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第十六話「ボクは『消された』のか」

 身体が横になっていて、ベッドで寝ているのだろうか。水底に沈んでいたような意識が、少しずつ戻ってきた。


「気がついたか?」


 ゆっくりと目を開けると、そこは宝石店の地下にある窓も何も無い部屋だった。


「……え、どうしてここに?」


 目眩のする中、ゆっくりと身体を起こすとすぐ近くの椅子に座ったカルロ様と、壁にもたれて立つオロ様がいた。そして……オロ様の足元にはあの時捕らえられた全身拘束状態のエラさんが床に横たわっていた。


 まぶたを閉じたまま、まるで死んでいるかのように動かない。


「安心しろ、エレノアは気を失っているだけだ。大した外傷もない。それより自分の心配をしろ」


「君は精神的に大きな負荷が掛かってしまったのでしょう、倒れてしまったので僕達でここまで運んできました。既に夕食が終わっている時間ですが、これから人に聞かれたくない話をするのでここが最適かと思いましてね」


 確かにこの地下室なら誰にも聞かれないだろう。ヴェローチェの方々がいなければ孤児院の人間であっても勝手に入ることは許されていない。


「あんなものを見ちまったら流石に説明しなきゃな、お前のためにもよ」


「あんなもの……」


 発狂するエラさん、謎の能力、空から降ってきたオロ様、忘却オブリビオン……。一度にはとても受けきれない量の出来事だった。


「まず話をするための前提の話からだ。エラは愛称で本名はエレノアだ。そして、お前もここに来てから『能力』の話はどこかしらで聞いたことあるだろ?」


「えぇと、はい。双子とヴィスマールが使えると自称していて、その……半信半疑でしたが……」


「有るか無いかで言えば有ります。僕もステラもカルロも使えます、もちろん父様とうさまも……」


「双子やヴィスマールなんかは大っぴらにしてるが、どういった能力かは普通は隠しておくもんだ。お前も詮索は無用だからな」


「は、はい……。わかりました」


 オロ様が空から降ってきた件について聞こうと思ったけど、これは胸にしまっておかなければ……。


「まぁ、僕の能力はもう見てしまいましたからね、気になるでしょうから教えますよ」


「オロにい!」


「い、いいんですか!?」


「えぇ、僕の能力は『空中で自由に動ける能力』です。以上、終わりです」


 ……なるほど、上手く曖昧に説明されてしまったから、これ以上聞けない雰囲気になってしまった……。


 確かに空中を昇っていって、空中から落下してきて、地面に着地しても影響なんてない。自由の定義は難しいけど『自由に動ける』というのは嘘では無さそうだ。


「まったく……俺は教えないからな」


「は、はい! それはもちろん……!」


「で、本題だがエレノアは孤児院ヴェローチェに来る前から『能力』が使えたんだ。簡単に言うと『記憶を消せる』という力だ」


「記憶を消せる……!?」


 そうか、ボクは『消された』のか……!


 日差しの強かった日の昼に見かけたエラさんから、どれくらい時間が経ったのか分からないけど、その間の記憶を全て……。だから、ボクには一瞬で空が曇りになったように感じたのか。


「さて、ここで話は一度君たちに戻ります。結論から言うとヴィスマールのぬいぐるみを隠したのはエラです」


「エラさんが……? 何のために?」


「これは推測になりますが、恐らくぬいぐるみにスープをこぼしたヴィスマールは偶然なのか自ら頼んだのか、エラにぬいぐるみを綺麗にしてもらおうとしたのでしょう。しかし、中まで染みてしまったぬいぐるみは手のつけようのない状態に……」


「元通りに出来ないなんて事がわかったらヴィスマールはわんわん泣くだろうな。だからエレノアは使ったんだよ『忘却オブリビオン』を」


「ぬいぐるみが汚れたという事実を忘れさせたってことですか?」


「そうです。ぬいぐるみを隠し、汚れたことを忘れてしまえば悲しむことはない。実に場当たり的で浅はかな救済です。今度はぬいぐるみが見つからない事に涙するのですからね」


「でも、ぬいぐるみの存在自体を忘れさせることは出来ない。ぬいぐるみと出会ってからの期間の記憶を全て消すことになるからな」


「なるほど……だからそんな不十分な対応になったんですね」


「そして、バロネッサ。お前はそのぬいぐるみを処分している所を見ちまったんだよ」


「夜に火を使えば目立ってしまいます、だから翌日の昼間に処分したのでしょうが、昼食の直前に孤児院の裏に誰かが来るなんて想定外だったんでしょうね。だから、エラは君が見たという事実を消そうとしました」


