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第十二話「忘れちゃえば良いんですよね」

「よう、バロネッサ! 暗殺はもう終わったか?」


 展示即売会から二日後、午後の訓練が始まる前に孤児院の廊下ですれ違ったペンナから声をかけられた。


「いや、今夜にでもと思っているよ。ペンナはもう終わったの?」


「おう、俺は今回のは結構簡単だったから昨日のうちに終わらせたぜ。内容はお互いに言えないだろうが、お前も頑張れよ」


「えぇ、こっちは悩ましい案件だけど、ペンナに言われずともやり遂げてみせるよ。ベッドで寝ながら見ていてよ」


 胸をドンと叩いて自信の程を見せつけた。そういえば、この胸もまだまだしばらくは薄いままでいて欲しい。


 そう思っていると、遠くからふらついた足つきで胸の大きい女性が歩いてきた、エラさんだ。


「おい、エラ、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」


 珍しくペンナがボクよりも先にエラさんを心配して声をかけた。実際、誰が見ても分かるくらいには顔色が悪かった。


「エラさん、体調不良ですか? 無理せず休んでいた方が……」


「お二人ともご心配いただきありがとうございます……。体調が悪いわけではないので安心してください……」


「おいおい、体調が悪いわけじゃないなら、それはそれで大丈夫かよ!?」


 体調が悪いわけではないという言葉をそのまま受け止めるなら、悪いのは肉体ではなくて精神面ということになる。


 そして、その原因はきっと――ボクと似たようなものなのだろう。


 ボクはフォーリエさんのことは自分の中で飲み込めたけど、エラさんのはきっと飲み込めない内容なのだろう。エラさんは眩しいくらいに光り輝いているからな……。


「エラさん、差し出がましい話かもしれませんけど、飲み込めないなら何も考えない方が良いこともありますよ」


「……どういうこと?」


「無理に考えないとか、いっそ忘れてしまうとか?」


「忘れる……か……」


 次の瞬間、紐が切られた操り人形のようにエラさんの頭がガクンと下がり地面を向いた。


「――そっか、忘れちゃえば良いんですよね……。あはは! どうして忘れていたのでしょうか!!」


 突然大声を出し、明らかにエラさんの様子がおかしいことは手に取るようにわかった。ただ、だからといってどうすれば良いのかは全く分からなかった。


「ありがとぅ……バロネッサさん……」


 その声と共にエラさんの全身がほんのりと白く発光しているように見えた。


 目がぼやけているのかと思い、袖で目を擦って再びエラさんを見ると、発光などしておらず元通りのエラさんだった。


 気の所為……かな?


「無理なら無理ってちゃんと口に出した方がいいぜ。変なことして倒れちまったら意味ないしな」


「ペンナにそう言って貰える日が来るなんて思ってもいませんでした……。明日は雷かもしれませんねぇ……」


 最初はエラさんが無理していないか、暗殺の期日に間に合わなかったらどうしようと心配していたけど、今はボクもペンナもエラさんが妙なことをしてしまわないかという事のほうが心配になっていた。


 明らかに普通ではない。あのペンナでも心配するくらいだ。


 ――いや、ここにいる皆は仲間であり競争相手だ。他人の心配や世話を焼くくらいなら、まずは自分の心配をしたほうが良いのだろう。


 人それぞれ抱えているものがたくさんある。ボクも、フォーリエさんも、夫人も、フォーリエさんを殺そうと依頼した人も、飲み込めないものを抱えているエラさんも。


 でも、そんな事は関係なく全てを断ち切るのがボクらの仕事だ。


 だから、ボクは今日フォーリエさんを殺す。


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