいんですか? アタシに能力なんてありませんよ?」


「セリオの『測定メトロン』で算出した月経期間の訓練にはルナが積極的に相手をするように手配しますので、適切に対応してあげてください。もちろん普段からも気にして貰えると助かりますが」


「なるほど、経血ナプキンの処分を女のアタシがやっている分には自然なわけと……。それなら今日から坊やは頻尿になりな、別にホントに出なくてもいい、いざという時に手洗いに行きやすくなるからね」


「な、なるほど……」


 オロ様に少し言われただけでこれだけアレコレと案がでてくるなんて、ルナさんは飲み込みが早くて頭が良いのだろう。


「ところで、アタシ達は無償で坊やのために働くんですか?」


「もちろん、セリオには既に別件で報酬を出しているのでそちらに追加します。ルナにはもう少ししたらお渡しすることを約束しましょう」


「そいつはありがたい話ですねぇ、冥土の土産に貰っていきますよ」


 オロ様がにこりと微笑む。その笑みはなんだかボクには怖いものに感じた。


「その……オロ様。確かにオロ様は色んな方に親切になさっているとは思いますが、ボクは些か……その……贔屓ひいきされすぎではないでしょうか……?」


 怖いことだったけど、どうしても聞かざるを得なかった。オロ様は前からボクを男と偽る必要は無いと言っている。それなのに、どうして女である事を隠すために周りを巻き込んでまで助けてくれるのか……。


 それにエラさんの件だってそうだ、ボクはヴェローチェの方々に関わり過ぎでいる節さえある。ボクを助けて何になると言うんだろうか……?


「僕は僕が拾ってきた子達には等しく対応しているつもりですよ。例えば、君は今まで僕がセリオに何かを頼んで報酬を与えていた事を知っていましたか?」


「いえ、知りませんでした……」


「アルマやアルテにも支援をしています。何か知っていますか?」


「……知りません」


「見えている部分が全てだと思わないことです、君の素性や素質、技量、他にも抱えている問題。その全てを把握した上で、僕は君を育てるだけの価値を見いだしているだけです」


「ボクに価値を……ですか?」


「そうです。少なくとも君はヴェローチェとしての最低基準を満たしています。何か分かりますか?」


「い、いえ……」


 ボクがヴェローチェとしての基準を満たしている……? そんな簡単なことではないはずだ……。


「ルナはわかりますか?」


「あぁっと……。彫金、給仕、暗殺……どれも共通するとしたら『寡黙であること』ですか?」


「流石ですね、概ね正解です。僕が持っていた答えは『他言しないこと』です」


 他言しないこと、秘密を守るということか。


「技術を漏らさない、知ったことを漏らさない。もちろん、それ以上の対価と交換するなら話は変わりますが、簡単なようでできていない者も多いのも事実です。その点、君たちは守っていることを確認しています」


 そうか、ボクに関してはエラさんの件の事を指しているのか……。


「ステラ様はお漏らしが多いと聞きますが?」


 顔の横に軽く手を挙げながら、ぶっきらぼうな顔をしたルナさんが突然切り込んだ質問をした。


「ステラは言われた事は死んでも守ります。仮に情報を漏らしてしまったとしたら、それは『喋ってはダメだ』と言わなかった方に責任があります」


「何だか判定が甘くないですか?」


「それを込みでもステラはヴェローチェになるだけの存在であった、それだけのことです」


「不満があるなら実力で跳ね除けろということですか」


「その通りです、少なくともステラより強くなったら文句も受け付けますよ」


 決してルナさんはオロ様に喧嘩を売っているわけではないのだけど、見ていてハラハラしてしまう。


「何にせよ、二人ともバロネッサのことをよろしく頼みましたよ」


「はぁーい」


「報酬があるならしっかりやらせて貰いますよ」


「お、お二人とも、ありがとうございます!」


「それでは、以上です。時間を空けて一人ずつ帰ってください」


 ボクに価値がある――か。正直実感はないし、まだまだ価値があると言えるほどの実力もない、オロ様は一体どこに価値を見いだしているんだろうか、ボク自身も気がついていない何かに……。


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