第一話「ボクは『男』です」
――これはボクが『世界』を手にするまでの物語。
絢爛豪華な真っ白で宮殿のような豪華な建物、最近このヴェネツィアにも開通した蒸気機関車という乗り物に乗って、この催し物にお客様はやってくる。
蒸気機関車に乗れるような裕福な客――ボク達はそんな方々に頭を下げて向かい入れる。
間もなく一階の広間で宝飾品の展示即売会が始まった。あちこちに煌びやかなドレスを纏ったお客様たちが品定めをし、そこにはボクと同じような少年少女と呼ぶのが相応しい年齢の給仕が一人ずつついていた。
もう見慣れてしまった風景だけど、給仕服を着た子供たちが大人について周る姿は、学園の入学式のような異様さがある。
「バロネッサ、君はあの御方につきなさい」
「はい、かしこまりました。オロ様」
黒髪に丸眼鏡を光らせた、ボクよりも一回り以上背丈の高い男性がボクに声をかけた。
「ようこそ、宝石店『ヴェローチェ』へ遥々お越しいただき誠にありがとうございます。短い時間ではございますが、有意義な一時をお過ごしください」
少し肥えた体形で真っ赤なドレスを纏った女性に対し、ボクは商品である宝飾品を見せては購入を勧める。
「あら、カワイイ『坊や』ね、ありがとう。どれにしようかしら――」
「ありがとうございます。お客様のご洋服ですと、こちらの商品などはいかがでしょうか?」
「まぁ素敵な指輪ね!」
「拙作をお褒めいただき、誠にありがとうございます」
「この指輪、坊やが作ったの!? ただの給仕さんかと思ったら彫金師さんもできるなんてスゴいわねぇ!」
「――はい、それが『ヴェローチェ』ですので……」
こうしてボクの昼の仕事が始まった――。
◇ ◇ ◇
お客様が全員帰った午後九時ごろ、即売会を行った宮殿のような建物から離れ、街中の小さな石造りの建物でそれは始まる。
月に一度の即売会と違い、宝石店として毎日営業しているこちらの建物が本来の『ヴェローチェ』の活動拠点だ。その地下にある窓も何もない広めの部屋に、給仕を行なっていた約三十人の少年少女が集められた。ボクもそのうちの一人だ。
綺麗に整列し、後ろで手を組む。まるで軍隊だ。
ボクたちの後ろにある扉が開く音がすると、足音もなく視界にオロ様が入ってきた。束になった紙を見ながら自らのアゴに手を当てた。
「本日の展示即売会の際に、父様へ『裏』の仕事の依頼がいくつかありました。いつも通り簡単な仕事については給仕の君たちに任せるそうです」
仕事――ボクたちの夜の仕事は少しだけ違う。
昼の仕事が人に与えるものだとしたら、夜は人から奪うもの。
オロ様が順番に給仕たちへ書類を渡していく。
「バロネッサ、君はこの人物です。後始末は目立つように――だそうです」
オロ様から受け取った書類には、人物の外見、性別、よく通る道などの情報が詳細に記されている。依頼人の情報は載っていない、ボクたちには知る必要のない情報だ。
簡単な仕事――ということは、組の金でも横領したのだろう。余計なことをしなければ、ボクたちの手にかかることもなかっただろうに……。
「皆さん、今回の期限は明日の夜までとします。よろしいですね?」
「かしこまりました」
全員が声を揃えて言う。
こうしてボクの夜の仕事が始まった――。
◇ ◇ ◇
次の日の深夜、僕は書類を何度も見て対象となる人物を確認していた。書類に書かれたルートを確認し、酒に酔った対象が最も人気の少ない路地に入ったところを見て、背後から口を塞ぎ、ナイフで喉を掻っ切った。
温かい液体がボクの顔や手に飛んでくる。
「……また顔と服が汚れてしまった。まだまだだな、クソッ」
下を向いて服を見ると黒い革のジャケットとズボンに赤い液体が飛び散っていた。元々このジャケットは歴代の先輩たちからのお下がりだ、きっと元の革もっと綺麗な色をしていたのだろう。
血を吹き出しながら何かうわ言を喋る肉に、更に何度かナイフを刺す。ボクは布で返り血を浴びた手や服を整え、何事もなかったかのように表通りへ戻った。
今回の仕事は『目立つように』――つまり、死体はこのままここに放置しておけば良い簡単な仕事だ。
「……今回は君が最後でしたよ、バロネッサ」
住宅の間を抜けて表通りへ出ると、まるでボクがどこで仕事していたのか予想していたのかのように、トレンチコートを着たオロ様が壁にもたれかかっていた。
「申し訳ありません……」
「君の意欲が誰よりもあるのは知っています。如何せんまだ実力が追いついていませんね……。しかし『女性』らしいしなやかな身体の使い方、そして細やかな動きは『彫金』『暗殺』『給仕』のいずれでも光るものがあります、これからも精進してください」
「……ボクは『男』です」
「そういえば、君はかつて男爵家の子でしたね。男性社会の中で生き抜こうとする女性――反骨と呼べる気高い精神を持つのは良いですが、君が上を目指して僕のように『ヴェローチェ』の名前を授かりたいのであれば一層精進してください」
「わかっています……」
「次回の即売会で暗殺の仕事が入ったら、また君達の練習に使うかもしれません。それまでは訓練して技術の向上に励んでください。以上です」
「……かしこまりました」
ボクのお辞儀を見ているのかわからないが、オロ様は足音一つたてずにこの場を去っていった。
これが『ヴェローチェ』のもう一つの顔。
こうしてボクの夜の仕事は終わった――。




