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第十話「次も頑張らなきゃな」

 月に一度、宝石店ヴェローチェでは大規模な展示即売会が行われる。


 街中にある庶民向けの古びた店舗ではなく、小高い丘の上にある白い宮殿のような建物でそれは行われる。


 ヴェローチェの三兄弟の方々だけでなく、ボク達の作った指輪などの貴金属や宝石類も並び、それを富豪の方々が購入していく。


 ここで自分の作品が売れれば、それに応じた金銭がボク達の手にも入る。


 この場では全員が給仕となってお客様をもてなし、気持ちよく帰っていただくことが最大の任務だ。


 そう、そして何より、この展示即売会には『父様とうさま』がいらっしゃる。


 ボク達の親にして、雇い主であり、そしてボクの目指す高みだ。


 普段の行いはヴェローチェ三兄弟の方々から父様の耳には入っているだろうけど、ボク達が父様とうさまに直接お会いすることができる機会はここしかない。


 しかし、この場での売り上げと立ち振る舞いは直接父様(とうさま)の目に入る。自分たちを魅せる最高の場でもある!


 父様とうさまのお眼鏡にかなって、次に『ヴェローチェ』の名前を貰って御三方の仲間入りをするのは誰なのか、この場は全員が仲間であり競争相手だ!


◇ ◇ ◇


「バロネッサ、お前空いてるか? あそこの御仁ごじんにつけ」


 手持ち無沙汰にしていたわけではないが、一瞬空いた隙を見つけたカルロ様が声をかけてきた。


「は、はい!」


「カルロ、そちらには代わりにルナを送りますので、バロネッサを借ります」


 いつの間にかボクの背後に立っていたオロ様がボクの肩に手をかけた。


「僕のお客様がバロネッサの作った首飾りをご購入されたいそうで、せっかくならと思いましてね」


「そういうことか、それなら早く行け! お客様をお待たせするなよ!」


「わ、分かりました!」


◇ ◇ ◇


 急ぎながらも平静を装い、給仕服を道中で整え、早歩きでお客様のもとへ向かった。


 指輪や首飾りなどは訓練も含めて毎日のように作っているけど、即売会に出したものは一度も売れたことがない。手にとって貰えるだけでも稀なのに、購入を検討していただけるのは本当に初めてのことだ……!


「バロネッサ、こういう時にも足音を出さないよう心がけなさい。いかなる時も冷静でいることです」


 隣を歩くオロ様が正面を向いたまま小声で注意をしてきた。しまったな、焦りが出てしまっていたか。


「申し訳ありません!」


「焦る気持ちは分かります。それでは、僕がお客様に君を紹介したらあとは任せます、いいですね?」


「え!? か、かしこまりました!」


 二人してお客様のもとに到着し、深く一礼する。待っていたのはミント色のドレスを纏った長髪の女性だった。年齢は――三十代くらいだろうか、落ち着いていて品がある。


「大変お待たせいたしました、お客様。そちらの首飾りを製作したバロネッサでございます。バロネッサ、こちらはフォーリエ夫人です」


 夫人が持つ首飾りは間違いなくボクが作ったものだった。爪くらいの大きさの蝶の羽を銀で作り、小さいサファイアを胴体の部分にあしらったものだ。


 本当は蝶の羽の模様を細工したかったけど、ボクの未熟な腕では到底叶わなかった。


 そして、それを細い革の紐で繋げただけの地味で簡素な品だ。


「まぁ、素敵な首飾りだと思ったら、作ったのも素敵な坊やだったのね!」


「あ、ありがとうございます! バロネッサと申します!」


 改めて敬意を込めて深々と礼をした。


「それではフォーリエ夫人、至らぬ点があるかもしれませんが――バロネッサ、お客様に失礼のないよう。それでは失礼いたします」


 オロ様が深々と頭を下げると、足音を立てず静かに去っていった。こうして改めて見ると、本当に完璧な人だなと実感する。


「まずはお礼を、フォーリエ夫人。こ、この度はご購入を検討いただき、誠にありがとうございます!」


「ふふっ、そんなに緊張しなくても良いのよ、小さな彫金師さん」


 フォーリエ夫人が素敵な笑顔で微笑みかけてきてくれる。ボクの方が余裕がなくてどうする。


「ご配慮いただきありがとうございます。拙い品ではございますが、お気に召していただけるとは光栄です」


「拙いだなんてとんでもない、素敵な首飾りよ。確かに少し地味かもしれないわ、でもね私には娘がいるのよ」


御息女ごそくじょですか」


「そう、今度十二歳になるんだけど、娘がつけるには派手過ぎなくてちょうど良いわ。是非購入させてちょうだい」


「なるほど……十二歳の御息女のため――でしたか」


 夫人は嬉しそうに微笑みながらボクの顔を見る。


 何を気にしているバロネッサ……ボクはボクだろ……。


 クソッ……こんな事が頭に引っかかってしまう自分が嫌になる。


「贈答用でしたら包装も専用のものにいたしましょうか。お渡しはいつなさいますか?」


「来週の誕生日に渡そうかしら。お恥ずかしいことにヴェローチェさんの即売会が今日あるからって何も用意してなかったのよね」


 夫人がクスクスと楽しそうに笑う。


「かしこまりました、それではこのまま本日お渡しいたしましょうか? それとも包装に生花せいかを加えたものを当日手配いたしましょうか? お値段は多少頂戴することになりますが」


「まぁ素敵! それじゃあ当日配達でお願いするわ!」


 満面の笑みで喜んでもらえる。今一度拙い出来だなんて作った張本人のボクが言ったら失礼に当たってしまうだろう。


「かしこまりました、ではその様に手配いたします。それでは、このままお会計の場所までご案内いたします」


 ボクはそう言い、フォーリエ夫人の半歩先を歩いて会計窓口へ案内した。


 会計する夫人を見ていると、何だか複雑な気持ちが込み上げてくる。嬉しさも哀しさも、全てこの立場になってからは不要なものだ。


 ――それくらいで喜ぶな

 ――それくらいで哀しむな

 ――やればできるじゃないか

 ――『私』も本当だったら……


 グッと自分の気持ちを押し潰す。


 強くなるためには心を削らなければ……。この程度のことで動揺していては父様とうさまになるどころか、ヴェローチェになることすら不可能だ。


「ありがとう、坊や。会計も配達の手続きも済ませたわ」


「こちらこそ、拙作を評価していただき誠にありがとうございます。また機会がありましたら、是非お手にとっていただけると幸いです」


 深々と一礼をする。


 こういった接客は苦手ではないし、他の孤児たちと比べても下手だとは思わない。ペンナが言っていた理由が何となくわかった気がする。


「それじゃあ、また来月もお邪魔させてもらおうかしら。本当に良い時間を過ごさせてもらったわ、夫と娘が家で待っているから今日はこのあたりで、また来月会いましょ」


 フォーリエ夫人が軽く手を振りながら宮殿の扉を開けて出ていく。深々と頭を下げてその姿を見送った。


「また来月――か、次も頑張らなきゃな」


 自分の未熟な面にも向き合ったし、得られたものは大きかった。これが父様とうさまに見られていたかは分からない。


 宮殿内をぐるりとチラ見したが、父様の姿は見当たらない。残念なようなホッとしたような……。


 そう思っているとガチャリと重い扉の開く音が聞こえた。次のお客様が来たのだろう。


「宝石店ヴェローチェへ、ようこそいらっしゃいませ。有意義なお時間をお過ごしください……」


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