番外編5:ルカとアルフレードの出会い(神殿から戻って一ヶ月後)
「そういえば、アルフレード様はどうやってお兄様とお知り合いになったんですか?」
アルジェントの街へ向かう馬車の中。
隣り合って座るエレナは、不意にアルフレードにそう尋ねた。
この日はアルフレードが休みだと言うので、久しぶりに二人で街歩きへ行って、新しい便箋を買おうという話になり、朝早くから馬車に乗り込んでいた。
ヴェレニーチェとの散策で行きそびれた、人気のカフェで朝食を摂るのだ。
「あー……ルカとの出会いか」
アルフレードが少し狼狽えて視線を彷徨わせたので、エレナは首を傾げた。
「話しづらい出会いだったんですか? まさか、お兄様が何か酷いことを?」
エレナが不安そうな表情をしたので、アルフレードは優しく彼女の頭を撫で、困ったように眉を下げた。
「いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ……ちょっと俺達の関係は変わってるというか、何というか……」
「隠されると、逆に気になりますね」
好奇心に輝く瞳で詰め寄られ、アルフレードは観念したようにため息を吐いた。
「……言っておくけど、良い話とかじゃないよ?」
「ええ、大丈夫です。お願いします」
「……はあ……まず最初は……俺の所に、脅迫文が届いたんだ」
「え? 脅迫文?」
思ってもいない内容に、エレナの声は裏返った。
「そう。俺が十三歳で、ルカが十五歳だった。会ってくれないと、俺の呪いのことをエレナにバラすぞって脅迫文。しかもそれが一ヶ月毎日届いた」
「ひ……」
年下の、しかも会った事もない相手に対してやることではない。
兄の所業に、エレナは小さく悲鳴を上げた。
「初めてエレナに会った時、魔力を無理やり譲渡したのがバレて、侯爵閣下が慌てて君を城へ連れて行っただろう? ルカはそれを城門の衛兵から聞いて、何かあったなと思ったらしいんだ。普通はそれで終わるだろう? 俺との契約魔術があるから問い詰めても侯爵閣下は何も話さないし。でもルカは違ったんだ」
アルフレードの話によると、兄であるルカの厄介な所は、異常な程の顔の広さと会話術、それから分析力らしい。
仲の良い衛兵から、雑談の延長で、父である侯爵が何やら唯ならぬ様子で城に来たと聞いたルカは、その日の事を城中の者達に聞いて回った。
各所の衛兵や騎士はもちろん、メイドや庭師、文官や調理場の者達にまで。
その頃のルカはまだ騎士科の学生だったにも関わらず、どうやって仲良くなるのか、すでに城の中には驚く程多くの知り合いがいた。
しかも、ルカは単刀直入に尋ねるのではない。
事件が起こった目的の日について調べているとは全く気づかれないように、全員と何度も何度も雑談を重ね、半年以上かけて情報を集めたらしい。
「最近大臣の機嫌が悪い」
「回される書類が一時期減ってさ、あれは楽だったなー」
「会議室の清掃が暫く休みの時があってね」
「アルジェントの飛竜って見たことあるか? この前初めて城で見たんだけどさ」
そういった一つ一つでは意味を成さない細かい情報を、ルカは目一杯集めた。
そして、目的の日に集まった顔触れや、調査が入った書類、突然妹がオルフィオの婚約者候補になった事、ヴェレニーチェが度々アルジェントへ行っている事、モンテヴェルディ家に起こった悲劇などを調べ尽くし、それぞれの繋がりや可能性を徹底的に分析した。
そうして、ルカは自力で──しかも単独で真実に辿り着き、アルフレードに接触を図ろうと手紙を出したとのことだった。
「最初は、エレナとの仲を引き裂こうとしているんだと思ったんだ。のらりくらり交わしていたら、ルカもそれを感じ取ったらしく、今度は、会ってくれたらエレナとの仲を応援するという手紙が毎日届いた。それも一ヶ月」
「お兄様……」
エレナは頭を抱えた。
兄は確かに友人が多いし、筆まめだ。
だがまさか裏でそんな事をしていたとは、夢にも思っていなかった。
「ヴェレニーチェに相談したけれど、彼女は笑っているだけだし、ルカは他人に俺の秘密をバラすような動きは見せていなかったから……もう相手をするのが面倒になって……とりあえずブルーノを会いに行かせたんだ」
兄のあまりのしつこさに折れたアルフレードは、まだ魔力を完全には制御できず竜化した姿だった事もあり、渋々ブルーノを向かわせることにした。
だが、蓋を開けてみれば、ブルーノはルカと意気投合し、喉から手が出る程欲しかったエレナの日常の情報や、侯爵との戦いに向けた作戦案を土産に、満面の笑みで帰ってきた。
「アルフレード様、ルカ様にお会いになって下さい! きっと良いご縁になりますから!」
そう言われ、アルフレードはルカに会ってみることにした。
穏やかな馬車の揺れを感じながら、苦笑したアルフレードがエレナの瞳を覗き込んだ。
「竜化したままの俺に会ったルカが、まず最初に何て言ったと思う? それは良い笑顔で『思った通り、面白そうだな』って言ったんだ。俺を利用しようとか、嫌悪したりとか……そういう感情を、ルカは持っていなかった。さすがエレナの兄というか……。だから、友人になれた」
アルフレードの真実に自力で辿り着いたルカの魔力は、同情によって僅かに濁ってはいた。
だが、それは悲観的な濁りではなく、憐れむような色でもなかった。
「ルカに言われたよ。『エレナのために、この国の守りを完璧にする布陣をずっと考えてる。そのために、お前は絶対に必要だ』って。俺もずっとエレナの事しか見えていなかったけど、ルカもずっと、エレナのことばかり話していたよ」
優しく微笑まれ、エレナは気恥ずかしさで視線を落とした。
「……お兄様用の新しい便箋も、探そうかしら」
「それはいいね。きっと喜ぶよ」
ちょうど馬車が街へ到着し、エレナとアルフレードは手を繋ぎ、微笑みを交わして歩き出した。
新しい便箋は、手紙を食べている可愛らしい山羊の絵が小さくあしらわれたものを購入した。
帰宅した二人は早速、新しい便箋で遠い地にいる筆まめな男に宛てて、並んで座り、手紙をしたためる。
アルフレードに合計二ヶ月間も手紙を送り付けたことを揶揄ってみると、後日、ルカからの返事にはこう書かれていた。
《調べていくうちに、アルフレードは絶対めちゃくちゃ優しくて、意外と押しに弱い奴だと直感したんだ。本当は半年くらい送り続けるつもりだったが、二ヶ月で折れてくれて助かったよ。婚約者が、俺の予想通りの最高の男でよかったな》
ルカの濃くのびのびとした筆跡が、彼の笑顔を表しているようだった。




