第十九話「それはよっぽど無責任」
宝石店ヴェローチェには営業時間こそあるが休日はない。だから、常に誰かが店番をしている必要がある。
基本的にはヴェローチェであるオロ様、ステラ様、カルロ様が週替わりで担当しており、更に三十人ほどいる孤児たちが毎日だれかしら付くので、月に一回くらいの頻度で当番が回ってくる。
ヴェローチェの方々は、一人は孤児の訓練や世話に、一人は店番、一人は店の奥で商品製作と休息を兼ねており、月に数日しか休みがない状態だ。稀に大きな仕事で三人共不在の時は、ボクたちだけで店番を務めることもある。
なるほど、確かにこれは子供ではなく、大人の仕事なのかもしれない。
今日はボクとカルロ様で店番をすることになっている。エラさんのことがあってからまともに会話をしていないので、どこか緊張してしまう……。
「………………」
「………………」
誰もお客様のいない店のなか、カウンターに二人並んで座っている。音もなく、非常に静かな空間だ。
「……おい、バロネッサ」
「は、はい!」
「俺と二人だからって別にそんなに緊張する必要はないぞ。お客様がいないうちは多少気を抜いておけ、保たないぞ」
「は、はい。わかりました」
そうは言うもののヴェローチェ三兄弟の方々と二人っきりで緊張するなと言う方が無理な話だ。ただ、気を遣ってくださる言葉に心が軽くなったのもまた事実だ。
「……あと、その、なんだ。エレノアの件では迷惑をかけちまったな。本当は俺が解決しなきゃいけない問題だったのに、巻き込んじまってよ」
「そんな! あれはカルロ様だけの問題じゃありませんよ!」
一瞬だけ悲しそうな顔をするカルロ様を見ると、エラさんへの想いを改めて認識する。
オロ様が常に心が一定で落ち着いている方だとしたら、カルロ様は常に厳しく心が沈むことの無い方だと思っていた。下っ端のボクに謝ってくださるような方だとも思っていなかった。いや、それはそれで失礼な話か……。
「エラさんはあのあとどうですか……?」
「一ヶ月経ったが、まぁ変わらんよ。今はヴェローチェの息のかかった病院にいる」
「そ、そんなところがあるんですね……」
「何だかんだでウチは金持ちだからな。だから、知らずに通院させられてるやつもいれば、孤児院を卒業して働いているやつもいる」
「孤児院を出て病院勤めをしているんですか!?」
「あぁ、絶対教えないという訳では無いが、誰も怖くて聞けないんだろう。自分のその後の事についてなんてな」
確かにボクたちは仲間であり競争相手であっても、暗殺内容みたいな話はしてはならない事など沢山ある。そして、それと同じくらい話したくない事もある。ボクの場合は生い立ちや性別に関することだ。
誰にも聞かれたくないし、誰もが聞いちゃいけないと思っている。
つまり、ボクたちが普段しているのは、どこまでいっても暗黙の了解だらけの上辺の会話だ。
だから、ボクたちは後ろを振り返らず、歩く行先も見ず、目の前の事だけ考えていれば良い、ヴェローチェとはそういうところだ。良くも悪くも……。
「確かに……みんな先の事は余り考えないようにして、先が見えないから何となく死ぬものだと思っている節があります」
「半分は正解でもう半分は不正解だ。ヴェローチェとして完成しなかったとみなし、卒業させて他の道を歩ませる、院に入れる人数も有限だしな。ただし、口が軽いやつは出ていくときに殺す、暗殺業や彫金の技術がバレては不味いからな。その点で言えば、ステラ姉は口自体は堅いが、駄目だと言わなきゃわからず喋っちまうからな、腕が下手ならどうなってたのやら……」
カルロ様が思い出したかのようにゲラゲラと笑う。きっと過去に何かあったのだろう。しかし、ステラ様が言われなければ分からない人間だというのは何となく納得してしまう。
「多分、いまお前の頭に浮かんでるのはルナのことだろ? アイツも俺も十八になっちまったからな。そろそろ次の進路が決められると思うぜ、アイツはきっと殺されないだろうからな」
「その、斡旋先……みたいなのがあるんですか?」
ルナさんが生きて別の所で働けるのであれば一番良いに越したことはない。それに、ペンナもあと二年しかないし、ボクだってあと六年でヴェローチェにならなければ……。
「さっきの病院もそうだが、ヴェローチェが出資している組織は多い。表の方で繋いだ縁を余すことなく使っている訳だ、ヴェローチェで培った技術や立ち振舞いはどこにでも通用するからな」
「そ、それならみんなにも伝えておいたほうが……!」
ヴェローチェの力が及んでいる場所が多くあるのなら、ボクやみんなも安心することができる。死と隣り合わせに生きるのは誰だって辛いし、気持ちのいいものではない。
「いや、それはしない。あくまでヴェローチェは彫金師、暗殺者、そして給仕者を育てる機関だからな。その芽が出なかったら他に送るだけだ、最初から他に道があると知ったら目標がブレちまう」
「それは……そうかも知れないですし、確かに途中で辞めて出ていく人が現れてしまいますね……」
数ある石の中から原石を見つけ、削り、磨き、そして出来上がるのが宝石だ。
その中で割れてしまった物や、出来が悪かった物を捨てたり別のことに使ったりするのはおかしい事ではない。ただ、もしその中に大粒の原石が混じってしまってはならない。だから、最後までふるいにかけるのか。
「でも、ブレずに真っすぐ進んだ結果がエラさんだとも思うんです……」
「それは否定できないし、ふるいのかけ方を誤った俺の責任だ。エレノアは間違いなくヴェローチェになり得る原石だったのに俺が加減を誤って砕いちまった、オロ兄や親父――父様に自身への処罰を求めたけど却下されちまったよ」
カルロ様がいかにエラさんを大事に想っていたのかがよくわかる。ただ、利己的だと思う部分でもある。エラさんをヴェローチェにしようと依怙贔屓して、正しい判断ができずにいた。
「最後はヴェローチェを辞める事も提案したけど、そいつも却下された。辞めるならエレノアが治ってからにしろってさ。甘いんだか厳しいんだか……」
「治るまで面倒をみろってことですか」
「失敗をしたから責任を取って辞めるなんてのは無責任だ。本当の責任の取り方は自分の尻を拭うことだとさ」
「ボクは優しい判断だと思います。もしエラさんが普通の生活ができるまで回復したとして、その時に誰のことも覚えていなかったら最初に知ってほしいのはカルロ様のことですし」
「お前も大概甘い奴だな。でも、親父やオロ兄に言われたよりも、お前に言われた言葉の方がよっぽど効いたぜ」
「そ、そんな!」
「いや、全部自分で背負い込むのが『責任』だと思っていたけど、それはよっぽど『無責任』だって事がよくわかった。ヴェローチェになって一人前になった気でいたけど、俺もまだまだ未熟だな」
「カルロ様が未熟だったら、ボクなんて熟すどころかまだ地面に埋まった種ですよ」
「違いないな! だが、その種はもう芽が出ている。俺がお前と出会って成長できたように、お前も色んな人間から学んで成長しろよ」
カルロ様が柔和な笑みを浮かべる。
この方はこんな笑い方もできるのか、最初に会ったときからは想像もできなかったな……。
エラさんがボクの心を優しく包んでくれたように、カルロ様はボクに『責任』というものを教えてくれた。
カルロ様はそれをボクから学んだと言ってくれた。まるでお互いに『心の中の欠片』を埋めあったような気持ちを感じた……。




