第二話「私はボクになってやる」
『バロネッサ=ドゥラ』それが『私』の育った『名』であった。
『私』が五歳のとき、父が亡くなった。
豪華な棺に、黒装束の多くの人々が集まって涙を流している。
そこには多くの妾の姿があり、その中の一人に母の姿もあった。
父は産業革命の波に乗り、若くして一代で男爵位にまで築き上げた人だったそうだ。
しかし、そんな優秀な人物でも病には勝てなかったらしい。
『私』は漆黒で整った衣服をまとい、涙する母の雨傘の中、二人で雨を凌いでいた。
◇ ◇ ◇
それから七年ほどの月日が経ち、母が亡くなった。
簡素な棺に神父が一人、この間まで貴族だったといっても所詮は数多にいる妾の一人とその娘だ。
父の死とともに、いつの間にか妾とその娘である母と『私』は市井に落とされていた。
母は私との生活のために一人でがむしゃらに働き、そして倒れ、息を引き取った。
単純な物差しでは測れないけれど、母も父に負けず劣らず優秀な人物だった。子供ながらにそれはわかった。
「バロネッサ、貴女はまだ子供……。お母さんはまだあなたに教えられていないことがたくさんあるわ……。今は何も分からない『愚か者』かもしれない。だから、貴女は多くの人と出会って学んで立派になりなさい……。お母さんはその『最初の一人目』になるから……」
母に抱きしめられながら言われたその言葉が、母の最期の言葉だった。
母といういつも思いやりに溢れた『隠者』と過ごした日々は『心の中の欠片』となって胸の中に収まった……。
しかし、両親と名前を失った十二歳の少女が生きていけるわけもなかった。残った金銭も尽きて半年もせず野垂れ死にかけていたところに『私』を拾って孤児院に入れてくれた方が現れた。
名前を『オロ=ヴェローチェ』という。
かつては貴族の端くれだった子供が、あっという間に孤児院で過ごすことになるのだ、どうやら人生という歯車は少しかみ合わないだけで大きく狂ってしまうらしい。
その孤児院の名は『ヴェローチェ』と言った。
なんでも、ヴェローチェは宝石商として名を馳せていて、優秀な者であれば身分や出所に関わらず孤児院から出世ができるらしい。オロ様もその一人のようだ。
曰く『血』ではなく『能力』で後継者を決めるのが習わしらしく、歴代の当主である『父様』は皆卓越した能力を持ち、そしてその魂は高貴であったという。
だから孤児を集め、育て、優秀な者を選び出すなんていうことをしているのだろう。『私』もその一人だった。
孤児として集まった子供たちはそれぞれの目標のために、飢えるように高みを目指そうとしている。
私だけではない、他の皆もそうだ、アルマ、アルテ、エラ、ペンナ、ルナ、キアロ――年齢も性別もバラバラ。誰もが『ヴェローチェ』の名を得るために日々研鑽している。
しかし『私』の目標は『ヴェローチェ』の名ではない。その先だ。
『ドゥラ』という名を失ってから、市井に落ち、母を亡くし、自分一人で生きていくことさえ出来ないひ弱な人間であることを痛感した。
独りで死にかけた生活をするのはもちろん嫌だった。だけど、それ以上に孤児院に来て他にも同じ苦しみにあっている人たちがいることを知った。
苦しみを味わったからこそ、私は自分だけではなく多くの『困っている人を助けたい』と思うようになった……!
『困っている人を助けたい』という簡単な願いを叶えるためには大きな力がいる。
ヴェローチェになるだけならこのまま前に進めばいいかもしれない。だけど、その先はまた別だ。
殺すのも、物を作るのも、給仕をするのも性別なんて関係ない。
でも、ヴェローチェの頂点に立って『父様』として政治をするとなると話は別だ。
どうしても今の男社会では『女』であることが足枷になってしまう。
だから『私』は『ボク』になってやる!
かつて父が一代で成り上がって爵位を得たように『ボク』もヴェローチェの頂点――『父様』となり、その力で多くの人を助けたい……!
母が最期に残した言葉を胸に――多くの人と出会い、学び、自らのものとする。
そう『ボク』は決意した! 『私』を捨て、男として生きることを!




