第十一話「嫌になるくらい」
「さぁ、皆さん。呑んで踊って、おまけに我がヴェローチェ商会の宝飾品もご覧ください!」
ガハハと笑いながら大勢の前で司会をするスキンヘッドの大男がいる。あれが『父様』だ。
白い燕尾服に蝶ネクタイ、大柄で筋肉質な肉体を隠し、まるで肥満体であるかのように少しだぶついた服を着ている。
宝石の展示即売会が主ではあるが、来場した紳士淑女が広いホールでダンスに興じたり豪華な料理やワインに舌鼓を打ったりしている。
ここで表の世界の富豪たちと繋がりを持ち、金も稼ぐ。表の世界の支配はここで行われているのだ。
父様も見た目だけならただの太った成金中年男性だろう。でも、暗殺術を学んだボクが見ると、確実に只者ではない事がわかる。
父様には全く隙がない。それどころか、近づくことさえ不可能なくらいの『威圧』で押し潰されそうになる。
近づいただけで殺される――と本能が言っている……。
「失礼、商品の発注をお願いしたいのだが」
父様に眼を向けていると、真っ黒な燕尾服を着た男性に声をかけられた。いけない、仕事に集中しなければ……。
「かしこまりました、どういった品をご所望でしょうか?」
「そうですね『ブラックオニキスの腕輪を十三個』お願いしたいのだが」
「――!? か、かしこまりました!」
『ブラックオニキスの腕輪を十三個』とは一部の者のみが知っている暗号だ。
それは『暗殺の依頼』を行いたいというもので、定期的に暗号も変えられて信頼できる者のみが依頼できる仕組みになっている。
ボクは急いでオロ様を探し、お客様の引き継ぎを行った。
暗殺依頼のお客様は必ずヴェローチェ三兄弟の方を通す事となっている。
「――かしこまりました、お客様。以後はこのオロ=ヴェローチェが商品の受注を承ります。奥の部屋へどうぞ、ご案内いたします」
オロ様は深々とお辞儀をすると、お客様と共に廊下の奥へと消えていった。そこでどんな話が行われているのかはボクはまだ知らない。
◇ ◇ ◇
朝から午後九時ごろまで行われる展示即売会が終わると、次は夜の仕事の時間が訪れる。
給仕をしていた孤児たちが全員地下にある広い部屋に集合する。
宝石店の地下と同じく、窓も何もなく外の音も何も聞こえない完全な密室だ。
そんな場所で話される内容なんて誰かに聞かれては困る内容しかない。
そう、暗殺依頼の指示だ。
ガチャリという音ともにオロ様が紙の束を持って入室してきた。
「皆さん、本日父様へ依頼のあったうち、簡易なものは君たちに任せても良いとのことでしたので今から依頼書を渡します。順に受け取りに来てください」
オロ様の発声とともに孤児たちが一斉に列を形成した。暗黙の了解として年長者から受け取るという風習がある。
ボクの順番がきたので暗殺の指令書を受け取ると、ボクの背中を冷たい何かが触るような感覚がした。
そこには『E=F=フォーリエ』という名前が書いてあった。
「オロ様……この人って……」
「そうです、君が昼に対応した方のご主人です」
「え……なんで……」
「依頼があったからです、それだけの話です」
「それだけって……」
「偶然、配った順番が君だっただけです」
「ほ、本当ですか……?」
「バロネッサ、この対象は今週中に君が殺しなさい」
「そんな……だって来週には娘さんの誕生日が……」
「いいですか? 君が殺しなさい。それがヴェローチェで生きるものが通る道です」
「はい……」
わからなくなってきた。ボクは困っている人を守り、救い、助けるために力を得て強くなろうとしていた。
それなのにどうしてこうなってしまった?
依頼書には今週中の期限付きで、暗殺手段は問わないが、遺体が発見できないようにとの指示があった。
つまり、この人は娘さんの誕生日を迎える前に行方不明になることになる。
フォーリエ夫人とその娘さんは、夫なり父親なりの帰りを一生待ち続けることになるのだろう。
「……オロ様、この依頼があったのはボクが夫人の接客をする前ですか? 後ですか?」
「……それを聞いてどうするんですか?」
「……知りたいだけです」
ボクはオロ様に対して反抗したり、疑念を持ったりしたことはない、それだけ信頼しているし憧れている。
だから、この問いに意味はない。どんな答えでもボクのオロ様に対する気持ちは変わらないからだ。
「……君が接客する前に依頼がありました」
「前……ですか……」
「十分な回答でしたか?」
「はい……。嫌になるくらい……」
「それは良かったです。では、よろしくお願いします」
それだけ言うと、オロ様は他の孤児たちに残りの依頼書を配り、部屋から去っていった。
「………………」
試されている――ということかな……。
これくらいは眉一つ動かさずに出来なければヴェローチェにはなれないという……。
光と闇、善と悪、時々わからなくなるときがある……。
暗殺対象となったフォーリエさんは夫人や娘さんからすれば善なのだろうけど、他の誰かからしたら悪なのだろう。
ボクは誰かを救うために力を得たいから、その手段としてヴェローチェの名を手に入れようとしている。
だけど、そのヴェローチェでボクがやっていることは果たして善なのだろうか……?
――いや、違う。仮にボクが力を得て誰かを救おうとボクにとって『善』の行為をしても、それは誰かにとって『悪』の行為になるのか。
善と悪は表裏一体――オロ様はそれをボクに教えようとしているのだと思う。きっと……。
ボクは向き合わなければならない、善と悪、そしてヴェローチェという存在の存在意義と……。




