第十五話「忘却」
朝からぬいぐるみの行方を探し始め、気がつけば昼近くになっていた。
結局孤児院の部屋を片っ端から探してみたけど、それらしいものは見つからなかった。
昼食も近いので少し休もうということになって食堂に戻ってくると、昼食に向けて準備をしているカルロ様と十人ほどの昼食当番の子たちがいた。
カルロ様はペンナとエラさんを拾ったという方なだけあって、明るくて強くて頼りがいのある方という印象だ。
「なんだお前たち、やけに早いな。もう腹が減ったのか?」
「あ、いや、俺たちはそういうわけではなくて――」
カルロ様の前では普段やかましいペンナも腰が低くなるから面白い。
「ヴィスのぬいぐるみがいなくなっちゃったのー!!」
「ぬいぐるみだぁ?」
「はい、ヴィスマールが昨日の夕食の時から失くしたみたいでして……」
「アルマとアルテに聞いたら、昨日ヴィスがぬいぐるみにスープかけちゃったって言うんだけど、ヴィスそんなの全然覚えてなくて……」
「ボクたちで朝から探しているんですけど、全く見つからないうえに双子の言う事とヴィスマールの記憶も食い違っているし、何が何だかという感じなんです」
「覚えてない――か。おい、ヴィスマール、お前ぬいぐるみを失くしたのに気がついたのはいつだ? 誰かに会ったか?」
どこかカルロ様の顔つきが険しくなった気がする。
「うーんと、いつも一緒に寝てるんだけど、今日は朝起きたらベッドに無かったから失くしちゃったと思って……。特に誰とも会ってないよ?」
「じゃあ昨日の晩はどうだ? 飯を食ってから何したか覚えてるか?」
「えーっと……あれ? そういえば何かモヤモヤしてて思い出せない……かも?」
「……なるほどな。つまり『忘れている』わけか」
忘れている。確かにそれはボクたちも違和感を覚えた部分だけど、手がかりがないので仕方なく手当たり次第探していたわけだ。
カルロ様の顔つきからして、何か知っている――のかな?
「ぬいぐるみの件は一旦俺が引き受ける、一日待て。お前たちはそれまで手を出すな、いいな?」
「え、えぇ。俺たちは構わないですけど、これくらいカルロ様の手を煩わせる程の内容でも――」
「俺がやる。一日待てと言っただろ、聞こえなかったか?」
カルロ様は厳しい性格ではあるけど、怒る人ではない。だけど、今の一言には少し怒りの感情が混じっているように感じた。
「あ、いや、はい! かしこまりました!」
ペンナが勢い良く深々と頭を下げたので、ボクたちは一呼吸遅れて頭を下げることになってしまった。
「カルロ様! ヴィスのぬいぐるみお願いします!」
「あぁ、任せろ。お前は昨晩の事を何度も考えて思い出せるよう頑張れよ」
「うん!!」
ヴィスマールが元気よく返事をすると、ボクたちも気が抜けて口元が緩んでしまった。ヴェローチェの方と話をすると緊張してしまうから、これだけ親しく話しかけられるヴィスマールが正直羨ましい。
「それでは、失礼します」
再び深々と頭を下げ、昼食の準備を邪魔してもいけないと思って食堂をあとにした。カルロ様があぁ言うのだ、きっと何かあるのだろうし、きっと解決してくれるのだろう。
ボクたちは廊下を歩きながら今後について少し話を始めた。
「とりあえずカルロ様の言う通り一日待ってみよう。それまでは一旦解散かな?」
「だね!」
「まあ、カルロ様ならすぐに解決してくれるだろうからな、明日まで待ってそれからまた探すとするか」
「うん!」
「あ、そうだ。ボクはエラさんを探していたんだ。昨日様子が変だったからさ、大丈夫かなって」
「そうだったのか。ぬいぐるみ探しで院内をぐるりと回っていてもいなかったからな、どこか外にいるんじゃないか?」
「なるほど、ありがとうペンナ。ヴィスマールも、見つかるといいね」
「二人ともありがとう! ヴィス感謝感謝!」
「よしっ! それじゃあ解散!!」
ペンナが大きく手を叩き、ボクたち三人はそれぞれ思い思いの方向へ歩いていった。
◇ ◇ ◇
エラさんを探して孤児院の外をぐるりと回って、孤児院の裏庭まで歩いてきた。
今日は日差しが強くて外を歩くと陽の光が眩しくて仕方ない。
孤児院の裏には木が何本か植えられていて、端の方にゴミを燃やすための焼却所がある程度で、それ以外は特に何もない。言い換えるなら、裏に来る用事なんてゴミを燃やす時くらいだ。
だから、焼却所にエラさんがいて何かを燃やしていたのには少し驚いた。
遠目からだけど、見た感じはいつも通りのエラさんで少しホッとした。
しかし、エラさんに向かって歩みを進め、声をかけた瞬間にそれは起こった。
「エラさ――
――ロネッサ!!」
聞いたことのある声で意識を取り戻すと、目の前にはいつの間にかカルロ様が差し迫った顔でボクに向かって大声をあげていた。
――何が起こった?
