第十三話「ごめんなさい」
最初は後ろからナイフで刺すことしか出来なかった。
それでも、何度か泥と汚水にまみれながら数をこなすうちに少しずつだけど成長してきたつもりだ。
だから、ボクにとっては今回もその成長過程の一つに過ぎない。
目深帽子に黒ずんだジャケットを着て、対象が人気の少ない場所に移動した瞬間を見て行動を開始する。
相手がただの一般人なら、毎日嫌になるくらい訓練している行動をするだけでいいはずだ。
音を立てずに走り、背後から忍び寄り、左手で口を塞ぎ、右手に持ったナイフを喉に突き刺す……!
声を出せなくした所で、更に懐からナイフを三本取り出し背中に突き刺してトドメをさす。
今回の依頼内容は発見されないようにすることだ。だから、死体を隠さなければならない。
悔しいけど肉体が女のボクの筋力では、大人の男性を背負って遠くまで運べるだけの力はない。だから、何とか引きずって近くのマンホールの中へ投棄した。
汚水の流れる排水管の中は、生理的に受け付けない生き物の楽園になっている。ここであればまともな人間には見つからないだろう。
しかし、死体をそのまま置いていても全てなくなるまでには時間がかかってしまう。だから、ある程度措置を施すことにした。
排水管の中でナイフと折り畳みノコギリを使って死体を分解していく。
頭、腕、手、胸、腰、脚、足――可能な限り細かくして『彼ら』が食べやすい大きさまで切り分ける。
出血を極力減らすために四本のナイフを刺したまま排水管に入れたけど、排水管から出て現場を改めて確認すると、若干の血溜まりができていた。空はもう夜の闇と共に雨雲が侵略してきていて、注意しなければ分からない程度の見た目だった。
あとは天に任せて血溜まりを消してもらえば、一通りの作業は終了だ。
――やれた。
何も考えずにボクはやることが出来た。失うものも多かったけど、また一つ階段を登ることが出来た。
夫人と娘さんには申し訳ないと思うけど、それは給仕と彫金師としてのボクの感情であって、暗殺者のボクの感情ではない。
暗殺者に感情は不要と言われる理由がわかった気がする。そして、ボクには給仕と彫金師という人格がある事で無理やり全ての感情を捨てなくても生きていくことができる。
きっとボクは暗殺者だけだったらやっていけないと思う。でも、給仕と彫金師という人格があるからやっていけるのだろう。
暗殺者の人格に罪悪感を押し付けて、他の人格はのうのうと生きていける便利なやり方だ。実に上手く出来ている。
終焉、破滅、決着――ボクの中に新たに生まれた『死神』はフォーリエさんに終わりを告げたと同時に、新しい自分を生み出した……。
ボクはこのやり方で新しい自分を見つけ、まるで『心の中の欠片』が埋まったような気持ちを感じた……。
――ただ、これを上手く受け入れられない人は脱落してしまうのだろう。
今朝の様子から、エラさんがそうなのだろう。エラさんには暗殺は無理だ、技術的な問題ではなく気持ちの問題でだ。
そして、何よりボク自身がエラさんに暗殺者になって欲しくないという自分勝手な願いがある。
ヴェローチェの名を諦め、全てを忘れて、ヴェローチェではないどこかで給仕や彫金師に専念したほうがエラさんのためになると勝手に思っている。
もちろん、エラさん自身がどう思っているのかは分からない。だけど、今朝の様子からして精神的にかなり限界が近そうだから、一度ゆっくり話をしてみたいと思う。
………
……
…
――ごめんなさい。