「しかし、それは俺が止めた」


「カルロ様が?」


「お前たちから話を聞いた時点でエレノアが絡んでいるというのはすぐに分かった。だから、アイツの事を探していたらお前とエレノアが対峙していたんだ」


「ボクは孤児院の裏でカルロ様に会った記憶はありません……。つまり、その時点の記憶は消されていたんですね……」


「正確に言えばその時点では記憶は消されていなかった、エレノアもすっとぼけてやり過ごそうとしてきた。しかし、俺が来たときにはは燃えきっていたが、お前は見たんだろうな燃えカスだが火元にぬいぐるみがあったことを」


 何となくだけど、ボクはボクがどう動くのか理解できる。


 カルロ様がいる場では事を荒げることはせず、次の日に改めてエラさんと話し合いの場を設けて事情を聞こうとしたんだろう。エラさんからしたらわざわざ自分から罠にハマりに来てくれて大助かりだったに違いない。


「違和感を覚えた俺は、まずオロ兄に相談した」


「僕も話を聞いて事の重大さはすぐに理解しました。事前にエラが『忘却オブリビオン』の能力を使えることは知っていましたからね」


「エレノアは完全に善意で行動している。だから厄介だった」


「悪意というものはつつけば何かしら反応があります。しかし、善意で動いている人間にはそれがありません。元より手荒な真似はしたくありませんでした」


「そして、俺とオロ兄が全身拘束する以外の方法を考えている間にお前が先に動いて、燃えカスのぬいぐるみを見たという事実とともに丸一日分の記憶を消されてしまったってワケだ」


「なるほど……。ボクの記憶が消えていた間のことは理解できました」


「情けない話だ。結局、説得しか方法が思いつかずにこのザマだ……」


 カルロ様が到着してから説得して――それが駄目だったから空中で自由に動ける能力を持つオロ様が奇襲して物理的に拘束したというわけか。


「結果的にエレノアはずっとこの調子だ。だが、まぁなんだ……」


 カルロ様が拘束されて床で横たわっているエラさんをチラリと見る。


「言いにくいなら僕が言いますよ、カルロ。今、エラは記憶をほぼ全て失っています、最後に能力を連射して記憶を消せるだけ消したのでしょう。だから、ボクの足元に横たわっている人間は何の意識のないタダ生きているだけの人間です」


「そ、そんな……!」


「今回の即売会で受けた暗殺指示は俺が出したんだが、それが完全に裏目に出てしまった……」


「エラにはいつも付いていた常連客の一人を暗殺するように指示をしました。君と同じく彼女の精神を強くするため、心の強さを測るために誰しも一度は通る試練みたいなものです」


 やはりあれは試されていたのか……。こんな時にその事実を知りたくはなかったな……。


「元々エレノアは俺が拾ってきた時点で、今回みたいに自分の記憶を殆ど消していたんだ。つまり自分に『忘却オブリビオン』の能力が有ることも忘れていたから『普通の人間』になれるまで教育してから孤児院ヴェローチェにいれたんだが……」


「今回の暗殺指示が精神的に負荷になりすぎたのか、心の奥深くに眠っていた記憶が蘇ってしまったのでしょう。それで普段は理知的な彼女がこんな場当たり的な事件を起こしてしまった――と言ったところでしょうか」


「記憶って消されたのに戻るんですか……?」


「説明を省略するために『消す』っていう表現を使ったが、厳密には『記憶を封印する』という方が正しいな。エレノアの記憶が断片的に戻って能力が使えることを思い出したんだろう」


「……? エラさんの記憶が封印されていたのに、お二人ともエラさんの能力についてお詳しいんですね」


「……そうだよな、やっぱり余程の馬鹿でなければ普通そこに辿り着くよな……」


「カルロ、別にこれは個人の問題であって機密事項ではありません。カルロが話して楽になるならそれも良いでしょう」


「すまねぇな……。バロネッサ、俺の罪の告白を聞いてくれないか? 立場が上の人間が言ってる時点で逃げづらいのは承知の上でだ、嫌なら嫌と言ってくれて構わない」


「い、いえ。ボクは問題ないですし、むしろボクで良ければという感じですけど……」


「そうか、恩に着るぜ……」


 少しだけ悲しそうで弱気なカルロ様を見て、ヴェローチェの方々も人間なんだなと変な安心をしてしまった。


 そしてカルロ様は一つ一つと、エラさんのことについて語り始めた。


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