上空に目を向けると、さっきまで青く晴れ渡っていた空は、一瞬にして曇天へと変わっていた。
「エレノアッ!!」
カルロ様が叫びながら顔を向けた先にはエラさんが立っていた。場所は――さっきと変わらない焼却所の前だ。
「全部ヴィスマールさんのためよ! 嫌な記憶なんて全部忘れてしまえば良いんです!」
見たことないくらい迫真の表情でエラさんが叫んでいる。
「お前のやっていることは慈善ぶった自己中心的な行為だ! 自分の都合の良い救済なんて神にでもなったつもりか!」
「黙っていてください! カルロ様と言えども邪魔をするなら容赦はしません!」
エラさんが右手の人差し指と親指を立て、カルロ様に向かって腕を伸ばした。まるで銃口を向けるような姿勢だ。
「二人とも全部忘れてもらいます!」
エラさんの指から何か光る『何か』が発射された――ような気がした。実際、銃を撃った反動のように肘が曲がっていて、指先が白く光っていた。
一方で、カルロ様はボクの前に立ち、両腕を広げてボクを守るような姿勢で光る『何か』を二発受け止めた!
「――くそっ! 痛くはねぇが、気持ちはこもってるなぁ!」
「そんな!? 何で記憶が消せないの!?」
カルロ様が胸に手を当てながらエラさんに語りかける。恐らく光る『何か』を胸に食らったのだろう。
「俺やお前みたいに『能力』が使える人間ならある程度は耐性があるんだ『忘れた』か?」
「で、でもヴィスマールさんには効いたのに……! あの子は『能力』が使えるってこの前訓練で……!」
「あいつはまだ幼い、だからお前の能力の攻撃力がヴィスマールの防御力を超えたんだろう。だが俺には効かない!」
「それじゃあ、私の力ではカルロ様を救うことは出来ない……!? いや、違う、今はヴィスマールさんを救うために……うあぁぁ……!」
エラさんが頭を抱えてぶんぶんと振っている。普段は優しくて落ち着いたエラさんが……一体どうしてしまったのか……?
「クソッ! 完全に混乱してやがるな……」
「そ、そうだ! 忘れれば! カルロ様を救えないことを――カルロ様に『忘却』が効かない事を忘れれば……!」
エラさんは右手の人差し指を勢い良く自らのこめかみにあて、光る『何か』を撃った!
「バッ! バカ野郎!!」
「はぁはぁ……私はまた何かを『忘れた』みたいですね……。何だったのかはもう分かりませんけど……」
再び右手の人差し指をこちらに向けて光る『何か』を撃ち出すも、棒立ちするカルロ様は被弾して何も効果がなかった……。
「えっ!? どうして……!? どうして私の『忘却』の能力が効かないんですか!?」
訳が分からない。さっきカルロ様には謎の攻撃が効かないというのを見たばかりなのに……。
「クソッ! 落ち着け、エレノア!!」
「カルロ様であっても私をエレノアと呼ばないでください! 私をエレノアと呼んで良いのは兄さんだけです!!」
カルロ様はエラさんのその一言に、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「えっ……兄さん……? 私に兄がいるの……? そんなの知らない……私は何を……?」
急にエラさんの眼が泳ぎ出し、何かをぶつぶつと呟きながら地面を見ていると思ったら、両手で口を押さえると突然嘔吐した。
「逆効果か……」
カルロ様がどこか悲しそうな顔を見せたかと思うと、次の瞬間にはエラさんが再びこめかみに人差し指を押し付け『何か』を連射した。
「バ、バカ! お前!!」
「あぁ……うぅ……」
ふらついた足取りでうめき声を出すエラさん。普段とは全く違う、白目を剥いて完全に廃人と化している。
「もう駄目なのか……クソッ! オロ兄すまねぇ!!」
何かを完全に諦めたカルロ様は天に向かって大声でオロ様の名前を呼んだ……!
次の瞬間、空から『何か』がエラさんの背後に降ってきた。
――オロ様だった。
着地したオロ様は同時にエラさんの両肩の関節を外し、一瞬で完璧に拘束して封印した。両腕を後方に回し、拳を握らせて麻袋で包み、口には舌を噛まないように布を詰めた。
あまりにも早くて鮮やかで美しい動き、これが暗殺を極めたヴェローチェの動きなのだと……。目の当たりにして改めて自分との実力差を実感した。
いや、そうじゃない。オロ様はどうして空から降ってきたのか、どうやって空に昇ったのか、どうして高々度から落ちてきて怪我の一つもないのか。
そもそもの事を言えば、ボクはどうしてこんな事態に巻き込まれたのか。空は快晴だったのに一瞬で曇ってしまったのは何故なのか。
この数分間に起こった出来事が全く頭に入ってこない。
駄目だ、身体に力が入らない……。
意識が遠のく……。
………
……
…




