第十八話「大人になるって何だろう」
エラさんがいなくなって一ヶ月が過ぎた。
『孤児院ヴェローチェ』からいなくなる孤児は少なからずいる。
別に見捨てられるわけではないけれど、目指す場所がある以上どうしても身近に比べる相手がいると心が折れてしまう人間がでてくる。
ただ、裏の顔が暗殺者である事を知った人間を外に出すことが許されるのかどうか、ボクたちは知らない。
だから、みんな突然いなくなったエラさんもきっとそうなってしまったのだと話題に出す人はいなかった。
ぬいぐるみを失くしたヴィスマールも最初こそエラさんがいなくなってしまった事を知って泣いていたけど、ぬいぐるみを渡したのがエラさんだったこと、そしてぬいぐるみが返ってこなかったことから何かを察したのだろう。次の日にはいつものヴィスマールに戻っていた。
多分だけど、ヴィスマールは孤児院の中で一番幼いけど、区切りの付け方も一番綺麗で、それでいて一番残酷なんだと思う……。
「……張り合いがないね」
彫金の訓練中、隣にいた大人な雰囲気の女性――ルナさんが金槌を机に置いてつぶやいた。
「どうかしましたか? ルナさん?」
前髪を真ん中分けに直し、ふわりとした背中まである黒髪を手櫛でといて頭を掻いている。
「エラの事だよ、アイツがいなくなってから調子が狂うんだよね」
ルナさんはカルロ様と共に父様が拾ってきた一人で、カルロ様と同期であり、今の孤児院で最年長の十八歳だ。
エラさんは十四歳だから、少し歳が離れていたけどルナさんはエラさんに常に対抗心を燃やしていた。理由はわからない。
「あの娘ってカルロが拾ってきたから、アイツなら何か知ってるとは思うんだけど……。まぁ、知ってても教えるわけないか、ヴェローチェだもんね、アイツ」
ルナさんはカルロ様と同期で同年齢ということもあって、孤児院にいる中で唯一カルロ様を『カルロ』と呼び捨てにしている人物でもある。
「ステラ様ならうっかりお漏らししてくれるかもしれないけどさ、カルロはクソ真面目で口が硬いんだよねぇ」
カルロ様より先にヴェローチェになったステラ様のことは、エラさんと同じ十四歳だけど『ステラ様』と呼んでいる。人間関係とは複雑だな……。
「ルナさんってエラさんに対して結構対抗心ありましたけど、何かあったんですか?」
「うーん、結構深入りしてくるねぇ。まぁ、大した理由じゃないよ、年下なのにアタシが持っていないものを沢山持っていたからね、女の嫉妬だよ。坊やのバロネッサにはわからないだろうけど」
「あぁ、技術とかそういう面でですか」
「ホント坊やだねぇ……。まぁ、そういうのもあるよ」
「それ以外にも?」
「エラが死んだとは決めつけてはいないけどさ、いなくなった人間ってのは心に傷を付けていくから嫌いなんだよ。坊やは急にいなくならないでおくれよ?」
「はぁ……が、がんばります……」
何かに満足したのか、ルナさんは再び金槌を持って作業を再開した。
ボクはエラさんが半生半死状態なのを知っているけど、もし知らなかったら同じ事を思ったのだろうか?
確かに、両親が死んでしまった時についた痕は未だに治らないし、逆に痛みがあるからこそヴェローチェでやっていけていると思っている。
「……ま、アタシももう十八歳だから、先にいなくなるのはアタシの方か」
「えっ?」
ルナさんがポツリと呟くと、その日はそれ以上何も喋らなかった。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、ペンナ。一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「何だよ改まって」
次の日の夕食時、ボクはペンナを見つけて向かいの席に座った。今日も味のないパンと肉も野菜も入っているスープだ。
「孤児院で一番若いのはヴィスマールで六歳、次に双子が九歳、ボクは十二歳、ステラ様と――エラさんは十四歳、ペンナは十六歳、カルロ様と最年長のルナさんが十八歳、そしてオロ様が二十歳」
「それがどうした?」
「いや……孤児院って十八歳までしかいないんだなって……」
「うん……まぁ、そりゃ、孤児院だしな。子供しかいないだろうよ」
「じゃあさ、大人になったらどうなるの?」
「どうって、お前――」
「ボクからしたらエラさんは大人っぽかったし、ペンナだって馬鹿だけど身体つきは大人だし、オロ様に関しては大人どころか雲の上の存在だよ」
そう言うとペンナは自分の腕や胸を見始めた。筋肉質で何かあっても力で解決できそうな、その体つきはいつ見ても羨ましい。頭は馬鹿だけど。
「ん? 今お前しれっと馬鹿って言ったか?」
「言ってないよ」
「そうか、それなら良いが」
「ボクはさ、大人になるって何だろうって思ったんだ。年齢を重ねるだけで大人になれるのか、それとも違うのか……」
「そりゃお前、歳取っただけで大人になれるなら苦労しねぇよ。少なくとも孤児院ではな。何をするとか、何かしたいと思っていたことを成し遂げてこそ初めて一人前になるんだ」
「……なにそれ、ペンナのくせにカッコイイこと言うじゃん」
「俺じゃねぇよ、カルロ様が言ってたんだ」
「なんだ、褒めて損した」
「あのなぁ……。まぁいいや、とりあえず俺たちに関してはヴェローチェになることが大人になるってことじゃねーか? 少なくとも俺はカルロ様に憧れて今ここにいるんだ、ヴェローチェでカルロ様と肩を並べてぇな」
「大人かぁ……。ボクはまずヴェローチェになることを目標にしていたけど、それで大人になれるとは思ってないなぁ」
「うーん、確かにステラ様が大人かと言われたら……まぁ、言いたいことはわからんでもない……」
「いや、ボクは別にそういう意味で言ったわけじゃ……」
ボソボソと喋りながら夕食を食べ終わると、ドタドタと突然暗殺者らしからぬ足音を立てて近づく人物がきた。
「おい、お前ら何ベラベラと喋ってんだ、他はみんな食い終わってんぞ!」
怒鳴られてペンナと共に声の主の方を見ると、そこにはお玉を片手に持ったカルロ様がお怒り状態で立っていた。
「す、すみません……!」
ペンナが勢い良くパンとスープを慌ててかき込むように食べると、何度も頭を下げていた。滑稽だ。
「そうだバロネッサ、お前明日は俺と店番だからな、忘れるなよ」
「はい! もちろん忘れておりません!」
「ならよし! 早く寝ろよ! 俺たちは身体が資本なんだからな!」
「かしこまりました!!」
ペンナは背筋を真っ直ぐに立て、カルロ様が視界からいなくなるまでずっとかしこまっていた。滑稽だ。




